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SPELL 11

二日ほどかけ、馬車は小さな農村へとたどり着いた。

車があったら半日も掛からないだろうに、という距離とスピードだった気がする。

途中小さな村や町に寄ったが、そこには物資の調達だけで主に野宿だった。

たどり着いた農村は木々に囲まれ、小さな川の近くにいくつもの家々が隣接していた。

馬車が着いたことに気づいたのか、井戸にたむろっていたおばさんが声を上げる。


「あれまぁ!」


馬車は井戸へと近づいた。

ジャブは手綱を片手で器用に操作しながら、「よう」と手を上げた。

私はどうすればいいのか分からず、村人と目が合うたびに頭を下げた。


「随分とお早いお帰りじゃない」

「まぁな」

「で、どうだった」


井戸端会議をしていたおばさん達はジャブへと群がった。

私へと向けられる四方からの視線に、何故だか恐縮してしまい俯いてしまう。

馬がぶるると鳴いた。


「まぁ話は後でな。とりあえず今はコイツを休ませなきゃ」


ジャブは馬へを視線を投げかける。

おばさんの返事もろくに聞かないまま手綱を動かし、馬はカポカポと歩き出した。

背後で「そこのあんちゃんも、うちに連れて来な~」と声が聞こえた。

おお、私のことか。と思い、誘ってくれたおばさんに向かって一礼する。

きゃあきゃあと年齢にしては高い声が響き、女性は何歳になっても乙女なのだと痛感した。


馬車は小さな馬小屋の前で止まった。

中には他に三頭の馬がいて、一頭一頭柵に区切られたスペースに入っている。

ジャブは私に「ちょいと待ってな」と言い荷台に乗せたまま、馬車を引いていた馬を連れ空いているスペースに馬を入れた。

私は足をぶらぶらさせながら空を見上げた。

青い空、白い雲、青々した木々、遠くに見える山、目を瞑れば聞こえる川のせせらぎ。

のどかだ…。


「待たせたな」

「あ、ううん」


私は荷台から飛び降りた。


「さっき話してたの、オレの母親なんだ」


二人並んで歩き始めると、ジャブは笑って言った。

なるほど、だから親しげだったのか。

それにしては…と、私は首をかしげた。


「随分若く見えたけど、お母さんってお幾つ?」

「あー?確か今年五十…」

「え」

「にもなってない気がする」

「へあ」


ぽかーん。待て待て、だとしたら何だ。

ジャブをおっちゃんだと思っていたがまだ三十も行ってないのか?

確かに髭は黒々としているが。


「なんだ、その気が抜けた声は」

「え、いや、ジャブって何歳?」

「オレか?オレは今年で二十七歳になった」


「ひ…、ひげを剃れー!!」


あーはっはっはと、ジャブの母親のミランさんは笑い声をあげる。

笑い方がジャブにそっくりだ。

そんなジャブは何だか不貞腐れて家の椅子に腰かけていた。

お風呂に入ったらしく、汚れも落ちひげもさっぱり綺麗に剃られていた。


「おっちゃん…かぁ」

「だからごめんってば」

「四十、五十歳…」

「ううー」

「あんたも大概女々しいね!」


私がしわだと思っていたのは、小さな傷だった。

それはジャブの全身にあるらしく、それと髭が相まっておっちゃんに見えたのだとフォローにならないフォローをした。

ミランさんは笑い声を更に大きくした。


「ひぃひぃ。あー、笑った。まぁ確かに老けて見えるからねえ、この子」

「うるせぇよ!」

「老いて見えました」

「お前も言うようになったな!」


歳が近いと分かった今、私には遠慮がなくなっていた。

ミランさんは、まぁ飲めよと言いながら私の空いたカップに紅茶を注ぐ。

お礼を言うと嬉しそうに笑った。


「んで、女神祭行ったんだろう?どうだった?」


ミランさんは体を乗り出す勢いでジャブに問いかけた。

目が爛々と輝いている。

私の横に座るジャブは背もたれに寄りかかった。


「別に」

「何を言ってるんだい。女神様見なかったの?」

「見たさ」


ああ、今でも鮮明に浮かぶ、あの情景。

花、月、星、香り、鈴の音…。


「羨ましい。あたしも行きたかったよ」

「大したこと無かったよ。オレにはただの娘っ子が普通に踊っているようにしか見えなかった」


私はばっと顔を上げ、ジャブを見つめた。


「な、何て罰当たりな!変なことを言うんじゃないよ!」


ミランさんは顔を真っ赤にして怒鳴った。その声さえ、私には遠くに聞こえた。

――――だからジャブはあの時間に、あの場所に居たんだ。

美春が『美春』にしか見えないから、一人踵を返してあの場所に。

この人もあの場に居たのだ。あの美しく幻想的な、ジェクサーと別れたあの空間に。


「ココ女神様見たのかい?」


ミランさんは私に問いかける。その眼にはどこかギラついていた。

そんな眼を見て見ぬふりをして、私は笑って頷き、そして答えるのだ。


「女神そのものでした」


群衆の視線を一瞬にして集め、捕らえて放さない。それはまさしく女神が降臨したかのようで…。

彼女に纏うレースの服は、まるで天女の羽衣だった。


「とても…、美しかったです」


胸の痣がしくしくと痛んだ。






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