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SPELL 18

半日ほど歩き続けたら地平線に村が見えた。

それは歩きの旅の私にとってとても喜ばしい事だ。

目測ではあと三時間ほどかかりそうだが、焦らずに確実に進めば夕方前に着けるだろう。

少しだけ軽くなった気分で水筒の水をごくりと飲みこみ、私は再び歩き出した。


ペース配分を間違ったのか、足はすでにパンパンだ。

明日からはもう少しペースを落とすか距離を短くしなければ、いつか足がとんでもない事になるかもしれない。

重くだるい足を引きづりながら、やっと着いた小さな村に私は嬉々として立ち寄った。

そこはジャブが住む町よりも大きな村だ。

家はレンガ調で歩道も綺麗に舗装されているので、とても綺麗な村に見える。

夕方に差し掛かっているからか、人通りは少ない。

それでも畑仕事帰りの男の人や、今まで遊んでこれから帰るらしい子供たちが元気に走り回っている。

視線の先では美味しそうな匂いのする煙が上がる家から女性が出てきて、扉の前に立っていた男の人に「おかえりなさい」と言って抱きついた。二人笑顔で家の中に消えた。

何とも穏やかで微笑ましい光景に微笑を洩らす。

ゆっくりとした足取りで、私は村を散策し始めた。


干し肉は城下ですでに作ってあったので心配はいらない。

米に似たクジャと言う豆も持ってきたから、それを煮てお粥を作ることだってできる。

香ばしい匂いを発するパン屋の目の前を通り、売れ残りの半額のパンを通りから見かけた。

安いなぁ、食べたいなぁ。そんなことを思うが無駄遣いはしていられない。

今手持ちにある食べ物だけで、最低五日はしのげるのだ。

旅人である自分はお金が限られている。

食べ物は無くなってから買わないといけない。

なくなくパン屋から離れた。


村の井戸で水を汲み、特に買うものもないから村を出ようと歩き出した私は、ふと一点に視線を止める。

村民便りや国のことを書かれた手紙の中にある、一枚だけの手配書。私の…、だ。

無表情な私の似顔絵。あくまで似顔絵だから、あまり似ていない。

しかし髪型や、どこか頼りなさげな眉毛が本物の私とそっくりだ。

そして驚いたことにそこには高値が書いてある。いち、じゅう、と数えていって、それは六桁を超えている。

それはこの国にとって一年は優に暮らせる値段だった。

『NO NAME.ALIVE ONLY』写真の下にはそう書かれている。

ノーネーム。シンだって知ってるくせに、良く言うよ。

名前を公表しないジェクサーの真意は分からない。

しかし生きていることが条件だなんて、彼の私に対する執着がありありと見えた。

執着と言っていいのか分からない。

だが彼の中に私は確かに存在したのだ。存在してしまった、と言ったほうが良いのかもしれない。

それから逃げる私を彼は追う。


――――もう、どこにも落ち着けない。


私よりも先に手配書がめぐっているということは、これから向かうどの町村にもこれがあるって事だ。

蜘蛛の糸は四方に張り巡らされた。

それを掻い潜ることは非常に困難だ。先の見えない旅に私は頭を抱えた。

しかしうかうかしていられない。

私は水を入れたばかりの水筒をバッグに放り込み、足早に村を出る。

そんな私を見ている者がいたなんて、その時はちっとも気付かなかった。


十分ほど歩き村から外れ、川の近くに腰を下ろした。

途中手頃な枝を拾ったのでそれを山のように盛り、火つけ石で火を付ける。

火が枝に行き届くのを確認してから、私は背後の大きな石によりかかった。

ザァザァと川の流れる音が静寂の中微かに届く。パチッと火がはぜ、燃えた木がカランと石に当たり音を立てた。

とても静かな音を聞きながら、私は干し肉を取りだし噛みしめた。


火が小さくなり干し肉も食べ終え、そろそろ寝ようかと私は草が生い茂る方へと移動した。

移動と言っても三メートルも離れていない。

バッグを枕に私は草の上に寝転がった。

疲れは溜まっていたため、眠気は直ぐにやってきた。

うとうととした瞬間、ガサッと異様な音が私の耳に届く。

眠気は一気に吹き飛んだ。

上体を上げ耳を澄ます。ガサッガサッ。聞き間違えじゃないみたいだ。

動物だとしても随分と図体がでかい。護身用のナイフを取り出した。


飛びかかれるように立て膝を突いた体制で構える。しかし握るナイフがカタカタと震えていた。

くそ、うるさい。心臓。鼓動が力強く不規則に動いていた。

ガサっ。目前の茂みが大きく揺れた。来る!そう思ったが敵は思わぬ方向から現れた。


「お兄さん、背中ががら空きだよ」


羽交い締めるように、知らぬ男は私を拘束した。


「な…!?」

「物騒なナイフなんて捨てちまえ」

「そうだな」


畜生、囮か!

目前に意識を取らせ、もう一人が背後から。

何とも単純だが、現代慣れした私には予期せぬ出来事だった。

茂みから現れた男は、私の手に握られたナイフを取り上げ、川へと投げ込む。

遠くでポチャンッと川に何かが落ちる音がした。


「お兄さん、さっき俺らの村にいたでしょ?」


羽交い締める男が私に尋ねる。私は口をつぐみ、拘束を逃れようと体をひねる。

しかし「おっと暴れるなよ」と男は笑うだけだ。くそう、くそう!!


「もう一つ聞きたいんだけどさ」


「間違ってたらごめんね?」男は笑った。


「今朝配られたばかりの手配書、あれ君?」


そっくりだよね、男は再び笑う。

もう一人の男も不気味で下品な笑い声を上げた。


「違うっ」

「うっそだー!似てるじゃん、すっごく!」

「そっくりだな」


男の拘束は一向に揺るがない。

口調こそ軽いものの隙のない動きとオーラに、私は絶望に打ちひしがれる。

「確かめるなんて簡単だけどね」男は明るい声音で言い放った。


「ねぇ、この噂知ってる?あくまで噂なんだけどさ」


男は力強く私の背中を押し、倒れこんだ私の体を仰向けさせた。

馬乗りになるように私にまたがり、私の手をもう一人の男が抑え込む。

脳裏によぎる最低で最悪で残虐な光景に、私は顔を蒼白にさせた。


「あの手配書が女神様なんじゃないか、って噂」


ひゅっと喉が鳴った。恐怖から黙ったと思っている男二人は嬉々として語りだす。

おかしいと思わない?過去に今まであんな手配書なかったんだよ。消えた女神さまのことも、みんな知ってる。それでさ、皆が最近言うんだ。あの手配書は男に見せかけた女神様なんじゃないか、ってね。

ジェクサーの執着が思わぬところで波紋を呼んでいたらしい。

男の手が私の服に伸びた。


「止めろ、何をする!」

「本当に男ならどうってことないでしょ」


懸命に暴れるが、男が転げ落ちるどころか手の拘束さえも解かれない。

自分の非力さに涙が出た。


――――殺すことなんて、簡単じゃない。


自分の中の悪魔が囁いた。

プチプチとボタンが外されていく。


「あ、あ…」


恐怖から、もう動くことさえ出来ない。

月明かりに照らされた男二人の顔は、獰猛で血に飢えた獣のような瞳をしていた。


「離せ…っ!」


ボタンを全て外された中からさらしを見た男たちはニヤリと笑った。


「何だぁ?これ。お前怪我でもしてんの?」


男は鎖骨の中心からへそに沿うように、指先でツッとなぞった。

いやな笑い方をする男たちは、幾重にも巻かれた包帯に刀をあてる。

空いた手で包帯を浮かし、その隙間に刃を挿しこんだ。

そして力を入れる。


「止めてぇぇえ!!」


――――殺しておしまいなさいよ。簡単じゃない。


悪魔がもう一度囁いた。





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