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冒険に出かける

「ふぅい~やっほぅ~!」


 あれから、数年の月日が流れた。

 あの時かわしたララとの約束を果たすべく、俺は冒険者をやめ、北国の広大な大地で大きな牛にまたがっていた。


 ただの牛ではない、8馬力の頼もしい相棒、ハスラグレートオックス。

 今日も気合ため、気合ため、突進、気合ため、気合ため、突進と、パワー型AIらしい行動をしてなかなか進まなかったが、休み休み巨大なすきで大地を耕していくれていた。

 ララの見つけてくれたこの土地の開墾から、耕作まで、毎年しっかり働いてくれる、俺の頼もしい相棒である。


「最高だぜ、ハスラグレートオックス! 気分がいいから、今日はこのままもう一畝うね作っちまおうぜ!」


「ウモォォ~!」


 久しぶりに乗り物に乗れることで興奮している俺は、ついつい余計な畑まで作ってしまう。

 冬になると2メートルの雪にうずもれてしまう広大な大地の片隅には、ぽつんとレンガの家が一軒建っていた。

 3メートルの高さにある煙突から、今日ももくもくと元気よく煙をあげている。


 煙と共にドアから出てくるのは、3人の小さな子供たち、そしてエプロン姿のララだ。


「ごはんよー、ライダー!」


「おーう!」


 ララは、庭先にカーペットとランチョンマットを広げ、足元ではしゃぎまわる子供たちに気を付けながら、お皿を配膳した。

 いつもピクニックのときみたいに、日差しの元で食事するのが好きだった。

 きっと流浪の民だったころの生活が懐かしいんだろうな。


「おっ、うまいな、このたまごやき!」


「気に入った? この前、『農術師ファーマー』ギルドで作り方を教えてもらったのよ」


「『農術師ファーマー』たちのギルドって、農協って言わない? やっぱりニワトリを飼って正解だったな」


「そうね、毎朝卵を産むし、畑の虫も食べてくれるし」


「お肉は美味しいしな。いやー、ニワトリがこんなに有益な鳥だとは思わなかったぜ」


「うふふ、ライダーは変なことをよく知ってるわりに、背中に乗れない動物にはぜんぜん興味がないのよね。

 よく山でニワトリを見つけられたわ……」


 そう言ったララは、はっと何かの違和感に気づいたかのように、顔をこわばらせた。


「ライダー……山で拾ってきたのって、本当にニワトリよね?」


 ララは、尖塔の隅にある鶏小屋に、目を向ける。

 そこには、まるでクマでも収容するかのような、巨大な鉄格子があった。


「コッケコー!」


 がんっ、がしっ、と中にいる巨大生物の足が鉄格子を蹴りつけ、ララは飛び跳ねた。

 ちがう。

 あれは明らかにニワトリではない。

 ちいさな手作りの鶏小屋の中から、4メートルはあろうかという巨大なニワトリがぬっと顔をのぞかせ、こちらに炯々とした目を向けていたのだ。


「ライダー! ちがう! あれは、ニワトリじゃない! 目を覚まして、ライダー! あれはコカトリス! ……ライダー! ライダー!」


 それは、ニワトリにあるまじきことに、尻尾からはヘビがはえており、太陽に向かって威嚇するかのように、声高にコケコッコーと鳴いた。


 びかぁっ、と目から閃光をはなち、ララの手料理を美味しそうに食べている俺と子供たちを、呪いで石に変えてしまった。



 ……という夢を見たらしい。

 ララは、ベッドからがばっと跳ね起きた。


「ライダァァ!」


 夜が明けてまだまもない時刻。

 俺は隣の床に転がって、まだ眠りの中にいたころだ。


 ララは、宿屋のおばちゃんに何もいわずに、とつぜん外に飛び出していったらしい。

 ぜーはー肩で息を切らしながら、ニワトリを1羽かかえて、日の出の頃には俺のところに戻ってきていた。


 まだ寝起きだった俺は、歯をごしごし磨きながら、ララの腕に抱かれているニワトリと、なぜか必死なララの形相を見比べていた。


「どうした?」


 尋ねても、なにも答えずに、ララは俺にニワトリを見せ続けた。

 いったい何を訴えようとしているのかわからなかったが、これで俺はニワトリとコカトリスを間違えることはないはずだろう。


 ともかく、俺とララは冒険者パーティを組むことになった。

 俺にとっては久しぶりの、ララにとっては初めてのパーティーだ。

 ララの夢の実現のため、そしてペグチェの定住化のための同盟だ。

 チーム名は特に決めていない。


「パーティを組むにあたって、最初にすることは何か、知ってるか?」


「なになに? なにをすればいいの?」


「手を出してごらん、ララ」


 ララは、素直に手のひらを俺に向かって差し出した。

 俺は、手甲と革のグローブを脱いで、その白い手を、上からパチン、と叩く。


「同じように叩いて」


 俺が手のひらを出すと、ララがぱちん、と勢いよく叩く。

 次はお互いに拳を前に突き出し、ごちん、と拳をあわせる。

 腕をぶつけて、がちん、と交差させる。

 自分のひじをごんごん、と叩いて、最後に腕を絡めて、がっちり握手して「ぬぉ~!」と叫んだ。


「もっかいやろう、ライダー」


「よし、やろう」


 ララが動きを完璧にマスターするまでやった。

 これで俺たちは仲間だ。

 だが、けっして遊んでいるわけではない。


「いいか、南の砂漠には人そっくりに化けるモンスター、グールがいる」


「グールですね、覚えました」


「これから先、グールが俺とすり替わっているかもしれないと疑うことがあったら、いまのをやって本物かどうか確かめるように」


「わかりました、ライダー。冒険はいつも死と隣り合わせですからね」


 真剣な顔をして偉そうなこと言ってるけど、本当にわかっているのかな、ララは。


 冒険者は、常に最悪の事態を想定しながら動かなくてはならない。

 なにげない人混みの中にも危険が潜んでいる。


 とくにララは小さな子だから、周りの大人に押されて転んでしまうかもしれない。

 なので人の流れをじっと観察して、ちょうど人とぶつかる危険が少なくなったのを見計らってから、俺はララに指示を出した。


「よし、行け、ララ」


「はい!」


 ララは、Fランク掲示板に張り出されていた薬草採集のクエストを、ぺりっと剥がして、受付けに持って行った。

 しまった、はがしちゃダメだって言うの忘れてた。


「これください!」


 ララは、背が低くてカウンターに隠れてしまうので、声をかけられた受付けが誰もいない方向を向いて、しばらく首をかしげていた。


 その間に、俺は自分のクエストを探した。

 ひとりが複数のクエストを受けるのはダメだったが、パーティーなら、なるべく行き先が被るようにすれば複数受けられた。そうしないともうけが足りないんだよ。

 俺はじっくりとCランク掲示板を眺めてみる。


 夜中に歌う正体不明の巨鳥ロックン鳥の討伐。

 ラップを歌いながら旅人を襲うヒップホップゴブリン盗賊団の討伐。

 突然変異してハイトーンの美声を放つアフロ・モンキーの討伐。


 うーん、どれも乗ってみたい。


 けど、ララは戦闘に不向きな採集系なので、なるべく危険なクエストは避けた方がいいだろう。


 なので、ランクを大幅にさげておいた。


 Eランク、電気系モンスターのビニール・ラットの駆除。


 ビニール・ラットは皮がビニールでできていて、そのくせいつも群れで移動するものだから、摩擦で静電気をパリパリ放っている厄介なネズミだった。


 依頼書によると、最近、Fランクの薬草採集クエストで達成率が激減した区画が出てきたらしい。

 詳しく調べたところ、どうやらビニール・ラットが異常繁殖しているのが原因だそうだ。

 このネズミは電気攻撃が厄介で、戦闘に手間がかかるうえ、薬草でもなんでも食い荒らしてしまう、ということらしい。


 こいつは地味に問題だった。

 これを放置していると、そのうち山の食料を食いつくしてしまう。

 そうすると、食料を奪われたモンスターたちが、お腹を空かせて人里までやってくる。

 モンスターたちは畑を荒らしたり、病気をまきちらしたり。

 悪いことばかりだ。

 なんとか、このラットを駆除して、数を減らさないといけない。


「うーん、けど、ビニール・ラットは乗り心地があんまりよくないんだよなぁ……」


 手ごろではあったが、俺はあんまり乗り気ではなかった。

 こういう時は、ビニール・ラットを討伐して得られる素材がどんなものかを調べることにしていた。


 どうやら、ビニール・ラットの毛皮は熱で簡単に溶け、ロウやワックスとして重宝されるらしい。

 これを加工すると、革製の武具をコーティングするのに必須なビニール・ラット・オイルとなるのだ。


 たしか、市場での売り値は毛皮10枚ごとに銅貨3枚。

 1500円。やっす。


 だが冒険者ギルドにおろせば、それにくわえて討伐報酬が、10匹ごとに銅貨30枚もらえる。

 1500円と1万5000円。

 悪くはない。


 よし、これにしよう。

 尻尾を証拠部位にして、毛皮はアルケミストに加工してもらう。

 目標は、100匹で銅貨300枚。

 15万円だ。


 ララの方を振り返ると、受付けのお姉さんに頭をなでなでされながら、どうしてもクエストを受けたい理由を説明していた。


「そうなの、いい子ね、小さい妹たちのために頑張ってるのね」


 よしよし、と頭をなでて、小さなララよりさらに小さな妹たちを想像しているだろう受付けのお姉さん。

 ……ほんとうは妹たちの方がララより大きいなどと、どうしてこの受付けが想像できただろうか。


 受付けのお姉さんは、俺に対しては風当たりが強い。

 きっと目じりをとがらせて、遠くの掲示板を見ている俺に言うのだった。


「ライダー、あなたが相棒なんでしょ? しっかり守ってあげないと許さないわよ」


「言われなくてもそのつもりだよ」


 ララは、なにやら照れたみたいに、頬を両手で挟んでにやにやしていた。


「えへへ、仲間がいるって、素敵ですね、ライダー」


「ああ、そうかもな」


 ララは報酬とか細かいことは何一つ気にしていないみたいで、緊張がほぐれていく。

 俺もララみたいに、素直に冒険を楽しめたらよかったんだけどな。


* * *


 城門にむかって、王都の石畳を歩いていく。

 昨日通ったばかりでさすがに薬草を採りつくしてしまったのか、ララも道草を食うことはなくなった。


 魔素の豊富な北の山は、ひと晩あれば元通りに生えるんだけどな。

 薬草を見つけるかわりに、ララは時々はっとしたように立ち止まり、唐突に俺に向かっていうようになった。


「ライダー!」


 ララがぐいーんと手のひらを差し出すので、仲間の合図をする。

 ぺし、ぺし、ごちん、がつん、ぱぱん、がちっ。


 グールと入れ替わっていないことを確かめるために必要なので、ララが合図を求めたら俺はどんな状況でもぜったいに拒まない、と教えてあった。


 なのでララも、俺が合図を求めたらぜったいに拒むな、と言っておいた。


 いま思うと、しんどい約束をしてしまったものだ。

 グールが出るのは南の砂漠だけど、よく考えたら砂漠に薬草採集の依頼なんてないから、たぶんララはぜったいに行かないよな。


 けれどもララは、楽しい遊びを覚えた子供みたいに、何度も何度も俺に合図をせがむのだった。

 まあいいや、飽きるまでつきあおう。


 俺とララがのんびりのんびり城門まで歩いていくのを、槍を装備した番兵が険しい顔でじっと見ていた。

 怖い顔。

 石像みたいに直立不動の、いかにもごつい番兵である。

 強そう。

 きっと戦闘力なんて俺の10倍はあるぞ。


「ライダー!」


「はいはい」


 ぺし、ぺし、ごちん、がつん、ぱぱん、がちっ。

 また少し歩いて。


「ライダー!」


「はいはい」


 ぺし、ぺし、ごちん、がつん、ぱぱん、がちっ。

 そして、また少し歩く。


「ライダー!」


「はいはい」


 ぺし、ぺし、ごちん、がつん、ぱぱん、がちっ。


 ようやく城門にたどりつくと、石像みたいに直立不動の番兵は、身長170センチぐらいあった。

 いまの俺が150センチあるかないかぐらいなので、見上げる大きさだ。


 ララは、なんとそのごつい番兵に手のひらを差し出して、俺と同様に合図を求めていた。

 マジでこの子、怖いもの知らずだ。


 ペグチェと山にいたころから、年齢差なんてまったく気にせずに育ったんだろうな。

 近所の怖いおじさんも、次期族長のララには頭があがらなかったんだろう。

 お姉さんたちを「妹」と呼んでいたんだから、おじさんたちのことは「弟」と呼んでいそう。


 ともあれ、城門を通過するには検問を通らないといけない。


「外出目的は、冒険者ギルドのクエストです。持ち出し荷物は野外キャンプ用品、ポーション類、あとは私物です」


「うむ、行ってよし」


 俺は城門をいかにスピーディに通り抜けるかを研究していたので、検査官とのやり取りもスムーズに終わった。

 スピードこそ命、それが騎兵ライダーのすべてだ。


 今回はなかったが、たまに持ち物検査をするときがあるので、事前に荷物袋の中身を取り出しておいて、ぺったんこになった袋で外から包むライフハックをしていた。

 こうすれば、机の上で包みをぱっと開くと、荷物がぜんぶ広げられるのだ。


 さらに袋は口が大きく開くように改良してあるため、物を入れやすい。荷物をまとめるのもスピーディだった。


「ララ、いくぞー」


 ふりかえると、ララはまださっきの番兵のところにいた。

 番兵は、クマみたいに前かがみになって、壊してしまわないか恐る恐るといった手つきで、ララとぱちぱち手をたたき合わせていた。


 ああ、でかい「弟」ができたな。

 これであの番兵がグールと入れ替わっていても安心だ。


「いくぞー」


 ララは、ててて、と俺のところに駆け足で近づいてきた。

 なにか見慣れないアイテムを持っていたので、何かと思って見てみると、木彫りのペンダントだった。


「もらった」


「ちゃんとお礼言いなさい」


 ララが、クマみたいな番兵の方に振り返って、ぶんぶん、手を振ると、番兵は小さく手を振り返してくれた。


 ふむ、なかなか好青年だ。

 ララのお婿さん候補のひとりかな、などと俺は思うのだった。

 まさかこのとき、番兵たちの方が俺とララのことをお似合いの恋人同士だと思っていたとは、俺は思いもよらなかったけれど。

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