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邪教の影10


 ロソックたちを下げて、ジーフェに声をかけて、キアターは杖を構える。

 キアターは後衛に位置する者で、本人もその自覚がある。しかし今はジーフェしかともに戦える者がおらず、そのジーフェだけに前衛を任せられないため前衛に立つ。


「見目麗しいお嬢さん方とはいえ手加減などいたしませんよ」

「お世辞をどうも!」


 キアターは少し下がり、杖を突きだす。男はそれを拳で跳ね除けて反対の拳で殴りかかる。キアターは片方の足を下げて、肩をかすらせるだけに被害を抑える。


「思ったよりも動けますね」

「技量と味ともに特上の剣士に稽古つけてもらっているもの。これくらいはできるわ」

「味? そうですか、しかし本業ではないから荒は見えますね」


 男はキアターの意識が拳にいっていることを理解していて、片膝をキアターの腹に叩きつける。


「ごふっ」


 意識していない攻撃をまともに受けてキアターは地面に膝をつける。

 そのキアターに男は蹴りを放ち、キアターはなんとか杖で防御したものの地面を転がることになる。

 動けなかったジーフェはその光景を見て拳に力が篭る。打算と情が恐怖を塗りつぶす勢いで高まる。

 打算はこのままキアターを見捨てるように動かずにいれば、早人に怒られ切り捨てられるから動かなければというもの。情は害意なく歩み寄りの姿勢を見せているキアターが攻撃されたことへのもの。

 それらが動けなかったジーフェを突き動かす。


「ああああっっっ!」


 自身を鼓舞するように声をあげてジーフェは、強く地面を踏みつけるように一歩踏み出す。一歩だけでも動くことができれば、あとはその流れで体を動かすことができた。

 キアターに追撃しようとする男に殴りかかる。技術などない勢いだけの攻撃だ。


「おっと」


 下がって避けた男にジーフェはさらに連続して拳を振う。男はそれらを余裕を持って避けて、受けて、弾いていく。


「あちらのお嬢さんよりもさらに荒い。見たところ前衛のようですが、それではいけませんね」

「あうっ」


 カウンターの一撃を頬に受けてジーフェは止まった。そこに今度は男からの連撃が襲い掛かる。

 ジーフェは避けようとしたが、動きを読まれて回避は無駄になり、すぐに防御を固めることしかできなくなる。その防御の上から男は強烈な一撃を叩きこみ、ジーフェも地面に倒れることになった。

 ジーフェが男から離れると同時に倒れたままのキアターが杖の先から魔法を放つ。


「溜撃。焼き尽くせ、暴虐の炎!」


 以前森の迷界で使った炎の塊が男に襲い掛かる。

 ジーフェが戦っているあいだに静かに魔力を高め、ジーフェの劣勢に耐えて発動の機会を待っていたかいがあり、炎は男に命中し飲み込んだ。

 余波がキアターたちの肌に熱を伝え、髪や服を揺らす。

 炎の勢いは以前のものより大きい。それは溜撃という魔法に関する技術を使ったためだ。

 魔法に必要以上の魔力を注いだところで威力や効果は上がらない。それでも威力を求めた者がいた。十年を優に超える研究の末に生まれたのが溜撃だ。

 魔法に注げないのならば外部タンクとして、魔法に魔力をまとわせる。発動後にその魔力を発揮される威力に追従させ、さらなる威力を上げようとして成功したのだった。

 なんでも効果を上げられるわけではなく、攻撃のみに効果が発揮されるが、もとより欲した者は攻撃魔法の威力を上げたかったためこれを完成とした。

 

「これもダメか」


 自身の放てる最大クラスの魔法の発動と終わりを見て、キアターは顔を顰めた。

 炎が消えたあとには着ているものを焦がしただけの男が立っていた。男自身にはダメージが入っていないように見える。


「多少はききました。ですが森で炎の魔法とは感心しませんな」

「霧で湿っているから大丈夫でしょ」


 ややふらつきながらも立ち上がりキアターは答える。その少し離れたところでジーフェも立ち上がっている。


「では続きといきましょう」


 再び殴りかかってくる男にキアターとジーフェはそれぞれの武器を構えて立ち向かう。

 ニ対一になっても男は余裕を崩さず、二人の攻撃に対処し、その隙間を縫って蹴りや拳を当てていく。そのたびに二人の表情は苦悶のそれとなるが、諦めることなく戦い続けた。

 時間が経過するほどにダメージが蓄積し、劣勢になっていくのはキアターたちの方だ。防具がわりにもならない寝間着でダメージは素通りで、息が上がり、汗もにじんでいる。体力が尽きかけているのは一目瞭然だった。


「粘りますね。そろそろ諦めてもよろしいかと」


 言いながら男はジーフェを蹴り飛ばし、キアターから放たれた風の刃を拳一つで砕いて見せる。

 それを見たからかキアターは杖を下げる。


「そうね。そろそろ休んでもいい頃合いだわ」

「ほう。諦めますか」


 意外といった表情で男はキアターを見て、戦意を目に宿し立ち上がるジーフェに視線を向ける。


「そちらのお嬢さんは諦めていない様子ですがね」

「ジーフェ、もう休んでいいわよ」


 勝負を捨てたという表情ではないキアターがジーフェに戦いの停止を誘う。

 しかしジーフェは首を横に振る。


「諦めたら殺される。そんなのやだ」

「大丈夫。殺されないから」

「私がお二人を痛めつけるだけですますと? そのような慈悲に期待されても困ります。ここまでしたのですから、あちらのお二人も合わせて全員殺しますとも」


 柔和な笑みでありながら殺気の込められた視線を受けてロソックたちは小さく悲鳴を上げた。

 

「さすがに疲れた。あとはお願いね」

「もう一人のお嬢さんに頼んでも無駄なことでしょうに」


 そう言った男は背後に生まれた気配に、はっと振り向く。

 そこにはファオーンを置いて、こちらに歩いてくる早人の姿があった。キアターは霧に紛れてかすかに香る早人の魔力を感じたのだ。ジーフェにも早人の姿は見えて、安堵し笑みを浮かべて地面に座り込む。


「どうも遅れたようですまんね」

「頑張ったからあとで魔力をお願いね。まったく慣れないことなんてするもんじゃないわ」


 キアターもほっとした様子で杖にもたれるように座り込んだ。

 

「あいよ。ジーフェもよくがんばった。じゃあ、うちの仲間が世話になった礼をさせてもらおうか」


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