時計塔殺人事件 ヘアピン3
『霧雨警部…これは事故じゃありません。他殺です。』
『なんだって!?どうしてそう思うんだ?』
『これを見てください。』
『糸じゃないか。』
『断片を見て下さい。不自然でしょ?』
『うーん?何がだ?』
『ハサミで切り揃えられています。自然にちぎれたんなら、こんなに綺麗にはならないんですよ。』
『確かに!』
『事件現場を検証しましょう。』
僕たちは時計塔を登り大広間へ行く。昨日まで大きな時計の裏側だった場所だ。
『こうしてみると全体的に古いな。』
『無理もないです。ここは120年の歴史のある時計塔ですから。』
『120年!?』
おじさんは驚いているが、女子小学生より知識のない大人ってどうなんだろう。とにかく怪しいものが無いか隈無く調べる。何処か変だと感じた。何が変なんだろう。昨日とは少し違う。その正体は台座だった。少し傷がついている。
『扉木くんどうした?』
『ここ、何かが擦れた跡が残ってます。』
『う〜む。古いからだろ?』
『よく見て下さい。傷は多くて白いです。誰かがトリックのためにつけてしまった新しい傷だとしか考えられません。時計塔は厳重に警備されていて傷なんてつけたら警察沙汰です。』
しかし、問題はその方法だ。何を使ってここに傷をつけたのか。どうやったら星二を殺害することに繋がるのかだ。はっきりしているのは大時計の下敷きになったことが直接の死因であること。糸と傷の関係性は未だにわかっていない。一度、大時計の落下地点に戻ることにした。階段を降りるとネジが一本転がっていた。おじさんがネジを拾う。
『ネジ?ゴミか。』
『待って下さい霧雨警部!それはゴミじゃないと思います。』
僕はネジを受け取り細部を確認する。
『やっぱり…!』
僕は大時計へ走った。。
『扉木くんどうしたっていうんだ!?』
大時計の裏側をひっくり返してみた。そこには無数の傷がついていた。そして、犯人が落としたと思われる物を眺めた。それを拾って後方にいる霧雨警部に話しかける。
『謎が解けちゃいました。』
『なんだと!?』
『近くにいた三人を集めて下さい。説明はそれからです!』
おじさんが創一郎、龍奈、賢一を大時計の前に招集してくれた。
『犯人がわかったって本当なんですか!?』
『一体誰なのよ?』
『許せない。他殺だと!星二を殺したのは誰なんだ!!』
おじさんに質問が殺到する。
『お、落ち着いて下さい。わかったのは私ではありません。扉木くんです!』
視線が僕に降り注ぐ。
『この娘が?』
『うん?小学生に任せてるの?日本の警察って。』
『冗談はやめろ!弟の命が…亡くなったんだよ!』
『今から、僕が推理した内容を説明します。この中に犯人がいます。』
現場は静まり返る。
『おいおい、本当にやる気が?このお嬢ちゃん。』
『子どもの言うことだけど、聞いてみましょうか。』
『この中に星二を殺した犯人が…?』
僕は推理を語り出す。
『まず、星二さんは大時計の下敷きになりました。たまたま早朝に星二さんが居て時計がその場所めがけて落下するなんて、事故にしてはおかしいと思いませんか?』
『それも…そうだね。』
『けど、そういう事故って結構あるわよ。』
『話を続けます。この事件は予め、星二さんを呼び出して大時計を落として殺害したんです。』
『な…犯人は?犯人は誰なんだ!?』
動揺して騒ぐ賢一をおじさんが宥める。
『犯人のことは最後です。これを見て下さい。』
『ネジ?』
『うん。ネジだね。』
『これは…!』
賢一はハッとした表情だ。
『賢一さん何かわかりましたか?』
『大時計のネジです。俺と星二で管理していたので間違いない!』
『そうです。これは大時計のネジです。このネジには短い糸が絡まってます。』
全員が糸を目視で確かめる。
『そして…これは星二さんの死体の傍にあった糸です。この二つの糸には共通点があります。それはどちらも人の手によって切られたものです。』
三人は困惑している。すると、おじさんがここぞとばかりに前に出る。
『断片を見て下さい!不自然でしょ?』
なんで、このおじさん僕と同じセリフ言ってるの。そこで創一郎が気づく。
『あ、断片が切り揃ってる!』
『そうです!ちぎれたんなら、こんなに綺麗にはならないんですよ!』
おじさんが得意気に話しているので黙らせることにした。
『霧雨警部静かにして下さい。』
『お…おう。』
おじさんはシュンとする。
『しかし、糸とネジでどうやって大時計を落下させるんですか?』
僕は先ほど拾ったものをポケットから取り出した。
『ハサミ?』
『そうです。犯人はこのハサミを使ったんです。このハサミの使い方ですが、大時計のネジに糸を括りつけます。そこから台座を通して大時計とハサミにも糸を結びます。これでネジと大時計とハサミと台座を糸で結んだことになります。さて、大時計の裏を見て下さい。』
『これは…』
『傷?』
『こんな傷、昨日は無かったぞ。』
『そうですよね。台座にも大時計と同じように白くて小刻みの細かい傷があります。』
『それがどうしたっていうのよ?』
『これは犯人が使用したある物が擦れた跡です。それは…時計です。』
『と、時計?』
『どういうことだ?』
『犯人は大時計と台座に接する形で何個もの時計を糸で括りつけました。大時計には外れやすいように細工しておき、時計には全て目覚まし機能のバイブレーションを使い、揺らしたのでしょう。最新の時計って振動で起こすものもあるんですよ。そうですよね?犯人の黒内龍奈さん。』
全員が龍奈から距離を取る。
『この人が犯人?』
『こいつが…星二を?』
『扉木くん本当なのか!?』
龍奈は動揺して引きずっていた顔を戻し、笑顔を作る。
『も…もう、これだからお子様は。変なこと言わないで。私が犯人だって証拠も根拠もないじゃない?』
『そうでしょうか。大時計に細工することができるのは時計の知識がある龍奈さんと賢一さんだけです。そこから更に最新の時計を幾つも使える人となると絞られてきます。この三人だと時計屋さんのあなたが犯人と考えられます。』
『他の時計屋かもよ。』
『はぁ…』
僕は溜息を着いた。
『では、このハサミは誰のでしょうか?』
『そ、それは。』
『龍奈さんのですよね。昨日、あなたがベンチの下に落としたハサミと全く同じものです。指紋調べてみましょうか?あなたのじゃなければ指紋検出されませんよね。』
龍奈の顔が強ばる。
『しかもネジと糸まで落ちてます。あんまり大量に時計を用意してバイブレーションしたから糸が巻きついた大時計のネジや外に落ちた糸を回収しきれなかったんですね。』
龍奈は自ら口を塞ぐ。
『それに、あんな傷までつけています。龍奈さんの用意した時計も無傷じゃないですね。』
おじさんにアイコンタクトを送る。
『そうか!』
僕の合図が通じて霧雨警部は部下たちに時計屋さんの時計を調べるように指示した。
『…どうしますか?黒内龍奈さん。』
龍奈は無言を貫く。
『あなたは星二さんを早朝に呼び出し、糸が巻きつけてあった大時計のネジに細工して用意した時計のバイブレーションで自動でハサミで糸を切る落下装置を作り、真下にいた星二さんを殺害した。事件直後に現場近くのベンチに居たのは彼が死ぬ瞬間を自身の目で見届けるためです。合ってますよね?』
『この小娘がぁぁぁ!!!』
豹変した龍奈が僕を目掛けて襲いかかってきた。僕は恐怖で声も出せず、その場で怯えて耳を塞ぐ。
『させるか!!』
霧雨警部が間一髪で龍奈を背負い投げして押さえつけた。
『霧雨警部ありがとうございます。』
僕は怯えながら震えた声でお礼を言った。
『くそっ!この探偵気取り小娘…!あともう少しだったのに…!』
『一体なぜこんなことを!?』
『あいつ、私の元カレだったの。違う女に乗り換えて…私はこんなに星二のことが好きだったのに。あの男は!!だから殺してやったのさ!!』
あまりにも身勝手な動機に賢一は泣き出す。
『なぜ星二が死ななきゃならんのだ…。うわあああ!!』
その後、ハサミから指紋が検出され、龍奈の部屋から大時計の傷跡と一致する傷のついた時計が見つかり、逮捕された。パトカーに連行された龍奈を見た直後、賢一から感謝の言葉を述べられた。
『星二の無念、晴らして頂きありがとうございました。お嬢ちゃん本当にありがとう。』
『どういたしまして。』
『賢一さん。私たちはここで失礼します。』
『はい。さようなら。』
別れを告げて、おじさんと一緒に車に乗る。
『扉木くん…』
『…』
『扉木あやかくん!!』
『にゃあっ!?』
ボーッとしていた僕はハッとして、おじさんの方を見る。
『とんでもない観光になっちまったな。名推理だったし解決できたのは扉木くんのおかげだよ。しかし、君が襲われそうになったのは危なかった。もうこんな無茶はしないでくれ…』
『…そうします。』
実際、おじさんが助けてくれなかったら僕はあの女に危害を加えられていた。僕は無力な女子小学生だ。もう事件には関わりたくないと強く願った。こうして時計塔殺人事件は幕を閉じた。だが、僕は知らなかった。後に天使の金字塔と呼ばれる業績を残した扉木あやかの序章の事件簿に過ぎないことを。
―――時計塔殺人事件―――[完]