ララと人助けする
『錬金術師』は、女神が俺に薦めていた、チート級職業の一つでもあった。
その目玉となるスキルは、『合成』。
複数の素材を合成させて、新しいアイテムを生み出すスキルだ。
女神によれば、レシピさえ知っていれば、その辺にあるような安い素材からでも、伝説級のアイテムを生み出すことが可能だという。
そう、こんな険しい山中だろうと、回復薬ぐらい、いくらでも生み出すことができるのだ。
薬草さえ……『大量の』薬草さえあれば。
「薬草の品質はわからん! とりあえず、これでなんとかしてくれ!」
『薬草籠』を持ち上げると、ずしっと重たい感触があった。
さっき持った時とはまるで違う、片手では持ち上げきれないほどの重量感。
不思議に思いながらも、勢いよく籠をさかさまにして、どばぁ、と中の薬草をすべて吐き出した。
濃厚な薬草の香りがあたりに立ち込めて、嗅ぐだけで癒されていく気がした。
それらをひとつひとつ調べていたアルケミストは、おおお、と目を輝かせた。
「すごい! どれも最高薬草ばかりだぞ!」
「どれだけ凄いかわからんけど!」
「これ1本でポーションが3瓶はできる!」
なるほど、それは確かにすごい。
俺が冒険者になって、最初に薬草の採集クエストをやったとき、アルケミストに合成してもらったことがある。
だいたい薬草10本あれば、ポーションを1瓶ぶん生み出せる、というのが相場だった。
つまり、最高薬草は、俺が摘んでいた薬草30本ぶんの回復力がある、ということだ。
おなじ薬草でも、摘むタイミングによって効果が異なり、薬草摘みは鑑定スキルによってそれを見分けることができるのだ。
それでも、まだ全員に回復薬が行きわたるかは分からない。
なんせ1000人規模の大集団だ。
籠に一杯の薬草が100本だとしてもせいぜいポーション300本ぶん。
けが人が何人いるのかも分からなかった。
「まだ足りないかもしれない! もう少し集めてきてくれ!」
俺は、ぐっと顎を引いて頷くと、後ろにララを乗せたまま、オオカミと来た道を引き返していった。
「ふぐっ、ふうえぇぇぇ」
ララの口から変な声がもれた。
急に動いたせいで、どこかにぶつけたのかもしれない。
すまない、ララ。
きついかもしれないが、もう少し我慢してくれ。
だけど、お前の能力だけが頼りなんだ。
万が一にも、ララが地面に落っこちたりしないよう、腰帯で体をつないで山奥へと進んだ。
後ろでがくん、がくん、と上半身がゆすぶられていたが、腰帯のおかげでかろうじて落ちていない。
自生している薬草は、木の根、坂道、山のいたるところで見つかる。
だが、俺の目にはどれが最高薬草なのか、まったく見分けがつかなかった。
「おい、『薬草摘み(グリーナー)』、さっきと同じ薬草が欲しい……どこに行けば手に入る!」
後ろのララを振り返ると、ララは、俺の背中から投げ出される格好で、オオカミの背中に横たわり、ぐるぐる目をまわしていた。
なんか胃からこみ上げてきてそうな青い顔をしながらも、ララは、懸命に言葉をつむいだ。
「だ、だいじょうぶ……薬草なら、いくらでもあります……だって、ここは、神の山なのだから」
ペグチェらしい、鷹揚とした物言いである。
彼らは、東西南北を隔てる物理的国境のこの山を神の山と呼んで、生涯のほとんどを山の上で過ごしていた。
すなわち、ペグチェの生涯に必要なものは、すべて山から得られるのだ。
ふと、ララの背負っている薬草籠に目をやると、さっき俺が空にしたはずが、既にあふれんばかりの薬草がどっさり入っていた。
なんと、ララはさっきの高速移動の間に、薬草を摘んでいたのだ。
(いつの間に……というか、この薬草、どうやって採集したんだ?)
見間違えじゃないか、と思って鑑定スキルを使ってみた。
だが、ステータスを見ても、すべて【薬草】と出た。
そういえば、ネコの神から聞いたことがある。
この世界には、アルケミストに次ぐ、もう1つのチート満載の職業があることを。
それは『採集系』ジョブだ。
一見地味だが、狩人、木こり、鉱夫、漁師、薬草摘みなどの『採集系』ジョブは、マスターランクに到達すれば、『自動採集』と呼ばれる驚異のスキルを習得するという。
通常の『採集』スキルは、フィールドに落ちているアイテムを即座に発見、その場で鑑定して性能を調べることができる、その程度のもの。
だが『自動採集』は、なんと歩いている間に自動的に発動し続け、フィールドを歩くだけで、無意識にアイテムを手に入れてしまう、というのだ。
しかも、鑑定も自動で行い、一定以上の性能を持つものしか拾わないことも可能。
これさえあれば、毎日歩いているだけで大量のアイテムを獲得するので、それを売って気ままに生活することができる。
のんびり生きたいのなら採集系ジョブにゃ、とネコ神におすすめされていたチートのひとつだったのだが……俺は『騎兵』以外の道は見ていなかった。
「ララ……まさか、これ、お前が……?」
ララは、目をぐるぐる回しながら、ぐっと親指を立て、サムズアップする。
「薬草……必要なんでしょ?」
俺は、その姿に心を打たれ、強く励まされた。
さすがは『無形文化遺産』。
薬草採集のレベルが違う。
なんてめちゃくちゃなスキルだ!
「よし……いくぞ!」
俺は、ララをオオカミの背に乗せたまま、山の中をぐるんぐるんと、10周くらい走った。
「あひぃぃぃぃもっとゆっくりぃぃぃ」
なるべく魔素が漂っていそうな方向に見当をつけ、薬草が動物に食べられず残っていそうな険しい場所をわざと通ったりして、順調に薬草をためこみつつ、山道へともどると、薬草籠はふたたび薬草で満杯になっていた。
しかも、魔素を大量にはらみすぎて、すでに薬草籠がポーションと同格のほの暗い光を放っている。
なかには、伝説級の『命の草』とかいうのも混じっていた。
万能薬の素材になるらしいが、きっとこれも役に立つはずだ。
『自動採集』、これはすごいスキルだ!
「アルケミスト! 追加の薬草だ! どんどんポーションを作ってくれ!」
「ライダー! ポーションじゃ追いつかない重傷者がいる! エクリサーが必要だ!」
「エクリサーだって!?」
どうやら、けが人たちは順調に回復していたみたいだったが、ひとりだけ、いまにも息が途絶えそうな商人がいるのだ。
ポーションは、人が潜在的にもっている生命力を、数日から数年分くらい前借りして、回復にあてる。
その生命力が尽きかけていては、いくら良質のポーションを使っても、効果がない。
だが、死者さえも蘇らせるというエクリサーがあれば、話は別だ。
「アルケミスト、お前のスキルで作られないのか!」
「無理だ! エクリサーを1個作るには、ラストポーションが10個もいるんだぞ!」
「そのラストポーションを作るには!」
「ハイポーションが10個もいる!」
「そのハイポーションを作るには!」
「ポーションが10個もいる! ……あれ?」
ポーションは、普通の薬草が10個あれば精製できる。
つまり単純計算すれば、普通の薬草1万個でエクリサーができる、ということだ。
ララの集める最高薬草なら、333本とちょっと。
「そうか! ……よし、待っていてくれ!」
俺は、ララをオオカミの背に乗せたまま、山中をぐるぐる駆け巡った。
「うひぃぃぃぃぃ」
途中から、ララの情けない悲鳴もかすれがちになっていた。
たのむ、気を失わないでくれ、ララ。
お前の『自動採集』だけが、唯一の頼みなんだ。
100本、200本、300本。
凄まじい勢いで薬草籠にたまってゆく薬草を、アルケミストのところにぶん投げて、空っぽにした薬草籠と共に、また山に登っていく。
これがすべて薬草30本ぶんの最高薬草なら、400本あたりでエクリサーが合成できるはず。
ララの採集能力を信じるなら、もっと早い可能性もある。
だが、薬草を300本くらい持っていったあたりで、とつぜんアルケミストは言った。
「だめだ、ライダー! エクリサーは薬草だけじゃ作れない! 『合成』には、本当はもっと、素材以外にも材料が必要なんだ……!」
「なんだって!? 早く言わないか!」
すでに、十分すぎるほど薬草は手に入れていた。
薬草の数だけならば、残り33個もあれば届く。
だが、じつはアルケミストも、素材があれば100パーセント必ず伝説級のアイテムが作られるわけではない。
そう、『合成』はたまに失敗するのだ。
素材に含まれている魔素の濃度を、様々な補材と反応させながら測定し、きっちりレシピ通りの正確な調合をするように心がけることで、成功率を高めていくことができる。
だが、その魔素の割合は、レベルの高い合成ほど厳密な計測を要し、高価な補材が必要となる。
もしも、成功率100パーセントにしようとすれば、補材も伝説級のアイテムが必要となる。
今のアルケミストには、その補材がなかったのだ。
「試しに今ある補材でやってみたけど、ハイポーション10本が吹っ飛んだ……! こんなもったいない賭け、僕には恐くてもう無理だ!」
「ハイポーション10本も……! だがしかし、お前にしかできないんだ! 諦めるな! 薬草ならある! いくらでも拾ってくる! この山を丸裸にするまで、何度でも挑戦しろ!」
「おーい! アルケミストの兄ちゃん!」
すると、商隊のおっちゃんたちが、それぞれの荷台からアイテム袋を持ってきてくれた。
袋のなかから出てきたのは、鉱石、香木、聖別された石なんかもある。
さすがは商人、どの職業の人にどんなアイテムが必要か、ちゃんと把握しているのだ。
「代金は取らない! 必要な材料があるなら、じゃんじゃん使ってくれ!」
「あ、けどなんやかんや作れそう! ライダー、いまのなしで!」
「よしきた!」
アルケミストに製薬は任せ、俺はふたたび山を駆け巡った。
100本、200本、300本、400本。
「みぃぇえぇぇ~」
俺の後ろに乗っているララが、途中から全身ぐったりしてしまい、糸の切れた操り人形みたいになっていた。
がんばれ、あと少しの辛抱だからな。
この山に自生する薬草を根こそぎ採集する勢いで、俺とオオカミとララと薬草籠は走り回った。
4回の失敗ののち、やがて、アルケミストは秘薬エクリサーを完成させた。
「げ、なんだあれ……!」
アルケミストがなにか完成させたのは、山を走りながら遠目にみて分かった。
びかー、という凄まじい光がまっすぐ谷から立ち昇っていて、その薬のヤバさは俺でもわかった。
光り方が普通じゃない。
放射線とかが出ていそうだった。
周囲で様子を見守っていた商人たちも、ドン引きしているみたいだった。
近づいてみると、アルケミストは瓶から顔をそむけたそうにしながらも、落とさないよう厚手の布でしっかりくるみ、なんとか持ち上げていた。
「ほ、ほ、ほんもののエクリサーだ! 俺もはじめてみる……!」
「大丈夫かよ、それ!」
「わかんないよ! こんなレアアイテム、図鑑でしか見たことないって! けど、試してみるしかないだろ!」
【エクリサー】1000年後の未来から生命力を前借りし、ケガを回復させる霊薬。前借りする相手は子々孫々まで対象とすることが可能。
俺も鑑定したが、見た限りでは、それはエクリサーで間違いない。
だが、もしこの世界に鑑定スキルがなければ、人に飲ませるのをためらうレベルだった。
何倍にも濃縮された最高薬草の光が、凄まじい光の奔流となって瓶からあふれてくる。
アルケミストがその液体を患者の口から流し込んで、なにか奇跡が起こらないはずがなかった。
重傷だった商人の傷は、たちまち光に溶けさっていく。
しぼんだ筋肉や痩せたお腹は水風船のようにぷるん、と元の形を取り戻し、うつろだった目にはぼっと光が宿り、さっきまで仮眠でもしていたみたいに、ふっ! と息を吹き返した。
「ああ、不思議な夢を見た……ネコミミを生やした女神が、『転生チャンス』だのどうのこうのと……」
「頭領ー!」
「よかった、もうダメかと思ったー!」
どうやら頭領は、もうちょっとでバステトに異世界転生させられるところだったらしい。
危ないところだった。
俺とアルケミストは腕をぶつけ合い、会心の笑みを交わした。
「よし、アルケミスト、あとの事はまかせた」
「ええっ、もう行くの? 相変わらずせっかちすぎるだろ、ライダー!」
「本来なら、視察だけが俺の仕事だ。むしろ、長居しすぎたぐらいだ……あとは任せる」
そう、『騎兵』に求められるのは、回復でも、戦闘でもない。
スピードだ。
けれど、その時の俺は、もう一つ、新たな仕事を抱えてしまっていた。
「いやいや、だから待てって! ライダー! 止まれ!」
アルケミストは、立ち去ろうとする俺を呼び止めた。
そして、おもむろに俺の後ろを指さした。
「というか、その子、いったいどうしたんだ!?」
「そうそう、忘れるところだった。この子は、山で出会った……あ」
ふと振り返ると、ララはオオカミの背中で、気を失って倒れていた。
「むきゅぅぅ」
顔は蒼白を通り越して、真っ青になっている。
完全にのびて、白目をむいていた。
つついても揺すっても、起きてくれなかった。
騒ぎがひと段落したら、このまま帰る予定だったのだが。
ララをこの状態で置いていくのは、なんとも無責任すぎる。
俺はララが目を覚ますまで、それから半日ちかく待つことになったのだった。