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邪教の影9


 キアターの荷物から魔法の媒介を回収し、倉庫の中で隠れられそうなところを探す。大きな甕が二つあり、身を屈めれば隠れられそうだった。

 その甕まで移動し、床をコンッと叩いて反応を探る。村長ならば気絶させるつもりで待つ。三十秒ほど待っても誰かが上がってくる様子はない。もう一度床を叩いても同じだった。


(ファオーンっぽい。地下への入口はっと)


 魔法の明かりを操作して、床を照らしていくと鍵のついていない木戸があった。それをゆっくりと開けて、中に魔法の明かりを入れる。同時に地下からなんともいえない臭い空気が流れ出る。

 地下にいた者は明かりに気づき、動く様子を見せる。

 臭さを我慢して短い階段を使い地下に下りる。

 地下は上階より狭い空間で、特になにかを保管していることはない。そこは監禁だけに使われている場所のようだった。

 そしてそこにいたのは探していたファオーンだ。ずいぶんとやつれて、ひげなども生えっぱなしだ。手足をロープで縛られ、口には猿ぐつわという格好だ。世話されている様子もなく、糞尿もそのままでしたらしい。

 ファオーンは近寄る早人の姿を確認すると驚いたようだが、すぐに助けてくれといった感じでうめく。


「静かに。村人にばれたら困るから」


 早人が小声でそう言うと理解したように何度も頷く。

 これなら拘束を解いても騒ぐことはないだろうと、早人は拘束を解く。

 ファオーンはよろよろと起きようとして、できずに座ったまま体をほぐすように動かす。

 地球の住民ならば十五日以上も食べ物もなく監禁されていれば動けないだろうが、こちらでは鍛えてさえいれば多少の無茶はきくらしい。


「助かった。水と食べ物を持っていないか」


 かすれた声で頼んでくる。


「水を出すから少し飲んだら、体を簡単に洗って。匂いがすごいよ」

「ああ、そうだな。ここにいる間に鼻が利かなくなっていた」


 早人は魔法で少しだけ水をだす。弱っているときに大量の水は体に悪いと聞いたことがあったためだ。ファオーンも知っていたようでもっと欲しそうな顔だが、それを口に出すことはなく座ったまま脱いだ服で体を洗っていく。一通り洗うと、汚れていた服は捨てて早人の肩を借りて上階に上がり、荷物から新しい服と保存食を出す。

 

「食べるのはあとにして。一度ここを出るから、落ち着いたら食べて」

「わかった」


 名残惜しそうに保存食から手を放して、早人と共に歩く。

 倉庫入り口から人の気配を探り、誰もいないことを確認して早人はファオーンを背負って外に出る。屋外の空気を美味しそうに吸うファオーンを連れて、村の外へと移動する。背負ったファオーンに負担にならないよう速度は遅めだ。


「もう食べていいか?」


 ファオーンは我慢できないと保存食の入った袋を開ける。


「少しだけね」

「わかっている」


 ファオーンは急いでビスケットを取り出すと味わうように少しずつ齧っていく。

 無心で食べているファオーンを連れて早人は早足で木々の間を進み、皆の待つ場所に向かう。

 

 ◆


 早人が村に出発してその場に残った四人は、思い思いに休む。

 ロソックとケラスンは寄り添ってその場に座り、キアターは木に背を預けて、ジーフェは村の方を見ながら露出している木の根に座る。

 十分かそこら時間が流れたとき、キアターが杖を両手に持ち木から離れる。表情には警戒が表れている。


「ジーフェ立って。魔物かなにかくる」


 ジーフェは急ぎ立ち上がり、キアターの見ている方向を見る。たしかになにかその方向にいると胸のざわめきが知らせてくる。

 うとうととしていたロソックたちもキアターの声に警戒した様子で立ち上がる。


「村人か?」


 ロソックの疑問をすぐに否定したのはジーフェだ。


「違う。人の感じがしない。人から外れた感じ」


 それを聞いて驚いたのはキアターだ。キアターも気配を感じてはいたが、魔物っぽいというだけで村人の可能性は捨てていなかったのだ。


「そこまではっきりとわかるの?」

「胸の奥のなにかがあれはダメだって知らせてくる」

「その感覚は本当になんなのかしらね」


 キアターが首を傾げ、ジーフェが霧の向こうを睨む。

 すぐに足音とともに人影が見えて、その姿もはっきりとする。黒のボーラーハットに同色のトレンチコート、茶の手袋をした細目の男だ。三十歳を過ぎているだろうか、表情には柔和な笑みが浮かんでいるが、ジーフェには笑みの向こうの無感情が透けて見えた。

 ジーフェは胸の内の衝動に動かされるように殴りかかろうとしたが、同時に早人がそばにいないことで戦いへの恐怖が湧いており、睨むだけになっている。

 キアターはジーフェの言葉とあることに気づき警戒を深めた。ロソックたちは穏やかそうな人でほっとしていた。


「屋敷の様子を見に行ってみれば、誰か入った形跡がある。大事なものは荒らされていなかったが、屋敷の近くに人の気配があるから来てみれば、お嬢さんにそんなに睨まれるとは。どこかで会って失礼したかね?」


 それにジーフェはなにも答えず睨み続ける。


「返答がないとは困った」

「あんたは屋敷の関係者なのか?」


 ロソックの問いかけに男は頷く。


「ええ、今は使っていませんが、また使うかもしれないのでたまに点検に来ているのですよ」

「村に野菜を買いに来ていた人」


 ケラスンは男を見たことがあるのだろう、そう口にする。

 それに男は笑みを深めて頷いた。


「覚えている子もいたのですね。その通りです。当時は世話になりました」

「だとさ、そんな警戒しなくていいだろうよ」


 ロソックはいまだ警戒し続けているジーフェたちに言う。穏やかそうに見えてその実危険人物という人間がいることはロソックも知っている。だがこの男は数年村と接し、危害を加えていないらしい。ならば少なくともこの村にとっては危険人物ではないだろうと判断したのだ。


「警戒を解く前に一つ聞きたい」


 キアターが言い、なんでしょうかと男は答える姿勢を見せる。


「この周囲を漂う霧には魔力が含まれている」

「そうなのかね?」


 男は首を傾げてみせる。知らないのか、とぼけているのか傍目にはわからない。


「そうなの。その魔力と同質といっていいものがあなたに濃くまとわりついている。あなたはこの霧がなんのか知っているのではなくて?」

「と言われてもとんと覚えがないので」

「わからないならそれでいいわ。かわりにあなたが点検したところに案内してもらえないかしら。私たちはそこに用事があるの」


 笑みを浮かべたまま男は無言で立つ。


「もう一度言う。案内を頼めないかしら」

「……困りました。さてはて本当に困った。あなたならばその場に連れて行かずとも近づくだけで見つけてしまいそうです。それは私としては困る。なので」


 最後の言葉と同時に拳を握りしめた男が動く。

 速い動きで男は殴りかかり、キアターは杖を前に出して拳を受け止める。早人との鍛錬で速さというものに慣れていたため、なんとか反応ができた。


「あなたたちは下がって! ジーフェっ戦うわ。構えなさい!」


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