第六章
結論から言うと、いくら使い魔を放とうとも、結界で守られた島にいるチサらは発見できなかった。ロウとカイルはしばらく粘ったが、特に成果なく、ヌコルル島を去ることになる。
最近、こういうことが多い。
俺、本当にもう、引退かな………。
チサの魔力の回復には、3日間を要した。休暇はもう、終わっている。連絡のため通信したいが、そのための魔力消費が惜しかった。それで、何も知らせれずにいる。
トバとノア、2人の幸せのために、どうすれば良いかも考えている。今回をしのいでも、彼らの逃亡生活は終わらない。魔物のガガドとその配下をどう討伐すればよいのか。
しかし。
チサは、まだ直接見えてはいないが、ガガドにものすごい恐怖を感じなかった。
あの襲撃の群れは、実に烏合の衆。あっさりとプーを用いた幻覚に惑わされていたし、破壊具合もあの数にしては大したことなかった。
それで測れるガガドの器は、小物だ。背後に何が強力なものが潜んでない限り、恐れるに足らずだ。
それに対して、トバは。
優しい魔物だが、能力はすごそう。小さいとは言え、島ひとつを覆う結界を張り続けている、魔力。もし彼から理性が失われれば、凄まじい破壊能力を発揮するかもしれない。
(もしかして、それが狙いかも?)
ノアにもしものことがあれば、あるいは、そういうこともあり得るかも。ならば、背後にある何かを、想定しなくてはならない。
それは、自分ひとりの手に余る。コダやロウ、然るべき人に相談しなくては。やはり、通信が必要だ。
(でも、直接連絡するのは、どうなんだろう?)
本来正しいのは、上司である彼らに知らせること。しかし、チサは考えた。2人とも王に直結する魔法使いで地位も高い。どんなにチサが良いと認めても、ノアはとにかく魔物のトバを受け入れる立場ではない。
もう少し、若くてフリーな立場で、かつ魔力が高い、魔物とも親しい関係が築けそうな人………。
2人、思いついた。
「プー、今度はお使いして。」
プーに手紙を持たせて、送り出した。直接通信するより、魔力が節約できる。島全体に張ってあった結界の、範囲を縮めてもらい、彼らが来てくれるのを待った。
待つこと約30分、彼らが来てくれた。
「サーラさん!」
「チサ、身体は大丈夫なのか?」
「はい、平気です………、何でジーノさんまで来たんですか?」
「やかましい!この、鉄砲玉!!」
「いや、プーがまず、ジーノの方に行ったんだよ。なんでだろうな。」
プーは真実、チサが当てにしていた人の方に行っただけだ。
何はともあれ、サーラとジーノが駆けつけて来てくれた。カイルから聞いてるので、チサは行方不明、負傷の可能性ありと心配していた。
サーラは1番年上、かつ成績が断トツだったので慣れ合う感じはないが、ジーノとチサは1才しか変わらず、魔法学校ではジーノがもたついたせいで、一時レベルはチサが上だったりした。それで、緊張感のない間柄だ。
「テメー、何考えてんだ。無断欠勤とかふざけてんじゃないぞ。」
「それは、これから説明しますよ。どうせ、そんなに心配してなかったんでしょ?」
「何だと!」
そして2人に、トバとノアを引き合わせた。
「初めまして、俺はサーラ、ユキノの息子だよ。」
「ノアです。ユキノ伯母さんの息子さんは、私の………?」
「いとこだ。トバさん、俺の身内を守って、育ててくださってありがとうございます。ちなみに、このジーノの母さんとうちの母ユキノもいとこ同士、ジーノもノアの身内になります。何になるのかな?」
「知らんよ。」
サーラとジーノ、トバとノアも一緒に、自分の考えを聞いてもらって相談したい。そのためにはまず、安全で落ち着ける場所に移動したいと言うと、ジーノが提案してくれた。
「だったら、ライラット温泉の近くにある、うちの別荘に行こうぜ。」
サーラがリードして、空間移動魔法で行くことにした。サーラに手を差し出されて、ノアが握ると、グッと強く握り直された。絶対に離れないように、父とはまた違う、大きなたくましい手。
飛んだと思ったら、次の瞬間には目的地に着いた。ジーノとチサの魔力も加わっているが、トバには、サーラの圧倒的な魔力が理解できた。
まずは風呂に入れと勧められ、ノアとチサが先に、トバも入った。ライラット温泉の源泉を引いている風呂は、最高に気持ちが良い。
しかもその間、サーラとジーノが手分けして、いろいろ買い物をしてくれていた。ジーノが買ってきた食べ物や飲み物がテーブルに並んでいて、サーラはトバとノアの服や靴などを買っていた。
「12才の女の子のだと言って、店員さんに見つくろってもらったんだけど、大丈夫かな?」
「さすが、サーラさん。ジーノさんだったら、変態だと思われるのに………。」
「何だと、こらぁ!」
「確かに……、ジーノがそんなことしたら、通報されるかも……。」
「サーラ、テメー!」
食事をしながら、相談が始まった。サーラとジーノ2人とも、チサの考えである『人間でも魔物でも、悪いやつは悪い、良いものは良い。』に賛成してくれた。
「俺の母ユキノを殺したのは、人間です。逆に、父が昔から仲良くしてる魔物のタウロタは、いつでも慰めてくれる、俺にとっても友だちです。」
「うちのおふくろも、死にそうな目にあったのは、魔王だけじゃなくて人間のせいだ。結局、個人の善悪の問題だよ。」
だから、トバをノアの保護者として感謝し、最大限協力したい。それが2人の気持ちで、それに対して、トバとノアも心を開いてくれた。
そしてトバは、ガガドについて、語りだした。
「元々、私たちは、幼馴染みなんだ。」
年齢はトバが少し上だが、一緒に遊んだし、成長して来た。魔力も能力も昔は大差なかった。仲間だと思っていた。
なのに、いつ頃からだろう。ガガドが苛つき出したのは。こんな森の奥深くで、埋もれて生きる気はないと、自分の能力を誇示しだした。そして弱いものを虐め、トバが止めるとまた苛つき。
「俺は魔王になる、お前は俺に従え、トバァ!」
もう、あの幼馴染みはいないのだと思い知った。
「ふーん、要するに、その心境の変化が何故かだな。チサは、背後に何かあるリスクを危惧していると。」
「なければ、単なるお山の大将だよ。ガガドを叩けば、取り巻きは退散すると思う。トバは、その力が十分にあるよね。」
ジーノやチサはこともなげに言うが、トバはそれができないから苦労して来たのだ。
「トバさん、そこは、心を鬼にしてください。トバさんには敵わないと、心の底から思うまで叩けばいい。しかし何にせよ、きちんと調査しないと。加えて、ノアの安全が確保されないと、トバさんは戦えないですね。だからやはり、俺たちは然るべき方々に、相談しなくては。」
「サーラさん、アミアとキリルさんには絶対駄目ですよ。」
チサは、何が何でも巻き込みたくないと言う。
ロウさん、チサを見くびりすぎてたなと、サーラもジーノも思った。
アミアはもちろん、キリルは複雑過ぎる。サーラ自身、正直、ノアに母の面影を見せられて平静を保ちにくい。父は、尚更だろう。
ならばやはり、コダ様とロウさんだ。情報を整理し、相談しに行こういうことにとなった。
「おい、チサ、ロウさんを心配させてんだ、めちゃくちゃ怒られる、覚悟しとけよ。」