邪教の影15
ロソックたちが見えなくなり、早人たちも王都行きの馬車に向かう。
帰りは魔物に襲われることもなく穏やかな行程になった。
王都に着く頃にはファオーンも自由に歩き回れるくらいには回復しており、あとは家でゆっくりすれば問題ない。念のため医者に病気が潜伏していないか見てもらう予定もある。
馬車から下りた一行は王都に入ってわかれる。ファオーンはアンナリアと一緒に早人たちの泊まる宿に向かうと言って家に帰っていった。
早人たちも以前とそう変わらない注目を受けつつ足早にクラレスの宿に向かう。玄関前ではパレアシアが宿に届けられた荷物の移動を行っていた。
「あ、おかえりなさい。ジーフェちゃんとキアターちゃん怪我したの?」
「そうだけどよくわかったね。もう怪我の跡はないし、動きも少しだけぎこちないだけなのに」
「客商売だからね。動きの違和感くらいはわかるわよ」
客商売に関係あるのだろうかと早人が首を傾げているとパレアシアは素早くジーフェに近寄った。以前ならばそのまま抱き着かれたジーフェだが、強敵との戦いを潜り抜け成長を果たしていた。パレアシアの動きに反応しその場からずれる。避けたと思ったところに「甘い」とパレアシアの呟きが聞こえてきた。ジーフェの反応に容易く追いついたのだ。
「うぎゅ」
「つーかまえた。動きはよくなってるけど、まだまだ私のハグからは逃げられないわよ」
「なんで」
ジーフェは胸に埋もれつつ疑問を吐き出す。
「身体スペックの違いとジーフェちゃんの動きの単純さ」
ドタニスにも指摘された部分で、ジーフェは悔しそうにパレアシアの胸の中で唸り声をあげた。
その小さな騒ぎを聞きつけたクラレスも表に出てきて、早人たちの帰りに気づく。
クラレスにまた泊まることを告げて、以前とは違うが隣り合った二部屋を取り、荷物を返してもらい部屋に置く。
ゆっくりするというジーフェとキアターを置いて、早人は受け取っている手紙を持って貴族街入口へと向かう。そこに立つ兵に邪教と遭遇したこと、そのための調査依頼を告げて手紙を差し出す。
そこにいた兵も早人の顔は覚えていたため、早人自身で届けてもらった方が当時の情報も正確に渡せるだろうと城へ行くように促した。
(近衛騎士団長のコードスかスニールに話を通すかな)
兵に通され早人は城へと歩く。そして城の前で警備に立つ兵に用件を告げて、コードスたちに面会を願う。
頷いた兵は手紙を持って城に入っていき、早人はじっと待つのも暇だろうと詰所に案内される。そして二十分ほど休憩中の兵と町であったことや美味しい店について話しながら時間を潰す。
「コードス様から案内を申し付かりました」
そう言う兵に案内されて、城の客室に入る。すでにコードスはいて、早人を待っていた。
「よく来てくれた。座ってくれ」
「はい、失礼します」
座った早人の前に使用人がお茶をいれたティーカップを置く。湯気と一緒にふわりと紅茶の香りが鼻をくすぐる。
早人が一口飲んでティーカップを置いてからコードスは口を開く。
「手紙を読んだのだが、邪教がいたとか」
「ドタニスと名乗る邪教徒と戦いました。戦いの途中で人間から化け物へと姿を変えてましたね。ここから東にある山村に細工を施してました」
「名前は聞いたことないな。彼の目的はなにかわかるかな?」
「いえまったく。これがなんらかの関係があるかもしれません」
真珠の入った小箱をテーブルに置き、ふたを開けてコードスの方へ押す。キアターの言っていたことも付け加えながら。
小箱を受け取ったコードスはしげしげと眺めたが、これがなんなのかわからなかった。
「森の迷界で精霊の暴れた原因を突き止めた者の魔法、それで調べたのだな。彼女が言うなら信憑性はあるな。これを預かってもいいか?」
「そのつもりで持ってきました」
「重要な品だろう。報酬を準備する。陛下にも話してくるから少し時間がかかるかもしれない。その間スニールの相手をしてやってくれないか」
「夕食前には帰りたいのですが」
「そこまで時間はかからんよ」
「わかりました。スニールさんはどこに?」
使用人に案内させると言い、早人に村であったことを聞いてから部屋を出ていく。早人も部屋にいた使用人に案内してもらい、騎士が訓練に使う広場へと移動する。
そこで少し驚いた様子のスニールに事情を話すと、嬉しそうに表情を変えて木剣を準備する。
邪魔をしないようにかほかの騎士や兵は模擬戦を始めた二人から離れて見学や休憩を始めた。
スニールは早人との模擬戦でスランプを抜けたのか技量の上昇がわずかに見られた。だが戦っているスニールはそういったことは気にせず、今この瞬間を楽しんでいた。
ちょっとした休憩をいれて一時間弱、コードスが鍛錬場に顔を出したことで模擬戦は終わる。
「待たせたな。これが宝石と情報を合わせた報酬だ」
「ありがとうございます」
早人は小袋に入れられたお金をポケットにしまう。
手早く汗をふいたスニールがコードスに近づき頭を下げる。
「コードス様、模擬戦を組んでいただきありがとうございました」
「充実した時間だったようだな」
「はい。やはり高みを感じるできるのはありがたいです。漠然と鍛錬を行うより、明確な指針があった方が気合いが入ります」
「うむ。お前の成長はこの国のためにもなる。今後も精進するように」
「はいっ」
コードスは周囲の者たちを見回し、彼らにも声をかける。彼らの表情に羨みや諦めというものがあるのを見逃さなかった。
彼らの気持ちはコードスもわかる。コードスも強者の立ち位置にはいなかった者だ。若い頃は自分よりも強い騎士や兵に嫉妬したこともある。がむしゃらに鍛錬を行っていたそんなとき上司から諭され、強さというものを考える機会を得た。
「突出した力というものは確かに必要だが、皆が皆そういった力を持てるとはかぎらない。ならばそこに届かない者は必要ないのか? そうではない。そのような者たちの力もこの国を守るため必要なのだ。民を日頃脅かすのはさほど強くはない魔物たちや悪党だ。それらを討伐し捕縛するのに必要なのは突出した力ではなく、守り正すという意思。諸君らも持つことができるものなのだ。鍛錬は強くなることだけを目的とするのではない。守るべきものを守るため、そのときに力及ばすといった事態にならないために行うのだ。諸君もそのことを心に刻み励むように。もう一度言おう。諸君の力も必要とされているのだ」
わかったなと騎士や兵を見て、力強い頷きが返ってきたことにコードスは笑みを浮かべた。この反応を返してくれる彼らならば国と民を守れると思ったのだ。
鍛錬を再開した騎士たちを見てコードスは頷き、帰る早人と一緒にその場を離れる。
「君はその強さをなにに使うのかな?」
先程の話でコードスは力というものについて考えた時期を思い出した。そして早人が力をどう捉えているのか気になり聞く。
「……明確な考えはないですね。誰かを守るため、強さを追い求めるため、お金や権力を得るため。それらには当てはまらないというより、そこまで至っていないという感じでしょうか。ただわかるのはこの力は目的を達するのに役立つだろうということですか」
「目的とはなにか聞いても?」
「帰りたい。それが叶えたいことですけど、難しい」
ただ故郷に帰るということではないのかとコードスは考える。なにか特別な意味が込められているのだろうかと深読みしていく。さすがに異世界から来てそこに帰りたいのだという予想はできなかった。コードスは異世界というものがあると聞いたことがないのだ。
「目的を達する過程で暴れるようなことがないことを祈るよ」
「その予定はないですね。面倒なことになればさっさと逃げるつもりですし」
「その強さがあれば面倒なことなどないのではないかな」
「強いだけで生きるってのはできるかもしれないけど、それをやると敵が多くなると思う。食べ物に毒とか仕込まれたり日常的なことまで警戒しなくちゃいけないのは疲れそうですよ」
想像するだけでも息苦しそうな日々で、ジーフェやキアターを巻き込みそうでもあり、楽しくはない人生を送ることになるのが簡単に想像できる。
「まれに強ければ偉ければなにをしても許されると考える者はいる。国のトップにいればそのような話は頻繁にとまではいかないが、聞こえてくるものだ」
「やっぱり領民を苦しめる領主とかいるんです?」
苦々しげにコードスは頷く。大きな領地を治める者は王家の目が行き届くため、そういったことはあまりない。だが小さな領地を治める者が地元の有力者と組んでこっそりとやり、民から陳情が上がってくるまで判明しないということは珍しくもない。
「恥ずかしながらな。そういった者を発見するのも国を巡回する騎士や兵の仕事だ。できれば旅先でそういった者を見つけたら知らせてほしい」
「ええ、わかりました。俺も人が苦しむところを見て楽しめる性格ではないので」
「それを聞けて嬉しいよ」
「人を苦しめる迷惑をかけるといえば邪教の奴らはなにを考えて動いているんでしょうね。あれらもなにかしらの目的はありそうですが」
「教主の復活を目的としているらしい。各地での破壊活動がそれにどう繋がるのかはわからないが」
「邪教についての知識ってそんなにないんですけど、その教主って昔死んだ人なんです?」
コッズの記憶では各地で暴れまわる迷惑な奴らというものだ。詳細については興味がなかったようで、教主がいたということすら知らなかった。コッズが生きていた頃には教主は活動していなかったので、知らなくても無理はないのだが。
「とても強い存在だったらしい。人間なのか亜人なのか知恵のある魔物なのか、そこらへんは不明だ。強すぎて倒すことはできず封印されたと記録には残っているのだが、封印のありかはわからない」
「封印を解かれないように誰にもありかを知らせなかったということでしょうか」
「どうなのだろうな。封印の確認は必要だと思う。だから確認している者たちはいると思うのだが。もしかすると竜教の巫女は知っているかもしれないが」
「ああ、長生きしているという。あまり人前にはでないらしいですから、こっそりと確認に行っていてもおかしくはなさそうですね」
そのようなことを話すうちに城の入口に到着する。
「報告本当に助かった」
「いえ放置できないことですからね。それに報酬までもらえて、ありがとうございます」
一礼して去っていく早人を見送り、コードスも自身の執務室に戻っていった。
城を出た早人は貴族街から出て、治療院に寄ってヒールポーションを四つ購入する。早人自身は必要性を感じられないのだが、今回のようにジーフェとキアターが怪我をすることも今後考えられ報酬で買っておくことにした。
報酬はまだまだ余っており、各自の靴や服の質を上げるのにでも使おうかと思いつつ宿に帰る。




