表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/23

3 王妃殿下

二人が学院に入学するまで後半年といった頃。


すでにアルマディア嬢と殿下の勉強は、帝王学以外は、二人が共に受けることはなくなっていた。


アルマディア嬢は、王妃教育が始まったせいもあるし、そもそもフレデリク殿下とは学力に差が有りすぎる。


むしろ殿下の不足分を補わせるために、さらなる知識や教養を彼女が詰め込まれている状態になっていた。


そして、二人が授業で顔を合わせる機会が減ったことと、婚約者としての時間を設ける為に、アルマディア嬢が登城する日には、お茶の席が用意されることとなった。


―――迎えるべきフレデリク殿下が不在のお茶会に、意味などあるのか疑問だが。



今日も今日とて、口酸っぱく言い含めておいたのに、所用を済ませて殿下のいるはずの部屋に戻ると、侍女が申し訳なさそうに佇んでいた。


いい。聞かなくてもわかる。


俺はため息を堪えて、アルマディア嬢が待っているガゼボへと向かった。


アルマディア嬢の何が不満なんだ。

あんなにも素晴らしい女性と婚約し、蔑ろにする殿下の気が知れない。

その立場を、どれだけの男たちが渇望しているのかわかっていない。


俺だったら、もっと大事にして優しくし、苦難だって喜んで共にするのに―――


憤懣やるかたない思いで庭に出ると、そこにはアルマディア嬢の他に先客がいた。

濃い金髪が陽の光を受けて豪奢に輝いている。

フレデリク殿下の髪の色だ。


―――それと同じ色彩の、良く似た顔立ちの女性に、俺は目を見開いた。


しまった、予想外の客がいる。

いや、いらっしゃる。

背中に冷や汗をかきながら、殿下がいない理由をどうするかと頭を悩ませた。


早足で、けれど無作法と咎められないスピードで近付き、少し手前で歩を緩めて膝をつく。


「ご歓談中失礼致します」


頭を垂れ、出来るだけ平坦な声音を装って、殿下が体調不良によって同席出来ない旨を告げると、フレデリク殿下の母君である王妃殿下は、扇の裏でため息をつかれた。


「まったく…しょうのない子。アルマディア、フィリップも。いつも苦労を掛けますね」


うん、バレてる。まあそうだよな。

普段の様子も、ある程度報告がされているだろうし。


「とんでもございません」

「勿体ないお言葉でございます」


定型文で返すしかない。

王妃殿下にお怒りのご様子はないが、わりと苛烈な性質の方だから、気は抜けない。


いつも昂然とした態度で、王妃として采配をふるっているイメージがあるせいで、接する時は緊張が強いられる相手だ。

ただアルマディア嬢はそう感じていないのか、平素と余り変わりないように思う。同性だからか、それとも未来の義母だからなのか。


「先が思いやられること……まあ、今回は構わなくてよ。用があったのは貴方達ですからね。フィリップ、お立ちなさい」


アルマディア嬢ならわかるが、なぜ俺まで?


思わず驚きが顔に出そうになったが、なんとか堪えて居ずまいを正す。


「正直に言って、フレデリクはまだ次期国王としての自覚が足りない状態です。アルマディア嬢と婚約して、ようやく地が固まったようなもの。あの子の功績ではありません」


王候貴族らしい婉曲な表現ではなく、王妃殿下は随分明け透けな言葉を口にされた。


いくら人払いがされているからと言って、こんなにも率直な言い方をされる方だっただろうか?


俺たちの年代では、まだ政局や派閥抗争なんてお茶会の話題に上がることは少ない。

それでも知っていることもある。

現王陛下の母君は、友好国であるアムネル王国の王女だったが妾腹だ。

逆に王弟殿下―――アルマディア嬢の父君であるバルドゥール公爵の母君は、我が国の歴史ある侯爵家の令嬢だった。側妃でも公妾でもなく、れっきとした第二王妃として迎えられた。


そして今目の前にいらっしゃる王妃殿下のご実家は、伯爵家で爵位としては高位ではあるものの、取り立てて権力があるわけでもなければ、功績や金も然程ない家だ。

陛下とは恋愛結婚だったらしい。


なぜ父親世代の話を俺が知っているかと言うと、王妃殿下と俺の父上が親戚関係だからだ。


王弟バルドゥール公爵は、王位継承権第二位を持ち、彼の奥方―――アルマディア嬢の母君は建国時から続くグランバート公爵家の令嬢ということもあり、血筋や家柄に重きを置く貴族たちから、バルドゥール公爵を次期国王にと望む声は根強い。


ただバルドゥール公爵自身、王位には固執しておらず、いつでも継承権を放棄すると公言している方だ。


そして第一王位継承者は、あくまでフレデリク殿下である。―――たとえ凡庸であっても。


そこがこの代の頭の痛いところで、公爵派の貴族が彼を推す理由の一つになっている。


血統も能力も申し分のないバルドゥール公爵を王に。

その叶えられない不満を宥めるのに一役買ったのが、フレデリク殿下とアルマディア嬢の婚約だった。


俺の父上は当然王子派なので、アルマディア嬢と殿下の婚約をとても喜んでいた。

この婚約によって、バルドゥール公爵が王子の後ろ楯となったことを意味するのだから。


「あの子は人にかしずかれるのが当然で、なぜ『そう』してくれるのかを、根本的なところで理解していません。周りの言動にも驕る一因はあるのでしょう…。ですが、わたくしが排除してもしきれるものではありません。己の利の為に、持て囃そうとする人間など掃いて捨てるほどいますからね」


王族という立場上、切っても切れない人間関係は、確かに王妃殿下のおっしゃる通り、権力があってもどうにかできるものではない。


むしろ権力があるから、すり寄る人間が後を絶たないんだろう。


「あの子に必要なのは、立場の自覚と人を見る目を養うことなのでしょう。臣下に信頼が出来て必要な能力を持つ人材がいれば、たとえお馬鹿……こほん。あら失礼、喉の調子が」


今本音が出たな。

王妃殿下も息子の出来を正しく理解されてたのか。

俺はてっきり、我が子可愛さに過大評価をしているものと思っていた。


口許を扇で隠し、しれっと王妃殿下は話を続けられた。


「今後、学院に通い、そして社交界に出れば、多くの人間がそれぞれの思惑をもって、あの子に群がるでしょう。その時に一番傍にいるのが貴方達です」


それで俺たち二人と話をしたかったのか。

確かに殿下がいれば話せない内容だ。


「フレデリクは奔放なところがあり、まだ好悪でものを見るきらいがあります。未来の伴侶、そして主君として未熟な点も多いでしょう。ですが、どうかこれからもあの子を支えてほしいのです」


そう仰って、王妃殿下は頭を下げられた。

慌てたのは、俺もアルマディア嬢も一緒だった。

話の内容までは聞こえてないだろうが、遠巻きに待機している護衛や侍女はそれなりにいる。


それをわかってされたんだ。


そこまで憂慮される理由を、俺は後日知ることとなった。




公務を欠席することが増え、もしや、とは思った。


―――殿下の入学を見届ける前に、王妃殿下は身罷った。


二年程前から、自覚症状はあったそうだ。

王妃殿下が、フレデリク殿下とアルマディア嬢の婚約を薦めたのは、そのせいもあったのだろう。


王妃殿下は三十代前半で、十分若かった。若い故に病状の進行も早かったそうだ。


最後は眠るように息を引き取とられたと聞く。



フレデリク殿下の震える背を、アルマディア嬢が擦さすり、その時ばかりは殿下も彼女の手を振りほどきはしなかった。


亡くなった王妃殿下を悼む気持ちも、こんなにも早く母親を失ったフレデリク殿下を気の毒に思う気持ちも嘘じゃない。



なのに、俺はどうしても寄り添う二人を直視することが出来なかった。


王妃殿下の死によって、二人の関係にも変化が訪れるかもしれない。

二人は婚約者同士だ。

政略的なものであっても、お互い想い合えるなら喜ばしいことのはずなのに。


とてもではないが、祝福する気持ちは微塵も湧いてこない。


この頃になると、俺はもうこの恋心から目を背けることはできなかった。

お読みくださりありがとうございましたm(__)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ