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SPELL 20

あたしにあてがわれた部屋は何とも豪勢なものだ。

触れると冷たい白亜の壁に、天蓋付きの無駄にでかいベッド。

床はふかふかの絨毯が敷き詰められ、巨大な窓は常に多くの光を部屋に招き入れる。

広さは学校の教室くらいかそれ以上か。

これが国民から徴収した税から作られているのならば考え物だ。

腕にはめてある腕時計を見ると時刻は深夜零時過ぎ。

部屋に設置されているバルコニーにソファを運び出し、あたしは瞬く星空を見つめていた。

冷えた風が私の服を微かに揺らす。しかしショールを羽織っているのであまり寒くはない。

レースが幾重にも重ねられたワンピースのようなこの服は、歩くたびにワサワサと邪魔で仕方がなかった。

学校の制服の方がどれほど楽か。それを元老のお爺さんたちに説いたら「あ、あれは破廉恥ですぞ!」なんて顔を真っ赤にして怒られた。

そしてこれが女神の服なのだ、と今度は泣かれて手渡されたため仕方なく身に付けている。

元老のお爺さんたち、なんか可愛いから結構好き。

でも涙を武器にするのだけは止めてほしいと思う。

ほのぼのとお茶をすする元老のお爺ちゃんたちを思い出して、あたしはため息を大きく吐き出した。


「やっぱり、まだ寝ていなかったんだね」

「タルミラさん」


昼に比べ幾分か軽装に変わったタルミラさんが、ソファの後ろに立っていた。

上体を起こし、いつの間にやら部屋に居た彼に向かって、呆れた声で問いかける。


「レディの部屋に無許可で入ってくるなんて!…っていう考えは私の世界だけですか?」

「いいや、この世界でも勿論そうさ。けどミハルが何やら悩んでいるようだったから」


返事を返さないまま、あたしは再びソファに倒れ込む。

「気になってね」そう弱弱しい声でタルミラさんは言った。

悩み?そんな事数えきれないほどあるよ。この世界に来てからというもの。


「ないです。悩みなんて、何も」

「…なら良いけど」


いっぱいあるんだ。それは小さいものから大きなものまで。

例えばメイドさんの服が可愛くて着たいとか、タルミラさんが最近城内で変な呪詛のような歌が流行っているって言っていたけれど、それはあたしが歌っていた演歌が城内で流行った結果だとか、シンさんの正体も、そして時折感じる誰かの刺すようなあたしへの視線、とか、とか。

ぐるぐると頭をめぐる考えに眉根を寄せるが、タルミラさんが断りもなくソファに腰をかけたため考えが中断される。

あたしが寝転がって丁度だったソファは、タルミラさんのせいで膝を折ることになってしまった。

自分の椅子は自分で持ってきてほしい。それよりも。


「何で座ってるんですか?」

「ミハルが悩んでいるようだからね」

「悩んでないって言ってるのに…」

「そう?」


堂々巡り。椅子に座ったままタルミラさんは笑い誤魔化した。

このままじゃ埒が明かないと、あたしは話題を切り換える。


「ジェクサー、どうしてます?」

「どうって?」

「…何も変わらないですか?」


シンさんがまだ見つからない。

手配書を配布して数日。一向に手がかりは掴めない。

女神際の夜、城下からシンさんらしい人物が出門したという情報は結局なかった。

だからまだ城下に居るのかと思い散策したが、やはり見つからない。


「まぁ、あの時よりかは大分落ち着いたよ」


はぁ、と呆れたように星を眺めるタルミラさんに、あたしは「あの時、ですか…」と返事を返す。

物にも人にも当たらないが、オーラが怒り狂っていると伝えていた、あの時。

これが殺気か、何て馬鹿なことを思ってしまった。

でも肌を刺すような空気と冷や汗が出る雰囲気、あれが世に聞く殺気なんだろうなと思い返す。

怒りが大分落ち着いたと言っても以前のジェクサーはもう居ない。

まるであたしを妹のように接してくれた優しいジェクサー。

あの彼はシンさんあってのジェクサーだったのだ。


「戻ってしまった、昔のジェイクに」


何びとたりとも寄せ付けぬ血濡れの銀獅子。戦場に立つジェクサーを兵は指を差してそう言う。

その名を聞いてもあたしは一切合切ピンとも来ない。

何びと、と言われてもあたしは笑いながら乱暴に頭を撫でてくるジェクサーしか知らない。

血濡れ、と言われてもジェクサーはお風呂好きだし、何より毎日コーヒーの良い香りが発せられていた。

今ではどれも過去形になってしまったけれど…。


「銀獅子は戦場だけで良い。…そうでないと、死んでしまうよ」


――――だからその為にも、シンとやらを捕まえないといけないのだ。


タルミラさんの言いたいことはとても分かる。

死ぬとかあり得ないよ!そんな風に笑って言えないほど、今のジェクサーは非常に危うく脆いのだ。

シンさん、ごめん、ごめんね。あたしはシンさんを守りたいけど、ジェクサーも大切なの。

シンさんの正体を知るあたしにしか出来ないことがきっとあると思う。

二人が幸せになれるよう、あたし頑張るから…。

最善の道を選んで、あたしは動こうと思う。


「三日後から、遠征に行く」


ドキッ!あたしの心臓は大きく脈打つ。

ガバリと上体を起こし、タルミラさんの顔を凝視した。


「そ、それって?」

「当分戦はないからね。大陸を視察しにでもどうかって、元老が」


ちょっとちょっと、お爺ちゃんたちぃい!

それはジェクサーが手に負えないから放りだす、という事だ。

やばいな、まだシンさんが居なくなって一週間ほどしか経ってない。

視察と言う名目上町村を見て回ると思うけど、徒歩と馬じゃ高が知れている。

二人がどこかで出会うのも、時間の問題だろう。


「元老が言わなくても僕が言っていたと思うけど」


あたしの顔から視線を逸らし、バルコニーの外に広がる景色を見つめたタルミラさんは、ため息をつくと背もたれにもたれ掛かった。

そして一拍置いて「ミハルはどうする?」とあたしに尋ねた。

視線が交わる。

もし、もし二人が再会した時、ジェクサーがシンさんを傷付けなければ良いけれど…。

二人の間に私が入って、少しでもシンさんの力になれたら。


「行きますよ、勿論」

「あはは、勿論なんだ」

「このことはもうジェクサーには?」

「まだだよ。これからさ。ミハル一緒行くかい?」


頷き二人立ち上がる。向かうはジェクサーの寝室。

きっと扉を開けた瞬間無言の圧力をかけられるのだ。

でもそれも、今日でおしまい。


逃げて逃げて、哀れな子ウサギ。

行くよ行くよ、子ウサギを渇望する獅子が、今行くよ。





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