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4 入学祝いという名の自己主張

結論から言うと、王妃殿下が亡くなった後も、二人の関係は進展しなかった。


フレデリク殿下との授業や、不満全開で参加するお茶会の後、アルマディア嬢を王子宮の出入口まで送るのは、大体俺の役目だった。

途中、世間話だったり、殿下の愚痴をこっそり言い合ったり、他愛ない会話が俺の癒しの時間だ。


「…いつも殿下が申し訳ありません」

「フィリップ様が謝る必要はありませんし、それにもう慣れましたわ。フィリップ様こそ大変でしょう?あの殿下の御守りは」

「私の方も慣れましたよ」

「ふふっ、ある意味わたくしたちは同志ですわね」


アルマディア嬢から、殿下には見せない笑顔(そもそも殿下がケンカを売るので笑顔になるはずもない)を向けられると、高揚感と優越感で心が浮き立ち、どうしようもない程愛しさが募った。


アルマディア嬢への恋を自覚したことで、想いは一層増すばかりで。


だけど、この恋は叶えてはならない。

叶うはずもない想いだ。


仕えるべき主君の婚約者。

対する態度は、それ以上でも以下でもあってはならない。


眼に熱が籠らないように。

笑顔も、ごく普通の範囲で。

視線で彼女を追わないように。

表情を取り繕うことには慣れた。


「もうすぐ殿下もアルマディア嬢も入学ですね」


当たり障りのない会話を選び、ほんの少しだけ視線を合わせる。

淡い青が細められ、未知への期待と高揚感からか、キラキラと光を湛えているようでとても綺麗だった。


「ええ。初めての学校生活が楽しみですわ」

「アルマディア嬢なら、なんの問題もないでしょうね。授業も課題も」


視線を前方に戻しつつ、暗にフレデリク殿下は問題があると言ってみた。

アルマディア嬢は苦笑して「そうかもしれませんわね」と同意してくれる。


自分が入学するときよりも、殿下が入学する今の方が、不安で仕方がない。

気分は、親のそれに近いんじゃないだろうか。


最悪課題は俺が手伝えるが、授業中はフォローしようがない。

なにせ、学年もクラスも違うんだ。

アルマディア嬢は殿下と同じ学年だが、学力でクラス編成をするため、確実に違うクラスだろう。


フレデリク殿下のことだから、授業をさぼったり、教師の話を上の空で聞いていたり、教科書やノートに悪戯描きをしたり、寝てたりするんじゃないだろうか。

頼むから止めてくれ。

やるなよ、絶対にやるなよ、と念を飛ばしてみるが、それで効果があれば、誰も苦労しないよなぁ…。ああ今から胃が痛い…。

王子として、王家の看板を背負っていることを、いい加減自覚してほしい。


本当は、毎日のように釘を刺したいが、それをやっては逆効果なのもわかっている。


入学準備は、俺を含む侍従たちで整えたが、復習予習は殿下本人がしなければ意味がない。

真新しい教科書を開き、俺は自分が入学したときの記憶を引っ張り出して、殿下に説明をしたが、聞いてるのかこの野郎と言いたくなることがしばしばあった。


入学式の入場は、たぶん殿下が先頭に立つことになるだろう。

でも入学挨拶はアルマディア嬢だろうな。

あれは入学テストの首位がするものだから。

ちなみに俺もやった。


さすがに、アルマディア嬢の挨拶の時に、殿下もヤジを飛ばしたりしないよな?

殿下は式の間大人しく座ってられるのか…?(注:幼児ではありません)



………なんで俺、子育て中の親みたいな悩みを抱えてるんだ…?


他国では学院には幼年部や初等部という、幼い時から集団生活をさせる国もあるらしいが、この国の貴族が通う学院は、十三歳からという決まりがある。

そこで四年間、勉強は当然として、社交を学ぶこととなる。


自分が一番尊い存在だと、間違った誇りを持つフレデリク殿下が、王子宮のような振る舞いをすることは目に見えている。

顰蹙を買わなければいいが。


「……平穏な学生生活が送れるといいんですが」


殿下もアルマディア嬢も。勿論俺も。


というか、放課後と学院の休みの日は、殿下の侍従としての仕事があるせいで、俺にとって学院の中が一番平穏な時間だったわけなんだが。


実質、俺に丸一日の休日なんて無きに等しい。

他の侍従が気を遣って、学院の休みの日と勤めの休みを合わせてくれたこともあったが、フレデリク殿下の「なんで授業がないのにフィリップがいないんだ!」という癇癪を宥めきれず、結局王宮に呼び出しを食らって、殿下のお遊びに付き合わされる事が毎回のようにあった。

そのため、今じゃ平日に休みをもらうようになった。

課題もそうだが、予習復習は殿下が夜休んでからやっている。

あれ、俺良く過労で倒れないな?

いっそ飛び級をして、卒業した方が楽なんじゃないか?


ああ、でもそれをしたら、アルマディア嬢と同じ学生という立場を手放すことになってしまう。

身分は無視できないが、学生だから許される領分がある。

それを失うのは惜しかった。

ただでさえ二歳差があり、同じ立場でいられるのは二年だけなのに。

人生の中で、たった一度きりの学生生活だ。


ちらと横目でアルマディア嬢を見ると、陽の光を受けて、金色の睫毛と髪が光を纏っているようにキラキラと輝いている。

本当は、毎日だって見つめていたい姿だ。


「アルマディア嬢」


呼び掛ければ、彼女はふわりと髪を靡かせて、俺を視界に映してくれる。

淡い水色の瞳は、冬の空のような色合いだ。

けれど柔らかな光が宿り、冷たさは感じられない。

好きだな、とただ感じる。その気持ちのまま、言葉にしたい。


しかし、それは言ってはならない言葉だ。

俺は代わりに、熱のない穏やかな口調を心掛けた。


「…以前、私の入学祝いを贈ってくださったお礼に、ささやかですが私も用意させて頂きました。どうぞ受け取ってください」


薄い小箱に収められたそれを懐から取り出し、アルマディア嬢に差し出した。


「まあ!お礼はすでに頂いてますのに……よろしいんですの?」

「勿論です」


嬉しそうに受け取ってくれるアルマディア嬢が、ただただ可愛い。愛しい。


その場で開けてくれた中身は、栞のセットだ。

金縁は細かな意匠が施され、薔薇や百合、クローバーやパンジーをモチーフに、繊細なタッチでそれぞれ描かれている。

本をたくさん読むアルマディア嬢なら、数があってもいいものだろう。


………言葉でも花束としても贈れない、精一杯の俺の感情表現。

図柄として、女性に贈っても悪目立ちはしないはずだ。

一枚だけ―――クローバーの栞のリボンは俺の瞳の色にした。

他はピンクや黄色、青もある。

その中に、緑が混じっていても違和感はない。


一枚一枚図柄を楽しみながら確認するアルマディア嬢が、クローバーの栞を目に留めた。


「わたくし四つ葉のクローバーのモチーフが大好きなんです。嬉しいわ。ありがとうございます、フィリップ様」


その言葉だけで、胸が甘く切なく疼いた。

けれど俺は、それをおくびにも出さず「喜んでもらえたなら光栄です」と口元に笑みをのせるに留めた。


フィリップの瞳の色は緑です。


薔薇の花言葉は言わずもがな「愛」「美」。

シロツメクサ(クローバー)は「約束」「幸福」が一般的ですが「私を思って」も。

他にクローバーの三つ葉は「愛」「希望」「信頼」四つ葉は「幸運」「私のものになって」など。

当然フィリップの贈った栞には、たくさんのシロツメクサと三つ葉も四つ葉も描かれています。

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