邪教の影8
騒ぎに気づき起きて戸惑っていたケラスンは様子のおかしな村人たちよりも、まともそうに見えるロソックを信じることにしたようで近づいてくる。
「お前もかーっ。お前も怖くさせるのか!」
しかしケラスンは近づくことを大人たちに邪魔され立ち止まる。
ロソックは早人にケラスンのことを頼み、早人はすぐに動いて大人たちを転がし、ケラスンを担ぐと皆と一緒に村を出るため走る。
そのまま走り、村から出て木々の中を進むと背後から追ってくる音は聞こえなくなる。
一度足を止めて振り返り、追跡がないことを確認すると一同はその場で休息をとることにした。
ロソックの息が整い、ケラスンを気遣う余裕を見せたところで早人は話しかける。
「聞きたいんだけど、あの村ではある時期になると生贄を一人選ぶ風習とかあったりする?」
「ない。十五以上あの村に住んでいたがそんなことは一回も聞いたことも見たこともない」
「じゃああの様子について知ってることは?」
「さっぱり。こいつから村の奴らの様子がおかしいとは聞いたが、そうなった原因がさっぱりなんだ」
不安そうに寄り添うケラスンの頭を撫でながら言う。
「もしかするとこの霧が作用しているのかもしれない」
「霧が?」
キアターの言葉にロソックは不思議そうな顔になる。
「この霧には魔力が含まれている。誰かがそうしないと普通はこんなふうに含まれない」
「誰かって誰だよ!?」
「さあ。こんなことする人にそっちは心当たりないの?」
ロソックは少し考えてみて首を横に振る。
「俺がいた頃はこんな厄介な霧はなかったと思う。俺が村を出たあとに誰かがしかけた?」
「もしくは山にもともとあったなにかが壊れたか。昔話とかでこの山に関連するものは?」
ロソックとケラスンの村出身組は考えてみるが、山に関連した昔話を聞いたことはなかった。聞いたことあるのはほかの場所でも聞くような昔話だ。
昔話のかわりというわけではないが、ロソックは疑問を抱いてそれを口に出す。
「仕組まれたなら霧の発生源とかあるんじゃ? そこに行ってみれば少しはなにかしらわかるかもしれないぞ」
「俺にはわからないけど、キアターは?」
早人とジーフェには霧に魔力が含まれていると言われて初めてそうかもしれないと思える程度だ。けれど解析の魔法を使えるキアターならばわかるだろうと聞く。
「近くに発生源があればわかるけど、離れた位置にあるみたいでわからないわ」
「解析の魔法を使えばわからない?」
「媒介を持ってないから」
武器だけを持って借家から出てきたのだ。防具や道具は置いてきた。
今着ているネグリジェにポケットなどなく、都合よく持ってきているということはない。
「一度村に戻らないといけないか。俺が行って取ってこよう」
早人一人の方が動きやすく、それをキアターとジーフェもわかっているため止めない。
媒介が荷物のどこにいれてあるかを確認して出発しようとする早人をケラスンが止める。
「もしかしたら荷物を運ばれてるかもしれない」
「どういうこと?」
「だいぶ前に人が来たときも、大人たちが夜中に動いていた。そのときはなにをしているのかよくわからなかったけど、村長の家の方になにかを運んでいるのを見たんだ」
「借りた家になかったら家に押し入る必要があるのか」
「たぶん倉庫に運んだのかも」
ファオーンがこの村に来るよりもさらに前のことだ。ケラスンと友達が手毬で遊んでいたとき、村長の倉庫に手毬が高い位置にある窓から入り込んだことがある。村長に取りに入りたいから鍵を貸してほしいと言うと、危ない物があるから村長がとるということになり、ケラスンたちは外で待っていた。そのときケラスンの友達が荷物のつまったリュックを見たと言っていた。使い古してはいるが埃などかぶっていないもので、山の環境調査に来た人のリュックととても似ているということだった。
「その調査に来た人のことも怖がっていたのか? んでその人もいつのまにかいなくなっていた?」
ロソックの質問にケラスンは頷く。
「俺と同じように捕まったかー」
「ファオーンも捕まってそうだな。とても助かる情報だった、ありがとう」
ケラスンに礼を言って、早人は小走りに村へと戻る。
できるだけ足音を立てないように移動し、村の近くまで戻る。足を止めて霧の向こうに人影がないか確かめる。
(気配もないし、人影もない。ここに来るまでに遭遇もしなかったから探しに出歩いているようもない。家に戻ったとみていいか?)
誰かにみつかれば絞め落とすと考えつつ、村を外回りに静かに歩く。
遠くに人影があったが、家の中に入っていったようで扉の閉まる音が聞こえてきたあとは影が動く様子もなかった。
借りた家まで戻り、まずは外から中の様子を伺う。誰かが待ち伏せしていることなく静かなものだった。
(入るか)
音をたてないようにゆっくりと扉を開けて中に入る。荷物を置いていた場所に行くと、ケラスンの予想通り運ばれたらしくなにもなかった。
ここには用なしとすぐに外に出て、今度は村長の家を目指す。そこもまずは近づかず離れた位置から気配などを探る。
(こっちも外に出てる人はなし。倉庫を目指すとするか)
ケラスンに教えてもらった位置に移動し、学校の教室ほどの広さの倉庫を見つけた。
石造りの倉庫で、上部に子供も通れなさそうな格子戸がある。木製の頑丈そうな入口には金属製の錠前があった。
(斬鉄はたぶんできる。音がでるかもしれないってことが問題)
背の剣をすらりと抜いて、上段に構えて呼吸を整える。目も閉じて集中していく。風の音、草や木の葉が擦れる音、虫の鳴き声。それらが耳に入り、無駄な情報だと排除していき、自身の鼓動と呼吸音のみが聞こえる状態になる。
そうしているうちに強く風が吹いて、霧が流れ、木の葉がざわめく。かっと目を開いた早人は剣を振り下ろした。
刃は錠前の抵抗を受けることなく振り下ろされ、懸念していた音もかすかに出たのみで、周囲の音の中に消えた。
斬られた錠前が地面に落ちる前にキャッチして、近くの地面に置く。
(あそこまで集中しなくてもよかったかな)
手応えからするともう少し手抜きしても期待した結果がでたと思えた。同時に自信も得る。斬鉄を成功させられるのだと。一歩強さというものへと前進した。
そんなことを考えつつ、扉を音がしないように開けて中に入る。明かりはないため暗い。蝋燭よりも小さな明かりを魔法で発生させて周囲を確認する。
荷物はすぐにみつかった。入口近くに放置されていたのだ。中身を探られた様子もない。
それ以外に気になることがあった。かすかにだが下から人の気配がするのだ。
(気のせいじゃないとしたら、ファオーン? それとも村長?)




