ともだち
第四場 二月十九日 土曜日
ゆうなが上手から登場。続いてあかりも登場。ゆうな、肩から三角巾で左腕を吊っている。あかりが日めくりカレンダーをやぶる。
ゆうな まったく、衿名の奴、自分でわたしたちを閉じ込めておきながら、鍵を壊したことを説教するんじゃないよ!
あかり だけど良かったね、骨折してなくて。
ゆうな ちっとも良くないよ! 鍵代弁償させられそうになったし!
あかり 文芸部の予算から出すことになったからいいじゃない。
ゆうな その分、活動費が減った!
あかり 衿名先生、昨日のことで教頭先生から怒られたんじゃないかな。
ゆうな あんなことをしたんだから、怒られて当たり前でしょ!
ゆうな、右手だけでメモ用紙に何か書くと、折ってまことのいつもの席の机の中に入れる。
まこと、上手から登場。
ゆうな 今日はもう帰るね。昨日のことで疲れたし。
あかり うん、お疲れさま。
まこと (ゆうなに)ちょっと待ってよ。わたしには何の挨拶もないわけ?
ゆうな まことは、発作も起こさず、ケガもしなくて良かったね。
まこと そうじゃなくて、わたしがゆうなのために救急車を呼んだから、すぐに病院に行けたんでしょ。
しばらくの間。
ゆうな、まことのそばをすり抜けて退場。
まこと ちょっと、待ちなさいよ!
まこと、ゆうなを追いかけようとする。
あかり 待って!
あかり、まことの手をつかんで引き留める。
まこと 何で止めるの!
あかり まことがゆうなのために救急車を呼んだっていうのは、正しくない。
まこと 何で?! スマホにも履歴が残ってる。見せてあげようか?
あかり 見せなくていいよ。まことが救急車を呼んだことは確かだけど、ゆうなのためじゃなくて、わたしのためだったんだよ。
まこと いいや、ゆうなのために呼んだはずだ。
あかり 昨日、ゆうなが倒れたあと、わたしが発作で倒れたから救急車を呼んだって言ってたじゃん。
まこと そんな覚えはないんだけど。
しばらくの間。
あかり、スマホを取り出す。
あかり こんないやらしい真似をしたくなかったんだけどね。昨日まことが、ゆうなもわたしも「自分で戸締まりをするって言った」って言ってたから、悪いと思ったけど、その後のやりとりをスマホで録音させてもらったんだ。
まこと それ…。スマホは教室って言ってたのに、あかりのポケットの中にあったから変だと思ったんだ。録音中になってるし、それで、ゆうながウソをついている証拠にするんじゃないかと思って、そのままにしておいたけど。
あかり そうじゃなくて。わたしは「自分で戸締りをする」なんて言った覚えはないんだよ。
まこと あかりは昨日、「戸締まりをするって言った」って言ったでしょ!
あかり それがわたしのいちばん良くないところなんだろうね…。
あかり、スマホを操作する。
あかり まことは、「自分が救急車を呼んだのはまことのためだ」って言ってたよね
まこと 「言ってた」って…。事実そうなんだよ!
音響 まことの声 薬は教室にあるけど、ここから出られない。救急車を呼ぼう。あかりをこのままにしておけないよ。
しばらくの間。
あかり こう言ってからまことは、119番通報している。わたしのために、救急車を呼んでくれてありがとう。だけど、ゆうなのために呼んだわけじゃないのはわかるでしょう?
まこと …たしかにそうだね。だけど、呼んだのはゆうなのためじゃなくても、救急車に乗ったのはゆうななんだから、感謝したっておかしくなくない?
それに、一回こんなことがあったからってなんだっていうの? だれにでも、たまにはあるんじゃないかな。
それに、あかりが「救急車が来ない」ってベソをかいてた時にわたしが先にサイレンの音を聞きつけたんだよ!
あかり、スマホを操作する。
音響 まことの声 骨折が治る薬とか…。
音響 あかりの声 あるわけないでしょ!
まこと え?
あかり ごめん、間違えた。
あかり、スマホを操作する。
音響 まことの声 どうしよう…。わたしたちだけじゃどうにもならないし…。早く医者に診せないと…。
音響 あかりの声 …ねえ、あたしが喘息の発作を起こしたとき、救急車を呼んだ?
音響 まことの声 通報はしたよ。だけど渋滞がひどくて、いつになるかわからない…。
音響 あかりの声 違うの。何か聞こえない?
音響 まことの声 風がひどくなってきた…。やっぱりしばらくは無理なのかな…。
音響 あかりの声 違うの。よく聞いて。
音響 まことの声 風が…。
音響 あかりの声 違う、これは…。
音響 サイレンの音。
まこと そんな…。サイレンの音に、先に気が付いたのは…あかり?
あかり もう一つ気がついたことがあるんだ。
あかり、スマホを操作する。
音響 まことの声 あんたなんかよりわたしの方が、ずっと執念深いんだよ!
まこと えっ。
あかり あ、また間違えた。
まこと わたしの黒歴史を再生してるの?!
あかり 結果的には、そうなるかもしれない。
あかり、スマホを操作する。
音響 あかりの声 …110番する?
音響 まことの声 「学校の部室に閉じ込められた」って? あんまり大ごとにしたくないんだけど。
あかり まことは確かにこう言ってるよね。「大ごとにしたくない」って。
まこと それがどうしたの!
あかり だけどしばらく経ったら、こう言っている。
あかり、スマホを操作。
音響 ゆうなの声 大ごとにしたくないって言ってたのに。
音響 まことの声 そう言ってたのはゆうなでしょ!
しばらくの間。
まこと これは…、どういうことなの!
あかり まことは最初に「110番するなんて、大ごとにしたくない」って言っている。だけどしばらくしたら、その発言はゆうながしたかのように言っている。何回も聞き返したけど、ゆうなはそんなことは一度も言ってない。
まこと そうじゃなくて、なんでこんなことになってるの!
あかり ゆうなはおととい、「自分が戸締りをする」なんて言っていないし、わたしは、「毎日戸締りを確認する」なんて言っていない。 それにさっき、自分が先にサイレンに気が付いたって言ってたけど、そうじゃなかった。まことがそう思いこんでいるだけなんだよ。
まこと だからなんで!
あかり まことには、自分がそう思いこんでしまえば、たとえあったことではなくても、あったと思いこんでしまうところがあるからだと思う。
まこと そんな人がいるわけないでしょ!
あかり わたしの身内にいるよ。
まこと えっ。
あかり お父さん。
しばらくの間。
あかり 自分が言ってもいないことを言ったって言い張る。言ったことを言っていないって言い張る。他人から言われてもいないことを言われたって言い張る。されてもいないことをされたって言い張る。
自分の中で、自分の都合のいいように記憶が塗り替えられているから、ウソをついている自覚はない。だから、お母さんと、言った言わないでケンカばかりしてる。
わたしは、どっちが正しいのか小さいころはわからなかったけど、自分も言ってもいないことを「言った」って言われることが何回もあって、お父さんがそうだって気がついたんだ。
まこと わたしもそうだって言いたいの!
あかり 程度はともかく、そういうところがあると思う。
まこと、呆然として座り込む。
まこと そんな…。だけど昨日も、あかりは「戸締まりするって言ったような気がする」って言ってたじゃん!
あかり わたしは、相手にはっきり断言されると、そんな気がしてきちゃう。それに事を荒立てるのは好きじゃないから、ついつい相手に迎合しちゃう。
まこと なんでっ!
あかり 小さいころから、目の前で両親がケンカばっかりしてるから、「自分が悪いで済ませれば、自分が我慢すればすむ」っていう気になっちゃってるからかな。だけど、どんなに思い返しても、わたしは「戸締まりを確認する」なんて言ってないんだよ。
まことは、自分がウソをついているっていう自覚はなかったと思う。だから責めようとは思わないよ。
まこと だけど、ゆうなはそうは思わなかった。
あかり …そうだね。
まこと それに、自覚していないとはいっても、ひとにはそんなことはわからない。わたしがウソをついているとしか思えない。
あかり …そうかもしれない。
まこと だけど自分の記憶が正しいと思いこんでいるわたしには、ゆうながウソをついてるとしか思えなかった。
あかり …そうだね。
まこと わたしには、普段話すコといったら、あかりとゆうなしかいない。あかりは自分が間違っていると言われれば、間違っているかどうかあやふやでもすぐに訂正する。だけどゆうなはそうじゃなかった。
あかり …そうだね。
まこと わたしは、そんなゆうながウソつきだってまわりに言ってしまった。それがゆうなの耳に入ったのは、まわりのコはウソをついているのがゆうなじゃなくてわたしだって気がついていたからなんだ。
あかり …それは、わからないけど。
まこと そういえばゆうなが言っていた。「その周りのコたちは本当に友達なの」って。ゆうなもきっと、わたしのこの「思いこみを事実にしてしまう」性格に気づいていたんだ。
あかり どうなんだろ…。
まこと わたしに愚痴を言われたまわりのコたちも、わたしこそうそつきだとわかっていた。だから、これをゆうなの耳に入れた。
あかり どうなんだろうね。
まこと そう考えてみれば、思い当たることがいくつかある。ゆうながわたしを「嘘つきの王様」って言ってた時、「まことは自分のついた嘘も信じられるんだ」って言ってた。
あかり それは知らないけど。だけど、文芸作者としてはいいことなんじゃないかな。
まこと 人付き合いをするには最低だよ。それに、ゆうなの書いたショートストーリーに「自分の覚えていることだけが、自分のしたことだとは思わないほうがいい」っていうフレーズがあった。これも、わたしのことだったんだ。
あかり 自分がしたことを全部覚えている人なんてめったにいないよ。
まこと 自分がしたことを全部都合のいいように覚えている人もめったにいないと思う。
しばらくの間。
まこと ゆうながこんな言い方を何回もしていたのは、あてつけだったのかな。
あかり むしろ警告だったんじゃないのかな。あてつけたとしても、まことに意味はわからないし。
まこと 警告でも、意味はわからなかったよ。
しばらくの間。
まこと それで昨日、ゆうなはとうとう我慢できなくなって、はっきり言おうとした。「まことの記憶は間違ってる」って。だけど、一度目はドアが開かないって騒ぎで、二度目はあかりが倒れたせいで、うやむやになった。
しばらくの間。
まこと なんでずっと黙ってたのかな…。
あかり いくらなんでも、友達に「あなたは無自覚にウソをついている」なんて言いたくなかったんじゃないかな…。
まこと 友達…。
しばらくの間。
まこと これからどうしたらいいんだろう。
あかり 自分の今までの記憶が、実は間違っているかもしれないってこと?
まこと それもある。なんだか自分が覚えている十数年が、誰かの書いたへたな小説で、自分の人生はもっとひどいものなんじゃないかと思うと、とってもこわい。
あかり 自分が知らないうちにうそをついているかもしれないだなんて、誰にでもあり得ることだよ。わたしだってそうかもしれない。
それに、まことは認めてくれたけど、指摘されても認めないまま、ずっと生きていく人もいると思う。そっちの方が不幸じゃないの?
まこと それを指摘しようとしたゆうなに、あんなことを言ってしまった。これから、ゆうなとどうつきあえばいいんだろう。
あかり わたしが知っているだけでも、ゆうなとあなたはあのバレンタイン以来、ひどい言葉をぶつけあってきた。もちろん、原因がまことの誤解だったとしても、誤解が解ければ元の気持ちになれるってわけじゃない。
だけどまことは、これからはゆうなのような人に出会っても、絶対にゆうなにしたようなことはしないと思う。これが成長するってことなんじゃないかな。
まこと それは、そうだと思う。だけどわたしは、ついさっきも、ゆうなにひどいことを言ってしまった。
あかり だけど、まことが救急車を呼んでくれたおかげで、ゆうながすぐに病院に行けたことも確かだよ。
まこと そんなのは恩を着せることじゃない!
あかり そういえば、さっきゆうなが帰る前に、なにかメモをまことの机の中に入れてたよ。
まこと えっ…、なんて書いてあった?
あかり 人の手紙を見るわけがないでしょ。
まこと 正直、見るのが怖い。
あかり もし良かったら、わたしが処分しておこうか?
まこと だけど見なくちゃいけないと思う。これ以上、ごまかしながら生きていくことはできないよ。
あかり そう。がんばって!
まこと、机の中に手を入れて、メモを取り出す。目をつぶって紙を広げる。目を開ける。目を見開く。
あかり なんて書いてあったの?
音響 ゆうなの声 ありがとう。
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BGM みゆはん「ぼくのフレンド」
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カーテンコール
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BGMが続く。