1 学友時代
お待たせしましたm(__)m
アルマディアより、よっぽど(ある意味)青春をしているフィリップ視点になります。
俺がフレデリク殿下の学友として王宮に上がったのは、十一歳を少し過ぎた頃だった。
「殿下、先生に怒られてしまいますよ」
「ふん、煩いな!だったらお前がこの問題を解いておけ」
いつまでも真っ白なノートを見かねて、俺は殿下に忠告したが、返ってくるのはそんな返答ばかりだ。
同じ年頃の子供と一緒なら、少しは学習意欲が高まるのではと期待されていたが、余り効果はなかったように思う。
二歳年下の殿下は勉強が嫌いらしく、講義を受けていても右から左に聞き流し、時にはノートに悪戯描きで時間を潰し、課題は俺に押し付け、教師が来る前に部屋を脱走したりと好き放題やっていた。
俺が当時選ばれた理由は、家格や派閥、性格なんかが考慮されていたんだろう。
フレデリク殿下は平気で勉強や習い事をさぼるし、甘やかされ、王子という身分故に居丈高な態度も鼻について、正直側にいて楽しい方ではなかった。
しかし、さすがに俺はそれをわざわざ態度に出したりはしていなかった。
いずれフレデリク殿下が国王となった時、側近として仕えることを父に言い含められていた俺は、これも貴族としての義務だと飲み込んだのだった。
しかし殿下の逃亡癖には周りも手を焼き、当時の侍従は無駄に足が早くなったと嘆いていたな。
現状の学力では、貴族の子供が通う学院の入学も危ういと教師たちが青くなっていた。
「このままでは同じ年頃の子達に置いていかれますよ!」と教師が苦言を言えば、殿下は「単にフィリップが僕より年上だから勉強が出来るだけだ。同じ年ならそんなに変わるわけがない」と反論をした。
まあ、確かに二歳違えば、子供の頃なら大きな差となってしまうのも一理ある。学力だって同年代でもピンキリだから、殿下と近い者もいるだろう。
ただ殿下、貴方は確実にキリの方ですよと突っ込みたかった。言えなかったが。
大体俺が勉強が出来たのは、日々の努力があってのこと。
両親の期待に応えるためにも、厳しい教育に必死に耐え、遊びたいのを我慢して努力を重ねてきた結果だ。
勉強をサボるだけサボっている殿下が、俺と同じ年になったとしても、同じ学力になることはないだろうと、子供心に思ったものだった。
正直殿下の勉強に付き合っていても、復習にもならないレベルで、時間の浪費に俺のストレスは日に日に大きくなっていった。
「こんな足し算引き算で、手を使わないと計算出来ないってどうなんだ……」
馬鹿なんじゃないか?あれで次期国王?
子供心に浮かんだのは、小さな疑念と不信感だった。
けれど、そんなこと大人たちに言えるわけがないし、同年代の友人も同じだ。
俺はその思いに蓋をした。
―――殿下はまだ幼い。これから学んでいけば、きっと大丈夫。ちゃんと、立派な王様になってくれる。
そう自分に言い聞かせた。
そんなある日、教師たちは殿下に自分のレベルを認識させ、ライバル心を燃やすために、第三王位継承者でもある公爵令嬢に白羽の矢を立てたらしい。
「お初にお目に掛かります。バルドゥール公爵の娘アルマディアと申します」
殿下とアルマディア嬢は従姉弟同士だ。てっきり面識があるのかと思っていたが、彼女は領地の方で育ったらしく、今年になって王都に出て来たと言った。
なんでも母君の身体が弱いため、気候が安定していて空気の良い領地で暮らしているらしい。
「ふん、通りで王家の血を引きながら田舎くさいと思った」
初対面から敵意剥き出しの殿下の先制に、アルマディア嬢も負けてはいなかった。
「まあ殿下、バルドゥール領のミデルナ港は交易の要所でしてよ。様々な国の品が、王都に来るよりも前に、まずミデルナを通り各領に流通されますのよ。それに港まで含めたら、都市面積は王都より大きいのをご存知ありませんの?」
「なっ、」
「物流も人口も王都と遜色ございませんし、ああ殿下は具体的な数字をご存知?」
「う、うるさい!お前が知っているのは自分の領地だからだろう!」
「では現在の王都の人口は当然ご存知ですわね。殿下がいらっしゃる、いずれ殿下の治める王都ですもの。ああ、治めるのはこの国全てでしたわね」
一つ噛みつけば二倍になって返ってくる反応に、フレデリク殿下は顔を真っ赤にしてギリギリと歯を噛み締めた。
少女がポンポンと殿下に言い返す様は、実に小気味良い。
思わず俺は殿下の後ろで笑いを噛み殺した。
愛らしい顔立ちは繊細に整っているが、どうやら結構な気の強さを備えているようだ。
王位を継ぐ可能性はフレデリク殿下の方が高いが、彼女も王位継承者。
馬鹿にされて萎縮するようでは、とても人の上には立てない。
幼いながらに貴族の矜持と聡明さを持ち、かと言って高慢と呼ぶほど他者を見下すことはない。
俺は侯爵家の出で、公爵令嬢のアルマディア嬢よりも下の身分だが、高圧的な言動をされたりもしなかった。
殿下に対する態度は、単なる売り言葉に買い言葉だ。
普段言い返されない殿下には良い薬だろう。
むしろ、やり込められる様に胸がすいた。
同年代の少女に言い返せない悔しさからか、それから殿下のサボり癖はマシになったように思う。
ただ相変わらず仲はよろしくない。
一応アルマディア嬢が歩みよりの姿勢を見せても、フレデリク殿下は噛みつくばかり。
それは教師の態度にも問題があったんだろうけど。
彼女は―――同年代のピンキリのピンどころか、学院を飛び級し、既に卒業出来るレベルの学習まで終わらせていた。
教師は優秀な生徒に瞳を輝かせ誉めそやした。―――殿下の前で。
まあ、発破をかける意図もあったんだろう。一応効果はあった。
学院に問題なく入れるレベルにはなったんだから。
でも言ってしまえばその程度。
自分とアルマディア嬢との差を見せつけられて、その悔しさや憤りを彼女にぶつける悪循環が続いていた。
そんな関係にも関わらず、アルマディア嬢がフレデリク殿下の婚約者に選ばれたのは、政治的な判断と、王妃殿下の推挙があったからだ。
―――わかってる。これは二人が想い合って結ばれた婚約ではない。
なのに、その話を聞いた時のショックは忘れられない。
どうしてそんなにも衝撃を受けたのか、当時の自分はわかっていなかった。
なんだかんだ三人で過ごしていた関係が、急に変わってしまったことに動揺したのだと言い聞かせた。
溢れてしまったようで面白くないと感じただけだ。
好感を持っていたのは、同じ苦労を分かち合う同志だからだ。
才に溺れることなく努力する姿勢が好ましく感じていたが、自分と似た境遇だからだ。
―――それだけだ。深い意味なんてない。
好意を自覚する度、俺は何度もそれらしい理由を探しては、誰にともなく心の中で並べ立てていた。
否定すれば否定するほど、胸に澱のようなものはたまっていき、昇華しきれないまま、俺は二人よりも一足早く入学する歳になった。
ほっとしたような、焦りのような、複雑な気持ちで俺は二人の元を去った。去るはずだった。
いずれアルマディア嬢たちが入学してくるにしても、二年の時間がある。
さすがに、それまでには気持ちも落ち着いているだろうと思っていた。
なのに、俺にはそんな時間は与えられなかった。
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