第ニ章
ロウも、会うのは久しぶりだった。
マドカは相変わらず、歳を感じさせない美しい女性で、すっかり上流社会の貴婦人だった。
その優雅な顔が、驚きで強張った。
「高晴くん…………、間違いない、雪乃ちゃんの弟です。この子、娘さんでしょう。雪乃ちゃんの子どもの頃に、よく似ている。」
文字ももちろん、彼女なら読める。
「住所、電話番号…………、見覚えあります、雪乃ちゃん家です。名前は川端乃愛、かわばたのあ、ノアちゃんですね。」
全てロウの予想通り、しかし、確認の為とはいえ、マドカに知られたのはあるリスクを生んだ。ここは、断固とした態度でいかなくては。
「マドカさん、ご協力感謝します。今後、我々の総力をあげて、少女の発見と保護に当たります。尚、アイナ・マドカご夫妻にはこの件について他言無用、更に一切、手を引いていただきたい。」
アイナは少し不満らしいが、冷静だった。
「訳を聞いていいか?」
「訳は、まあ、ぶっちゃけましょう。この件に関してあのお転婆をかませない、これに尽きます。」
あのお転婆とは、アミア。
マドカのいとこで、ノアの伯母に当たる異世界人ユキノ、彼女はもういない。愛する息子を守るため、とある組織に殺された。しかし彼女は別の女性、アミアに生まれ変わった。
ユキノと違って、桁外れの魔力があるアミアは、その実力もあってか、周りの人間に危害が及ぼうものなら、全力で守ろうとする。その時は我が身のことはお構いなし、死にそうな目にも会っている。
ロウは友人に頼まれ、アミアを魔法学校に連れてきた。そして度々、彼女の無鉄砲を目の当たりにして来た。
「あいつは、そう、レベル2の11才の時だ。友だちの家が魔物に利用されてるってんで調査に乗り出し、最後はひとりで十数体の魔物を叩きやがった。」
その後、自身が生死の境を彷徨った。
今回は自分の身内の話し、しかも原因は、自分が残して来たペンダントっぽい。事情を知れば、血相を変えてやって来るだろう。
「しかし彼女は、双子を出産したばかりだろう?いくらなんでも、無理じゃないか?」
それは、アミアを知り尽くしてない人の意見。やると言えば、彼女はやる。
アミア中心に考えれば、夫のキリルも関わらせられない。ロウの部下であるチサもアミアの友人、秘密厳守は可能だろうが、心情を考えて外さざるを得ない。
「しかしそうなると、人手不足じゃないのか?」
アイナの指摘は的を射ている。
大きな仕事があれば、魔法使いたちは普段の垣根を超えて協力する。学校の教師であっても、諜報に加わったりもする。キリルとアミア夫妻の実力は、国内魔法使いのトップテンに入る、本来絶大な戦力だ。
「ああ、そりゃあね。で、事がユキノ絡みって分かってたので、すでに助っ人を呼んでいる。」
それは、キリルの息子サーラだった。彼は、母ユキノが命がけで守ったことで、無事育ったが大きな傷を負った。
生まれ変わったアミアが父と結婚して、妹と先頃は双子の弟たちが生まれて、幸せであることを何より喜び、守ろうとしている。
アミアとは学校で一緒だったので、彼女の無鉄砲さを嫌と言うほど知ってるし、アミアをかませないことに、心から賛同してくれた。
直接関わらないが、サーラのフォローを叔父と叔母に当たるグロサム・ラン夫妻に頼んでいる。
「グロサムまで…………、どれだけアミアを遠ざけたいんだよ。しかしな、サーラにさせるなら、うちのジーノも入れろよ。」
アイナの三男であるジーノは、実力はサーラ程ではないが個性的な魔法使いで、これと思った能力はとことん磨いている。サーラは20才でジーノはひとつ下。性格はまるで違うが、何故か気が合う。
ロウは名家の子息を使う気はなかったが、有り難く申し出を受けた。少女はユキノの姪ってことなので、マドカにとっても血縁者だ。ジーノも母のために、頑張ってくれるだろう。
「これ、ランドセルって言うの。中に入ってるのは、1年生の教科書。ノートにも1年って書いてるし………。こっちに来たのは、7才くらいかしら…………、大変だったでしょうね。」
マドカがこちらに来たのは17才の時。ノアよりは大人で、できることも多かった。しかし、いきなりいのちを脅かされた。あの時の恐怖で、今も時々、悪夢としてうなされることがある。
ノアが魔物と一緒にいるということは、マドカが助けてくれる人たちに出会ったようなタイミングで、魔物に出会ったということか。
辛かったろう。
怖かったろう………。
今、正直、生死も定かでない彼女を思い、マドカはため息をついた。
サーラのことを、父に似ていると言う人は多い。実際、見た目も性格も、サーラは実に父似だが、それに加えて母譲りの茶目っ気がある。
ジーノは、家族の中で一番破天荒な性格で、結構ズケズケものを言う。なので友だちは少ないが、サーラとは気が合う。
「お前、大変だな。親がやらかした後始末なんてさ。」
「そんなんじゃないよ、両親とも精一杯生きて来たんだ。ただ、ノアって子は早く助けたい。それだけだ。」
捜索に重要なのは情報だが、しばらくチサをコダの手伝いが必要という体で、魔法学校に出向させ、トモに代わりをさせている。
従来通りの情報源に加え、ノアの持ち物から匂いを覚えさせた使い魔を各地に放ち、情報収集、そして分析がなされ、有益と思える情報を頼りに、カイル、サーラ、ジーノ、ロウと、数人の助っ人が調査を進めている。
ノア発見には、そう時間がかからないと思われた。
一方、チサ。
(ふむ、どうしようか…………。)
ロウの命令で出向し、コダの手伝いするのはいい、確かに忙しくしている。でも資料整理とか、重要だけどそんなに急がないと思える仕事ばかりで、休みもちゃんともらえた。
何か変だ。
ロウさんがあの情報に、妙な食いつきを見せてから、おかしな具合になっている。カイルやトモは、休みもろくに取れず、出ずっぱりみたいだ。
気になる。
それで休みなので、思い切ってカフルに来てみた。
黒い髪と瞳、特徴的な少女の情報だった。なので変身魔法で、似たような容貌に化けてみた。子どもが行きそうな場所を、何となく散策してる。
興味があるだけ、でも、何か分かるかもしれない。