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桃太郎の夜

 王都にある騎士団の砦は、トゲトゲのついた危険な武器みたいな形の頑丈な建物だった。


 このトゲトゲは砲弾を転がすといで、ぜんぶで120本しかけられている。


 昔はこの砦までが、城の城壁の外、つまり、外敵と戦う最前線だったらしい。

 ハスラ王国の建国から150年の歴史をもつ、もっとも古い建物だそうだ。

 

 俺は、騎士団の詰所として再利用されているそんな砦の一室で、ここ10年くらい団長を務めている青年と対面した。

 領主お抱えの騎士で、むかしは騎士見習いだった俺とも多少の面識がある。


 俺が団長と最後に会ったのは、俺が冒険者になったときだ。

 最年少で冒険者になったのも話題になったが、団長がじきじきに挨拶しにきてくれたことも、冒険者ギルドで話題になった。

 俺がクエスト完了の報告を終えると、団長は眉間を指でもみながら言った。


「そうか……先ほど冒険者パーティからも、似たような報告があった」


「こちらの報告が後になりました。申し訳ございません」


「構わない、それも冒険者パーティから聞いている」


 今回の依頼は、『なんでも屋』の冒険者ギルドによく集まる依頼の一つ、傭兵稼業みたいなもので、依頼主の騎士団に作戦完了と言われるまで、付き合わないといけない。


「お前が時間を無駄にしないのは、誰でも知っていることだ……トヨタ方式だったか?」


「2Sです」


「ご苦労だった。報酬は冒険者ギルドに送ってあるので、時間のある時に受け取るといい」


 常に整理整頓を心がけることによって、時間の無駄を省いてゆく。

 世界に通用するトヨタ方式は、やっぱり異世界でも通用するのだ。


「団長……依頼とは別件で、報告したいことがあります」


 ララの事を報告しようと思った。

 ララは平気そうに言っていたが、まだ13歳の女の子だ。

 都会にひとりで住むのは危険だし、すぐにでも家族の元に帰してあげたかった。


「今回の功績は、『薬草摘み(グリーナー)』の少女の助けによるところが大いにあります。彼女にたいする恩賞もお考えいただけませんでしょうか」


「ふむ、では領主にいいように伝えておこう。1000人ぶんの薬草を提供して、1000人ぶんの命を救ったとなれば、異邦人といえども、それ相応の恩賞はいただけるはずだ」


「ですが、問題が」


「なんだね」


「現在、彼女は家族とはぐれてしまい、迷子になっています。今は私が仮に保護していますが、早急に家族の元に連れて帰る必要があります」


「ライダー、神の山は国境地帯だぞ。いくら私でも管轄の外で流浪の民を探し出すのは無理だ」


「今ならまだ、領地内のどこかにいるはずです」


「領地内といっても山の奥深くだろう。あんまり無茶は言わないでくれ」


「そこをなんとか。山をローラー作戦で捜索すれば見つけられるはず」


「また新しいテクノロジーを……お前のおかげで領主から過大評価される私の身にもなれ」


 俺はなんとか食い下がろうとしたが、団長は首を縦に振ってくれなかった。

 いつもなら、なんだかんだ言って『面白そうだから』という理由でためしてみてくれるのだが。


 今回の崖崩れの件は、まだ被害の大きさもはっきりしていないし、これから災害復興のために、どんどん人員を投入していく準備をしなくてはならない。

 ローラー作戦にまで人員を裂いている余裕なんてないんだろう。


「ライダー、騎士団はこれから忙しくなる。その少女の功績は個人的にも認めたいところだが、今はそこまで手を回すことが出来ない。それに、今は君が保護してくれているのだろう?」


「はい」


「だったら現状維持だ。その子の家族の捜索は、そのうちなんとかする。引き続き保護をしていてくれ」


「ありがとうございます」


 ここが引き際だな、と思った。

 前向きな言葉を貰えただけで上出来だ。

 引き返そうとすると、団長は俺を呼び止めた。


「ライダー、もし君が私の騎士団に入団するというのなら……私は君にその作戦の指揮を取らせたいのだが、どうかな」


 団長は、それとなく俺に入団を打診してきた。

 最後に俺に会いに来た時も、同じようなことを言った。

 騎士にならないか。

 あのときも俺は、その話をきっぱりと断った。


「俺は、明日交通事故で死ぬかもしれないような騎兵ライダーですよ。俺に何か大事なものを守る役目をさせるのは、まちがっています」


 * * * * * * * * * *


 そうだ……俺は元の世界に戻る方法を、ずっと考えていた。

 交通事故でこの世界にやってきた。

 だったらもう一度、交通事故に巻き込まれれば、元の世界に戻れるんじゃないか。

 今までそんな軽い気持ちで、危険なモンスターに乗っていたんだ。


 この世界にあまり未練を残さないよう、なるべく何も持たないことを心がけてきた。

 仲間を捨て、家族を捨て、責任を捨て。

 無駄は一切省いて、何事もスピード重視で、すい星のごとく現れて、すい星のごとく去る。

 そのためには、騎士なんて責任重大な立場にいてはダメだ。

 いつ死んでもおかしくない、そんな立場でなければならない。

 冒険者ぐらいがちょうどいい。


 けれど、ララが現れて、いますぐはこの世界を去れなくなってしまった。

 俺がいなくなったら、ララはちゃんと家族の元に帰られるんだろうか。

 アルケミストは、ララを幸せにしてやれるだろうか。

 騎士団長は、約束通り、ララの事を守ってくれるだろうか。


 ……ダメだな。

 ララにとっては、どっちの恋愛ルートもまだ遠そうだ。


 せめて、彼女を幸せにしてくれる男が現れるまでは、俺が傍にいてやらないと。

 そんな気持ちになってしまうのだった。



 団長の申し出をかたくなに断って、俺は砦から出ていった。

 町には夜のとばりが降りていて、通りに人の姿はなかったが、オレンジ色のガス灯が等間隔に明かりを灯していた。


 俺が騎士団に入団していた頃、治安維持のために、大通りだけでも街灯を設置してみたらどうか、と俺が団長に提案してみたのだ。

 そのころ、ランプの油はけっこう高価だったので、アルケミストに安く燃料になる薬品のレシピを作って欲しい、と頼み込んで、実現にこぎつけた。


 犯罪率はみるみる激減し、夜の早馬も出せるようになり、大変ありがたがられた。

 団長はガス灯の発明者として、その功績をたたえられている。


 本当は、俺が夜に馬を走らせたかっただけだ。

 首都高みたいな感じの道があったらなぁ、と。

 いま考えると、この世界の事に、口を出しすぎたかもしれない。


 ぼんやり考えながら大通りを歩いていると、後ろからがしゃがしゃ、と鎧を鳴らしながら兵士が走ってきた。

 ほら、こうして緊急の用事があるときに、夜間でもすぐに駆け付けることができる。

 この世界では、ランプに火を灯すのにかなりの時間がかかった。

 その無駄な時間を省くことで、世の中はこんなにも生きやすくなるのだ。


 などと考えていると、どうやらその兵士たちは、俺めがけて走ってきているらしかった。

 後ろから、がっし、がっしと肩を掴まれ、俺は軽々と持ち上げられた。


「ライダーだな? ちょっと来い」


「……へ?」


 * * * * * * * * * *


 兵士たちに羽交い絞めにされ、俺は西区に連れてゆかれた。

 どうやら、ララが宿泊した宿屋に用事があるらしい。


 やがて、見覚えのあるスワッグの飾りがついた宿屋の入り口が見え始めた。

 ポーチに人だかりが出来ていて、大声でわんわん泣いている女の子を囲んで、困った顔をしている。


 どうやら、わんわん泣いているのはララであるらしかった。

 宿屋のおばちゃんから渡されたのか、ウサギのヌイグルミを掴んだまま、大泣きしている。

 昼間の楽しげだった姿からは想像もできない変貌ぶりに、俺はうろたえた。


「ララ、どうした、なにがあったんだ?」


「うわあああんー! ライダぁぁぁー!」


「夜中に目が覚めて突然泣き出したのよ」


 宿屋のおばちゃんは、困った顔をして言った。

 いったい、何があったんだ?

 俺がわからない、という顔をしていると、肩をすくめた。


「ホームシックじゃない?」


「ホームシック」


「あんたたちに何があったかは詮索しないけどさ、小さい女の子から目を離しちゃダメだよ?」


「……はい」


 どうやらララは、昼間たくさん寝ていたせいか、夜中に目が覚めて眠れなかったらしい。

 目がぱっちりさえていたら、見知らぬ個室が怖くなって、急にホームシックになってしまったのだ。


 きっと、普段は大勢の家族に囲まれて眠っていたのだろう。

 ウマが一緒に寝るのをサービスだと思っていたくらいだからな。


 事情を知らない宿のお客が、隣の部屋で女の子が泣いていると騎士団に通報し、騎士団は周辺の目撃証言を聞き出して、いちばん保護者っぽかった俺をこの宿に連れてきたのだ。


「あの、おばちゃん、ごめんなさい、俺……本当は」


「いいから、いいから、今日はもう寝な。明日、しっかり説明してもらうからね」


 おばちゃんは、急に聞く耳を持たなくなってしまった。

 何も聞かないでくれた、いい人だ。


 とにかく俺はララを抱っこして、部屋まで運ぶ係になった。

 真正面から抱き着かれたまま離れてくれないので、おんぶとか、お姫様抱っことか、そういう型にはまったスタイルにとらわれない、斬新な運び方になってしまった。


「ララ、1人で寝るのが怖かったのか?」


「うぐぷぅぅ、ぬぶずずぅ……ぶえぇぇぇ」


 ララは、俺の肩に顔をうずめて、こくこく頷いていた。返事するのも難しそうだ。

 背中をぽんぽん、と叩いてやると、「えっ、えっ、えっ」と声が途切れ途切れになった。


 俺の貧相な筋力を振り絞り、えっちらおっちらと部屋まで移動し、ララをベッドに横たえた。

 さっきまでララが顔をうずめていた所を見ると、革の装甲に歯形がくっきりうかんでいた。


 どうしよう、これ。

 めっちゃカッコ悪いんだけど。

 子供の歯形つきの革鎧とか。

 こんな死闘のあとつけてる奴が冒険者ギルドにいたら、さすがに笑い者だ。


「ララ、俺の鎧に傷をつけたのはお前がはじめてだ」


「ひぐぅ、ひぐぅ?」


 ララの顔を見ると、まぶたが赤く腫れあがって半眼になり、眉は噴火寸前の富士山みたいな八の字、鼻も犬みたいにぐちゅぐちゅに濡れてて、もう超残念な女の子が出来上がってしまった。


「寝付くまで、いっしょにいてやるから。もう泣くな」


「ライダー、なにが、おばなじじで」


「えっ、お話? するの?」


 そんなことを予行演習なしで要求されたら、戸惑ってしまう。

 子供を寝かしつけるなんて、いったい何年ぶりだろう。

 前世の俺は、子供が苦手だった。

 仕事のせいにして、いつも子供から逃げていた。

 速度と効率を重視するなら、養育はしかるべき機関が担うべきだと思っていた。

 それが最適解だと思っていた。

 そう思っている方が楽だった。


「お話か……よーし」


 俺は、オーソドックスな異世界のおとぎ話をしてあげることにした。


「むかーし、むかーし、あるところに、お婆さんと……いや、違うか、お爺さんとお婆さんが住んでいました。お爺さんは山に柴刈りに、お婆さんは川に洗濯に行きました」


「もう一人のお婆さんは?」


「えっ、もう一人のお婆さん?」


「お婆さんと、お爺さんと、お婆さんがいたんでしょ?」


 なんということだ。俺が最初に言い間違ったせいで、お婆さんが2人いることになってしまった。

 どんなストーリーになるんだろう、これ。

 いや、展開を元に戻さなければ。

 俺はなんとか知恵を絞った。


「ええーと。もう一人のお婆さんは、具合が悪くなったと言って、お家に帰ってしまいました。最初のお婆さんが河で洗濯をしていると、大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこ、と川上から流れてきました」


「具合が悪くなったお婆さん、どうなっちゃうの?」


「優しい子だな、ララは。……桃が流れてきたころ、もう一人のお婆さんは、お家で横になっていました。すると、ちょうど山に柴刈りに行ってたお爺さんがもどってきてくれたから、元気になりました」


「もう一人のお婆さんは、お爺さんが好きなのね?」


「そう、だからもう一人のお婆さんは大丈夫でした。めでたしめでたし。ここまでいい?」


「うん、いいよ」


「とにかく、最初のお婆さんが、河で洗濯をしていると、大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこ、と川上から流れてきました。最初のお婆さんは大喜び。『まあ、大きな桃。おじいさんに食べてもらいましょう、きっと喜ぶに違いないわ』」


「おじいさんだけ?」


「あ。ええーと、最初のお婆さんは、お爺さんの事が好きだから、もう一人のお婆さんの事は大嫌いでした。最初のお婆さんは桃を大事に抱えて、家に戻っていったのです。おじいさんは、大きな桃を見て大喜び。さっそく桃を割ってたべようと……」


「もう1人のお婆さんは?」


「も、もう1人のお婆さん? は……ええと、そうだ、包丁。包丁を出してくるんだ……」


「包丁?」


 とんだサスペンス展開に、めをぱちくりさせるララ。


「包丁で桃を割ると、元気な赤ん坊が生まれてくるの」


「どっちのお婆さんが割ったの?」


「どっち?」


 一体どうなるんだろ、この話。

 無事にハッピーエンドまでたどり着けるのだろうか。

 悪戦苦闘しながらも、桃太郎が無事に金銀財宝をお婆さんとお爺さんとお婆さんがいる家に持って帰ると、不意に、ララは尋ねた。


「桃太郎はけっきょく、どっちのお婆さんの子供だったの?」


「……どっちでもないよ、桃から生まれたんだから。けれど、お爺さんとお婆さんは、こいつを幸せにしなきゃって思ったんだよ、そういう話だ」


 うとうとしてきたララの頭を撫でてやって、俺ははじめてララを自分の娘みたいに大切に思った。


「俺、その気持ちなんとなくわかるよ」


 俺は、前世とあわせて、50年の人生を生きてきた。

 ララは、俺の娘どころか、下手をすると孫みたいな存在だ。


「ライダー、ずっと側にいて」


 ララは、俺の手をぎゅっと握ってきた。

 寝顔を見ていると、この子の幸せを願わずにはいられなかった。


「……俺はさ、お前とずっと一緒にはいられないんだよ、ララ」


 誰か、彼女を幸せにしてくれる人を、一刻も早く見つけないと。

 俺はこのまま元の世界には、戻れない。

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