絶海の孤島殺人事件 ヘアピン1
この物語は後に天使の金字塔と呼ばれる名探偵の物語である。時計塔殺人事件から数週間後、僕は霧雨警部に呼び出された。なんと旅行に連れて行ってくれるそう。何でも、海ノ鳥島のペアチケットが当たってお父さんを誘ったけど、断られたみたい。お父さんに誰か紹介してくれと頼んだら、娘なら良いと言われて、本当に僕を誘ってきた。どこの家庭も娘をすぐに他のおじさんに差し出すものなのだろうか。ともかく、折角誘われたので承諾して今フェリーで向かっているところだ。
『霧雨警部、誘ってくれてありがとうございます。』
『礼を言いたいのはこっちの方だよ扉木くん。じゅるり』
霧雨警部は親指を立てて手をグッとしながら、ニコッと歯を見せて笑う。またじゅるりって聞こえたよ。何なのこの人。それにホイホイ着いていく僕がおかしいのかな。前も幼女呼ばわりしていたし、距離考えた方が良いのかもしれない。
そうこうしていると島が見えてきた。あれが海ノ鳥島。本土から遠く離れたリゾート。上空には青い空。下方には海が青く揺らめいている。綺麗な水面にはお魚がいっぱいで、雲の下には白鳥たちが僕たちを祝福するかのように飛び交っている。しかし、この島が恐怖の事件の舞台になるなんて夢にも思っていなかった。
荷物を持って、船を出る。港にはもう一隻、船が停泊している。このツアーの参加者かな。他にも誰かいるのだろう。景色はとても綺麗だ。島の周囲は崖に囲まれている。お花畑もあり、ゲームに出てきそうな幻想的な場所と言うのが近い。ふいに後ろから声をかけられた。さっきまでフェリーを操縦していたおじさんが話しかけてきた。
『こんにちは。海ノ鳥島観光社長の田中一郎です。』
鍔のあるハットを外してお辞儀をしている。
『おお!社長だったんですね。ご挨拶が遅れましたな。霧雨孝志です。』
『扉木あやかです。』
『可愛いお嬢さんだね!お父さんとはぐれちゃダメだよ。』
『あー、扉木くんは娘じゃないです。』
『そ、そうでしたか。』
『まず、苗字が違いますよ。』
僕が指摘すると田中さんは恥ずかしそうに頬をかいた。
『しかし、社長自らフェリーを操縦するとは殊勝な心がけですな。』
『観光を皆さんに楽しんで頂けるようにしております。そしてそのお姿を見ることが私の喜びです。』
『ほほう!』
何をわかったのか霧雨警部はうんうんと首を2回縦に振る。
『それではお部屋にご案内します。』
5分程度歩くと大きな建物があった。オシャレなホテルが連続して3棟続いている作りだ。外観からして新しい。最近作ったものだろう。それぞれの棟に連絡通路がある。
『左から1号館、2号館、3号館です。』
『建物が並列しているのか。』
『ええ!自慢のリゾートホテルです!』
満面の笑みで誇らしげに語りながら1号館に入り、泊まる部屋まで案内された。
『こちらが霧雨さんと扉木さんのルームです!ゆっくりしていってくださいね。』
『125号室か。おっ!あやかくん見てくれ!風情が良いぞ!』
窓の外を見ると青く染まった海が一望できた。
その景色にうっとりする。こう見えても、僕はキラキラ光るものが好きなのだ。
『綺麗…!』
『ははは!そうしていると本当に小学生らしいな!』
『小学生です!』
部屋の中は大きなテーブルが中央にあり、おやつや新聞が置いてある。花も飾られている。テーブルの下に座布団が2つ。ベッドも2つ。TVはもちろん、パソコンなども置いてある。鍵はオートロック式である。それから暫くは霧雨警部と雑談したり、推理小説を読んでのんびり過ごした。部屋の時計を見ると夕方の5時を回っていた。
『そろそろご飯にするか?』
『え〜と、先にお風呂が良いです。』
『うむうむ。長旅の汗は直ぐ流したいよな!』
僕たちは温泉に入ることにした。温泉は2号館にあるようだ。2号館の1階に移動した。当然だけど露天風呂は男湯と女湯に分かれている。僕は女湯、霧雨警部は男湯に向かう。
『何かあったら大声で呼んでくれ。』
『わかりました。』
脱衣所には誰もいない。服を脱ぎ、ドアを開けて身体を流して露天風呂へ入る。大きい温泉。旅の疲れが癒える。これが大浴場か。温泉には年上のお姉さんが2人いた。どちらも10代半ばといった所かな。どちらも学生だと思う。片方は桜色の髪色。もう1人は黒色の髪だ。ついつい、他人の年齢を当てようとしてしまうのは僕の癖だ。性懲りも無く探偵の真似事をしてしまう。これ以上は何も考えないように目を逸らし、口をお湯内につけて泡をぶくぶくさせる。あんなことがあったのに心の中では推理を行う扉木あやかがいる。
『梨乃!そろそろ俺は出るから!』
突然、男湯の方から声が聞こえた。シャンプーをしていた黒髪の方のお姉さんがそれに返事をする。
『お兄ちゃん!私ももうすぐ出るよ。』
『了解!』
黒髪のお姉さんは髪を流してすぐに脱衣所に向かった。兄妹で来ているのかな?入浴中に会話するなんて仲が良いんだろうなぁ。僕はシャワーを浴びながら、念入りに身体を洗いお湯を流す。全てを終えて、脱衣所で服を着替え浴衣を着て霧雨警部と合流した。なぜかあのおじさんも浴衣姿だった。
『扉木くんとても浴衣似合ってるじゃないか!ロリ浴衣…ありだな。』
最後の方は声が小さくてよく聞こえなかった。
身の危険を感じてガタガタ震えながら答える。
『あ、ありがとうございます』
『俺の浴衣はどうよ?』
『良いと思います。』
なんか決めポーズ取ってる。怖いよ。その後、夕食のために2号館2階のホテル専属レストランで席に着いた。他にも何人か旅行客が居る。さっきの露天風呂で見かけたお姉さん達もいる。四角いテーブルを9人で囲っている一風変わった奇妙な状況だ。前にはマイクを持って自信満々に高らかに話す田中さんの姿があった。
『皆さんこの度は当社のツアーに参加頂き誠にありがとうございます!社長の|田中一郎《たなかいちろう
》です。ここで巡り会えたのも何かの縁!早速ですが、自己紹介をお願いします。』
僕らの近くに座っていたお兄さんが元気そうに頷き立ち上がる。
『鈴木翔だ!大学生!この旅行には妹と一緒に来ている!よろしくな!』
『妹の鈴木梨乃です。高校生です。よろしくお願いします!』
『佐藤優香。趣味はYouTube。』
『木村勝。この旅を忘れられない思い出にしたい。』
『佐々木桜よ。好きなお花はマーガレット。好きな花言葉は真実の愛よ。』
『石川美羽です。う〜んと、イラストを描いたりすることが趣味です。よろしくお願いします。』
『霧雨孝志!!独身です!お酒が大好きですぞ!朝まで一緒に飲み明かしませぬか?』
『扉木あやかです。趣味は…小説を読むことです。お手柔らかによろしくお願いします。』
ところどころ危ない人が居たけど気にしないようにしよう。少し身体を動かして若干、隣にいる酒豪おじさんから距離を取った。
『それでは…!頂きます!』
田中さんの合図と共に皆で手を合わせて食事を始めた。普段、学校ではお目にかかれない豪華な料理が並んでいる。麦ご飯に焼肉。ふぐ料理にチョコレートケーキにパフェなど豪勢だ。和気藹々とした空気だ。思った以上に周りは打ち解けるのが早い。しかし20分程、経過すると急に1人の女が椅子から首を押えながら転げ落ちて倒れた。
『ぐあ…あああ!!!』
『佐藤さん!?』
『どうした?』
『え…?え!?』
『苦しそうだよ!』
『は…うぇ…はぅぅぅ。』
すぐ近くで佐藤さんが倒れたのを見て気分が悪くなり僕は吐きそうになる。呻き声が聞こえる。まさかまた何か僕の居るところで事件が起きるの?そういった感情も込み上げてくる。呼吸困難になるほど胸も喉も苦しい。
そこで霧雨警部が近づく。
『俺は警部だ!』
霧雨警部の警察手帳を見て、全員唖然とする。時間が止まったかのような硬直。もう佐藤さんは目を大きく見開いて苦しい表情をしたまま動いていない。
その隙に佐藤さんの容態を確認しているようだ。
『ダメだ。生きていない。』