SPELL 12
ジャブとミランさんはとても良くしてくれた。
何も話さない私を優しく労わる様に、温かな笑顔で向き合ってくれた。
本当の息子のように、弟のように。
だがここは城から少ししか離れて居ないのだ。
そう、たった少ししか…。
「城下じゃお尋ね人の噂でもちきりだ」
先ほど城下から戻ったばかりの村人が、喜々としながらそれを語る。
「賞金も高く、それでいて生きてることが条件。絵は見たところ優男だったぜ」
「一体何をしたんだか」
「そういやココに似てなくもなかったぞ」
「ココにゃ何も出来ねえだろ」
「違ぇねえ!」
「がっはっは!」
男たちは笑い転げる。
近くに居なくても聞こえるその音量に、私は小さく身震いをした。
手配書は国の自警団が配ることが義務付けられている。
この数日間の猶予は手配書を作っていたのだ。
そして近々その手配書は城下だけでなく、近隣の町村や国に配られるに違いない。
「…どうして…っ」
どうしてそこまで追い詰めるの。
どうしてそこまで私に執着するの。
美春という女神だけじゃ飽き足らず、男と信じながらも一般市民の私を何故追い続けるの!
ジェクサーの執着の意図が分からない。頭が今にもショートしそうだ。
「―――…」
ジェクサーが居ないここでさえ、私の口は名を呼ぶことをためらい口をつぐむ。
たった一言、たった一言を言ってしまえば後は簡単なのに、その言うまでがとてつもなく辛く長いのだ。
「おい、どうしたんだよ」
夕日が差し込む私に宛がわれた自室で、私は膝を抱え蹲っていた。
夕飯だと声をかけに来たのだろう。
ジャブはドアのところで眉根を寄せると、怖がらせないように優しく問いかけた。
「いや…。大丈夫」
「大丈夫じゃねえだろ。顔色悪いぜ」
ジャブは私の腕を掴み、遠慮なしに引っ張り上げた。
「い、たいっ」
「お前…、細い腕してんのな。筋肉も全然ねぇじゃねえか」
少し戸惑ったような、声。赤く染まった頬は、夕日のせいか、それとも…。
目の前の人物の瞳が微かに揺れるのを、私は見逃さなかった。
ジャブは踵を返しドアへ向かう。
「飯だ。早く来いよ」とぶっきら棒に言い放つと、階段を降りて行った。
夕日が落ちる。
煌々と輝きだした細い月が私に言う。
――――さぁ、もう去らねば。
笑って言うのだ。闇夜に三日月の口を浮かばせて。
――――長く居過ぎたお前が悪い。
そうね。
私は立ちすくんだまま、静かに笑う。
上げた口元から涙が入り込み、口の中が少ししょっぱく感じる。
ベッドの横には小さなボストンバックが一つ。
ああ、また振り出しに戻る。
大したことないじゃない。
そうよ。
いつかは必ず来る別れ。
永遠の離別。
それが今になっただけ。
たったそれだけ。
「…っ」
酷い、神様。
貴方はなんのために私をここに連れてきたの。
人を傷つけるためにここへ連れて来たの?
誰も望んじゃいなかった。
向こうに不満なんて一切なかったのに!
どうして、なぜ連れて来たの!
唇をぎりりと噛んだ。
鉄の味がじわりと口に広がる。
絶対帰ってやる。
美春という私の代わりが現れた今、全てを捨ててでも帰ってやるのだ。
私の世界は、向こうだから。
ぺろりと唇を舐める。
ああ、切れてしまったみたいだ。
じくじくとした痛みと鉄の味。
「…ぃたい」
――――私のしていることは、無駄で哀れなことなのですか?
答えを乞うても帰ってくるのは無音だけだった。
切れた唇を舐めた時、小さくこぼれた「…ぃたい」の言葉。
『痛い』のか、それとも『会いたい』のか、心は自分でも判断できなかった。