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5 入学一年目

入学して最初の一年は、殿下も慣れない環境に(周りが)苦労した。

ただ思っていたよりは、大人しくしていたように思う。

懸念していた授業態度は……まあ、懸念通りではあったが、王子に面と向かって注意を出来る教師もおらず、目こぼし、というか見ないふりをされている状態らしい。

同じクラスになった、お目付け役の伯爵令息からの情報だ。ああ王家の威厳が…。

せめて板書されたものをノートに書き移すくらいはやってくれと、装飾語と褒め言葉を駆使して成功させた。

……虚しいことこの上ない。なんでこんな基本的なことを教えなきゃならないんだ…?



そしてアルマディア嬢との関係は、入学して一年経っても、やはり上手くはいっていなかった。

ただ、ある意味変化はあった。悪い意味で。


フレデリク殿下もある程度の知恵や処世術は身についてきて、周囲の人間を味方につけることを覚えたようだ。


取り巻きも出来た。

その中にはおべっかの上手い者もいれば、誠実に殿下に仕えようとする者もいる。


アルマディア嬢とのやり取りを見て、殿下に対して眉をひそめる者もいれば、女のくせに男に意見するなんてと殿下にお追従を述べる者もいた。



とある昼下がり。

殿下が取り巻きを連れて食堂で昼を取っていた時のこと。

その取り巻きの一人が婚約者を見つけて招き寄せ、殿下へと紹介をした。

そのこと自体は何度もあった。

けれど、その時紹介された女性が、リンデル侯爵の次女で、殿下はどうも、前に俺が話したことも思い出したらしい。

そして長女であるリンデル令嬢の話から、アルマディア嬢の話題へと飛んだ。


「私以外の者には優しくするくせに、あいつは私の婚約者であることの自覚がないんだ!」


いやそれあんたでしょう。

なにを言ってるんだこいつ。


不敬にも、俺はそんなことを考えてしまった。

ただ声には出してないから問題はない。

本音を言えば、お前が言うなと声を大にして言ってやりたいところだ。


他の女性に対しては、ある程度紳士的な態度を心掛けるようになった殿下だが(しかし失言も多い)、アルマディア嬢に対しては昔から変わらない。


いつも喧嘩腰で話しかけておいて、なんで優しく対応してもらえると思ってるんだ?


そんなお馬鹿発言を、周りの少女たちはやんわりと宥めてくれている。

俺は馬鹿馬鹿しすぎて口を利きたくもないのでありがたい。


「バルドゥール嬢は、殿下に期待を大きく掛けていらっしゃるから、厳しい物言いをされるのですわ」

「そうですわ。殿下を思っているからこそではないでしょうか」

「それだけ気を許されているということかもしれませんよ」


正直、最早期待はしてないだろうな。

王族として目に余る行動をとったりしないよう、釘を指しているにすぎないと言うか。


というか意外にも、女子達の方がアルマディア嬢に対する印象は良いようだった。

貶める形の追従は、女性陣から上がることは少ない。


考えてみれば、アルマディア嬢は未来の王妃。

彼女たちが敵に回して勝てる相手ではない。


本格的に社交界に出るのは、学院を卒業後だ。

学生時代の記憶は、当然卒業しても残る。

心証が悪くなれば、社交界では生きにくくなる。

それは男にも言えることではあるんだが。

女性の方が結婚が早い分、精神的な成熟も早いのかもしれない。

将来を見通して立ち回るのは、貴族として当然のことだ。


俺も人のことは言えないしな。

殿下に仕えているのは、あくまでも次期国王だからだし。あの時の、王妃殿下の遺言のようなお言葉もあるしな……。


そして、アルマディア嬢が王妃になった時に、少しでも力になれればと思ったからだ。


結婚したって、どうせフレデリク殿下の彼女への態度はきっと変わらない。

苦労することはわかりきっている。


アルマディア嬢が殿下の正妃になることは、ほぼ決定事項。

彼女を蹴落として、新しい婚約者になれる令嬢は、この国にはいないだろう。

美貌や才覚どころか、血筋や家柄、財力をも兼ね備えた女性に、面と向かって挑むには勝ち目が無さすぎる。


第二王妃や愛妾の立場を狙うにしても、アルマディア嬢から目の敵にされては、肩身の狭い思いをすることになる。

殿下の母君が亡くなった以上、結婚すれば後宮の女主人はアルマディア嬢なのだから。

殿下の寵愛だけで乗り切れるほど、王宮も社交界も甘くはない。

そもそもフレデリク殿下に、細やかな配慮や立ち回りなんて無理な話だ。


しかも、フレデリク殿下の身に万が一のことがあれば、次期国王はバルドゥール公爵で、その先の王位を継ぐのはアルマディア嬢である。


そんな、あらゆる意味で優位な彼女にケンカを売れる人間は少ない。


居たら余程の強者か、たんなる馬鹿のどちらかだろう。


殿下へ同意してみせるおべっか野郎も、彼女本人の前では大人しいものだ。

人前で悪口を言う危険性はわかってないようだが。


人の口に戸は立てられない。

話好きの人間や、悪意を持って広める人間はどこにでもいる。

それが未成年が大半の、学院という小さな社会でも。


だから間違っても、俺がアルマディア嬢を慕っているということはバレてはならない。

俺は周囲に悟られないよう、学院でも徹底的に恋情を隠してアルマディア嬢と接していた。




「アルマディア嬢、殿下からの伝言を預かってきました」


昼食後、ほとんど義務と化した月一での観劇の日程を伝えに、俺はアルマディア嬢のいるクラスへと足を運んだ。


ちなみに殿下とアルマディア嬢のクラスは違うが、同じ階にある。俺は学年が違うので階すら別だ。

婚約者への連絡事項くらい自分でやれ、とも思うが、貴重なアルマディア嬢との会話する機会だから、俺に文句はなかった。


俺は本来なら、一学生として学院内は侍従の業務は免除されるはずだったのに、フレデリク殿下の我が儘で、昼休みもほぼ付きっきりの状態だ。

この学院は貴族専用のため、食堂は高級レストラン並みの施設で、料理も給仕が運んでくれる。俺がいる意味あるのか?

授業があるので、俺が昼食を取れるタイミングは、当然昼休みしかない。

なので殿下方と同じ席に着くことになるが、これに関しては殿下は寛容だった。


ただし、その席にアルマディア嬢が呼ばれることはない。

同じ学院、同じ学年にも関わらず、婚約者を同席させないフレデリク殿下の対応で、二人の仲の冷えきり様は、すでに学院内に広まっている。


「まあ、フィリップ様。いつもありがとうございます」


読んでいた本から顔を上げ、アルマディア嬢が仄かに笑う。

そうやって労ってくれるアルマディア嬢の人柄を、殿下も少しは見習えと言いたい。

殿下からの伝言が嬉しいわけでもなければ、蔑ろにされている現状に不満もあるだろう。

なのにアルマディア嬢は、そのことで殿下を詰ったりはしない。


「来週の観劇ですが、殿下のご希望で午後からにしたいとの仰せです」


本来なら一緒に昼食を取り、語らいの一時を過ごしてから観劇に行くのが正しい婚約者同士のやり取りだろう。

それを無視した伝言に心が痛む。


「わかりましたわ。お待ちしておりますと、殿下にそうお伝えください」


王子からの要望では、アルマディア嬢に拒否権はほぼないとは言え、あまりに淡白な反応だ。

屋敷に迎えに行く殿下を、アルマディアは待ってはいるだろうが、待ちわびてはいない。それがわかる態度だ。

この二人にとっては、デートも義務でしかないから、まあいつも通りと言えばいつも通りなんだが。


話しながら、ふと俺は彼女の手元に気がついた。

アルマディア嬢が持つ本から、俺が贈った栞のリボンが見えて、思わず口元がにやけそうになる。

使ってくれている場面を見ると、やはり嬉しいものだ。しかも、緑のリボンだった。


俺は沸き立つ気持ちに蓋をして、用件は済んだと短い滞在を終わらせる。

本当は、使ってくれていることに対するお礼を告げたかったが、下級生のクラスに上級生が居たら嫌でも目立つ。早々に退散した。


人の噂には尾びれがつくものだ。

俺の片思いが露呈するだけならともかく、こうやって殿下の用事で会っているにも関わらず、不義の逢瀬をしていると取られては堪らない。


そうなると、殿下にアルマディア嬢を糾弾する格好のエサを与えてしまうだろう。

彼にとって、きっと事実などどうでもいい。

ただアルマディア嬢を困らせ、普段のうさを晴らしたいだけの嫌がらせだ。


それが場合によって、人生を左右しかねない汚点になると考えもせず。

それとも思い至ったところで、彼女相手なら構わないと切り捨てるだろうか?


せめて互いに尊重し合える関係になってほしい。そう願う一方で、アルマディア嬢と殿下が結婚し、夫婦になるところなど見たくはないと思っている自分がいる。


けれど、父は俺を殿下の側近にしたがっており、外国の大使や外交官になるのには反対するだろう。


いっそのこと、アルマディア嬢を拐って駆け落ちをしたらと妄想したこともあるが、追っ手を掻い潜って、彼女と幸せに暮らせる未来など想像でも無理があった。


現実的じゃない。

そもそも、アルマディア嬢が俺の気持ちに応えてくれなければ、ただの誘拐だ。


アルマディア嬢を蔑ろにして、ただふんぞり返っているだけのフレデリク殿下に、国王としての器があるとは思えない。なのに、いずれ殿下は全てを手に入れる。

その価値も責任も理解しないまま。


他に、相応しい人物がいる。

けして、フレデリク殿下だけが唯一の王位継承者というわけではない。


フレデリク殿下との婚約さえなければ。

そうすれば、俺はアルマディア嬢に真っ向から求婚することが出来る。


いっそ殿下が失脚してくれればと、いつしか俺は、そんなことを心の片隅で考えるようになっていた。

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