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SPELL 13

ギシリ。

踏みしめた床板が鈍い悲鳴を上げた。

静寂に包まれる暗闇の中、微かな月の光が廊下を照らしている。

おぼつかない足取りで階段を降り、キッチンを横切る。

たった数日しか過ごしていないはずのこの家が、何故だか妙に懐かしく感じた。

離れがたい気持ちを押しやり、見つけたペンで紙につたない文字を書く。

この国の言葉は世界共通語で文字もそうだった。

筆記体のようなニョロニョロとした文字は、私が書くと余計にニョロニョロのヒョロヒョロだ。

笑ってしまうほど下手な字だけれど、気持ちは伝わるに違いない。

ぜひ伝わってほしい。…そう願いながら私はペンを置いた。


元の世界に戻ると決めた今、きっとこれからも、ずっと今のように出会いと別れを繰り返していくに違いない。

別れ方がどうであれ、あまり盗人のようにコソコソとするのは好かないけれど。

今回は仕方がない…。


私の腕を掴んだジャブの表情。

揺れた瞳、赤く染まった頬、部屋を出て行く時の後ろ姿。

バレたかな、バレただろうな、バレたに違いない。

バストやウエストはさらしでどうにでもなるけど、腕や足などの部位はどうしようもない。

思わぬ落とし穴に、私は苦虫を潰したような表情で小さくため息をこぼした。


バッグを持ち直し、極力音を立てぬように歩きだす。

外へと繋がるドアノブに手をかけた。


―――――。


誰かが引きとめてくれる、そんな淡い期待も空しく、ドアはゆっくりと開かれた。

細い月が空に浮かんでいる。天の川が夜空一面に流れていた。

一歩外へと踏み出し、ドアを閉める。

ジャリっと私の足音が厭に響いた。

静かな夜だ。どこからかフクロウの鳴き声が聞こえ、孤独感をより一層深くした。

家を見上げ一礼する。深く、深く、心の中で感謝の言葉を繰り返した。


村の家を照らす街灯は、家々の玄関先につるされた小さなオイルランプだ。

その小さなランプは日の出前に消えてしまうので、日の出前の二三時間前になると町は暗闇に包まれてしまう。

手持ちランプを持っているとはいえ、消えた後の町は歩きたくないものだ。

光がフワフワと一つ漂っていたら目立ってしょうがない。

誰かに見られたら面倒だ。私にそっくりな手配書が出回っている今、どんな些細なことであれ目立たずに行動することが最優先だ。

街のランプが消えるまであと一時間。それまでに町の外に出る他ない。


幸い小さな町のため、早歩きで十分ほど歩けば街道に出る。

そこから延々と道が続き、二週間ほど歩き大河を渡れば隣国ビンターへ着く。

途中町村がいくつかあるだろうから、そこで物資を調達し野宿すれば何事もなく私が目指す場所に行けるだろう。

森へ入り振り向くと、町のランプがぼんやりと灯っているのが見えた。

胸に支えるもやもやとした感情を押しやり、私は踵を返すと足早に歩き出した。


手持ちランプは頼りなく周りを照らしている。

弱い月の光は森の中にまで届かず、もしこのランプが無くなってしまったら…、と考えた私は悪寒に身を震わせた。

狼が出るわけじゃない。熊だっていない。鬱蒼としているが狭い森なのだ、ここは。

だが一人という状況はどうしても孤独感を感じて仕方がない。

一曲歌いたいところだが、なかなかそんな気分にもなれなかった。

これからどうしようか。私は思いあぐねる。

考えなくてはいけないことが沢山ありすぎた。そして考えすぎて気が付かなかったのだ。

足音が私のものを含め二つあることに。


そのことに気が付いたのは森を抜けたときだった。

微かな足音のずれ。さり気なく早足になれば、それはワンテンポ遅れて重なり着いてきた。

野党か?いやしかし足音は単体だ。それならば、と考えた瞬間、ひんやりとした硬いものが首筋に触れた。


「動くな」


威嚇する低い声に圧倒され、体の自由は奪われた。

ボストンバッグとランプが音を立て草むらに落ちた。

ランプはコロコロと地面を転がり、私ともう一人の足元を照らす。


「おかしいと思ったんだ」


低いその声は、ここ最近私が聞き慣れた声だった。

足ががくがくと笑いだす。


「女神祭直後のお前の行動、そして全国指名手配書。…あれはお前のことだな、ココ」


ジャブは私の首筋に剣の刃を当てたまま問いかける。少しでも動けば切れるに違いないこの状況で、頷く方が困難だ。

私は無言のまま立ち尽くした。

寸分も狂わない剣先に、彼の腕の良さが窺える。冷汗と脂汗が体中から噴き出るのを感じた。


――――おかしいと思った。


ジャブはそう言った。

過去形のその言葉は、一体いつから私を疑っていたと言いたいのだろうか。

ああ、女神祭直後、出会った時からか…。

出会った時から、ジャブは私を疑っていたんだね。


「何か言ったらどうだ、ココ」


脅すかのように刃が首へと喰いこんでいく。チリっと微かに痛みが走った。


「そう、だよ」


消え入るような声で私は答えた。


「あれは私だ、ジャブ。あの指名手配書に載っている男は、私だ!」


どうにでもなれ、そう思っていたと思う。

先の見えない旅への不安と、信じていた人に疑われていた悲しみ。色々な感情が入り乱れて、私は泣き叫んだ。

ジェクサーの時のように彼の動きを封じることは簡単だ。

――――殺すことだって、今の私には造作もない。


でも出来るわけが、ない。


私を疑っていたとはいえ、ジャブが私に見せてくれた笑顔は本物だと思う。

家族のように接してくれていたことは本当なんだもの。

そんな家族を傷つけれられようか。勿論、否。

ああ、首が痛い。何かが首筋を伝っている。


「お前は誰だ、正体を言え」


冷やかな声が響く。

あの頼りなさ気にあった細い月さえも、今では隠れてしまった。

細く薄い雲が月を隠し、満天の星空だけが覗いている。

無数の視線に、私は唾を飲み込んだ。






20120629加筆修正

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