SPELL 9
厳粛な空気が流れる大広間。
高い天井から垂れるシャンデリアの光が淡く室内を照らしていた。
数名の兵士が慌ただしげに行き来をしている。
ジェクサーはそれを一瞥すると、「チッ」と舌打ちをしてイスから立ち上がった。
「隊長、どこへ行かれるのです!?」
部下の一人が慌てて声をかける。
返事をろくにしないまま、ジェクサーは部屋の扉を押し開け廊下へ出た。
月明かりが長い廊下を照らしている。
――――何もかもが気にくわない。
反抗期などとうの昔に過ぎていると言うのに、今、全てに腹が立って仕方がない。
眉間の皺を更に深く刻ませると、開いていた窓からフワリと花の花弁が舞い込んできた。
無意識のまま歩みを止める。
それとなしに腕を伸ばすとその花弁は静かに手に収まった。
花の香りも微かだがどこからか漂い、いくらか気分が落ち着く。
掌にある花弁を見つめるジェクサーの後ろから、「ジェイク」と一人の男が声をかけた。
自分のあだ名を未だに呼び続ける人間は、この世界に片手ほどしかいない。
振り向くとそこには見知った顔の男と、その後ろに隠れるように美春がいた。
「どうしたんだ、ジェイク。お前らしくもない。少し落ち着いたらどうだ?」
――――俺らしい?
はっと鼻で笑い、開いていた掌をぎゅっと握る。
花弁がくしゃりと握りつぶされた。
それを見ていた美春は大きく肩を揺らし、目の前に立つ男の服を握る。
こんな怖いジェクサー、見たことない…。
私が知るジェクサーはいつも笑っていた。大らかに。
でも、今のジェクサーは…。
まるで怒り狂う獅子。
「“血濡れの銀獅子”が聞いて飽きれる」
男はハァとため息をつき、緩くウェーブを打つ髪を撫で上げた。
艶やかなその仕草を後ろから見ていた美春は、何だか恥ずかしくなり一歩後退した。
「…煩せぇぞ、タルミラ。それ以上口を開いて見ろ」
――――ぶっ殺す。
殺気を含む鋭い視線に貫かれながらも、タルミラは笑う。
「お言葉だけれどね、ジェイク。人一人にそこまで取り乱す君が信じられない」
「タ、タルミラさん…っ」
しかも相手が男みたいじゃないか、とジェクサーに視線を向ける。
ジェクサーは無言だ。――――だからこそ怖いのだ。
自分では到底かなわない、百獣の王が歯茎をむき出し唸り声を上げている。
今のジェクサーは無表情ながらも、オーラがそう感じさせた。
轟き地響きを感じさせるような…、殺気。
タルミラの服を握る自分の手が微かに震えている。
少しでも気を抜けば卒倒してしまうんではないだろうか。
美春は「はぁ…」と数回深呼吸をした。
「た、隊長!」
張り詰める空気の中、一人の兵士が駆け寄ってきた。
兵士はタルミラの前で敬礼をし、次いでジェクサーへと向き直る。
タルミラは軽く頷くが、ジェクサーは無言のまま兵士を睨みつけた。
「なんだ」
「はっ、先ほどの伝令の結果報告です」
ジェクサーは眉をぴくりと動かすと「言え」とただ一言を言った。
「国の貴重な戦力、変なことで使わないでくないか?」と、タルミラは腕を組み呆れたように囁く。
美春はタルミラの背中に隠れ、ジェクサーから見えないようにこくこくと頷いた。
「隊長が仰った条件に当てはまる人物はゼロ、との事です」
「ばかな!」
静かな廊下に怒声が響き渡る。
兵士は驚きのあまり手に持っていた報告書をはらりと落とす。
タルミラも目を見開いた。
「あり得ない!見過ごしたのと違うかっ!?」
「い、いいえ!…細身の中性的な男性、髪は茶髪の肩程…。女性なら居たのですが」
「女…?」
兵士は戦きから震えながら、首をがくがくと頷かせた。
「門を通った馬車は二十両ほど。その内若者が九名で、うち八名が条件から外れる外見の男性。残り一人が細見の女、とのことです。」
「…」
「馬車の荷台の中も勿論確認いたしました。ですが異常はなかったとのことです。…隊長?」
ジェクサーは壁に凭れかかり、白銀の髪をぐしゃりと握る。
「そんな…」悲しそうなジェクサーの言葉に、美春も顔を歪め俯いた。
白銀の獅子王から血濡れの銀獅子に変更しました。
黒さアップ。