無人島6
しばらくしてまた暇になり、暇つぶしを考えて思いついたのはケルピーを強化してみようということ。
ケルピーの能力が上がれば、移動速度も上がる。早く大陸について、暇な時間も終わる。そんな思いつきだった。
「強化する方法は魔法だよな。イメージとしては筋骨隆々になったところを想像すれば?」
今乗っているケルピーが一回りたくましくなったところを想像する早人だが、なんか違うなと首を傾げる。
「強化っていうより変化とか変身方面な気がする。体が変わるだけで能力は上がらなさそう」
イメージ的にそう思ってしまえば、魔法にも影響がでるため早人の言った通りの結果になる可能性が高い。
「今のイメージだと駄目なら代わりになるイメージは……そういや今の俺でも闘人の衣って使えるのかな? 自己強化を実感できれば、魔法に転用できるかもしれん」
やってみっかとコッズの説明を思い出す。
強い自分をイメージして、その強さに自信を持ち、強き者となる。
そのイメージが不確かだとこの戦技は使えないが、イメージが確かで、使用する魔力が多いほど効果も上がる。
「強い自分」
イメージしようとして上手くいかなかった。
現時点で地球基準で見ると想想像以上の強さなのだ、これ以上強化された自分など想像できなかった。
「難しいな。どうにかできないものか」
少し悩んで、強い自分というか強かった自分の体ならば想像できることに気づく。
想像するのはコッズが動かしていた自分の体だ。長時間見続けた強者の在り方ならば容易に想像できた。
早速実行してみる。
体からあふれ出た魔力は以前見た白ではなく、黄色だった。
突然圧迫感を発した早人に、ケルピーは怯え再び暴れ始める。だが強化された力でしっかりと押さえ込まれ、振り落とすことはかなわなかった。
ケルピーを落ち着かせ、早人は改めて自身を見る。
「黄色はたしか闘人の一個上、強人の衣だっけか。それだけコッズのイメージが強烈だったんだな」
それだけはなくコッズが体を使っているときよりも、魔力が以前より増加していることも原因の一つだろう。
「あとはこれを魔法として他人にかけることができれば」
よくよく自身を観察する早人。安易なイメージではただ黄色い光をまとわせるだけになってしまう。
拳を握りしめて筋力の上昇具合を、、片手でシャドーボクシングをやって速さの上昇具合を、自身を叩いてみて頑丈さの上昇具合を確かめていく。
闘人の衣の強化割合は元の能力値の二割を上乗せとなり、強人の衣は元の能力値の五割上乗せとなる。
それだけ上がればもともとの能力値との違いは明確で、早人は実感を得ていた。
確認を終えて、強化を解く。
ごっそりと魔力が減った感覚があった。自己強化の戦技は、多くの魔力を使用するのだ。
数値で表すと闘人の衣は必要魔力数を百、強人の衣は百五十。使い慣れないうちは余分に魔力を消費するので、実際には早人が消費した魔力はもう少し多い。
効果時間は一時間で、早めに自己強化を終えても消費魔力の節約にはならない。
「二回使ったらその日はもう無理って感じかー」
強化に関しては実感を得ることができたので、魔法の使う際の工程確認に移る。
「さっきの強化具合をこいつに重ねる感じ、いやこいつ自身の魔力を使って強化を促す感じがいいのか」
具体的に、魔力で強化とはどのようなことになっているのか考え始める。
「筋力を上げる場合、魔力が筋肉に作用しているんだろう。筋肉にどんな感じで魔力って作用してんだ? 筋肉を作るための高品質な栄養として? そもそも筋肉ってどうやって作られてるんだっけか……日々のトレーニングと鍛練にあった食事のはず。だとしたら魔力は時間と栄養素の両方の代わりになっている? 魔力ってすごい万能? いやいや普通に考えてそれはない。そんなにすごいならコッズがもっと魔法を褒めてるはず。いやでもコッズをあの状態で保たせていたのが魔力なら」
考えているうちにどんどん深みにはまっていくが、考えの先に答えはない。
魔力は変化させることで幅広い役割を負うことができるが、万能ではない。早人が考えているように魔力が筋力を作るわけではないのだ。
もっと気軽に考えていい。魔法を使った→筋肉が一時的にたくましくなった→攻撃力アップ。たくましくなったイメージを持つことができれば、こういった単純な理解でも問題ないのだ。
ここに魔力消費を抑えたり、足のみといった部分的な強化という要素を加えていくと魔法の難易度は上がっていく。加えて思いつきだけで魔法を作るといろいろと無駄が出てくる。無駄が多すぎて魔法が発動しないということもあるのだ。
「ええいっもうとにかくやってみる! 失敗したらそのときはそのときだ」
考えれば考えるほど疑問点が湧いてきて、きりがなくなり早人は面倒になった。
とりあえず自己強化した状態と同じ状態になるよう、ケルピーの魔力を誘導する方向でいくことにする。
「名前はポテンシャルアップとかが合ってるかな。じゃあ早速」
ケルピーの首に手を置いて魔法を使う。
魔力で干渉されたことにすぐにケルピーは気づき、いなないて抵抗する。
強化するための魔法と理解できず、自分に害をなすものだと判断したのだ。
弾かれているのを感覚で察した早人は魔力を注ぎ続ける。ケルピーも抵抗を続ける。
「うーん。上手くいかない。なんでだろうか。道具として扱っているからとか? もっと愛着を持てば……名前でもつけてみるか」
名前をつけてみれば多少の情でもわくのだろうと早人は思う。
「でも名前か……ポンっといいものは思いつかない。なにか強かった馬からとるってのもいいかも」
ケルピーの特徴を見て、すぐに目につくのは葦毛だろう。
「たしか葦毛の怪物って異名のサラブレッドいたな? 父さんが話してた。ああ、そうだ。シルバーボート。よしお前は今日からシルバーボートだ!」
嬉しいかーと言いつつシルバーボートの首筋を撫でるが、不快そうに首を振る。
この反応は当然だろう。無理矢理いうことをきかせている時点でマイナス評価なのだ。名前がついたところでケルピー自身になんの意味があるわけでもない。
それでも早人は一方的にかまっていき、シルバーボートはストレスを貯めてぐったりとされるがままになる。
「おとなしくなってことは多少は慣れた?」
もう一度やってみるべと魔法を使う。結局シルバーボートはごり押しに負けて魔力を受けれることになった。
受け入れた魔力が自身を操作しようとする感覚を気持ち悪く感じるが、一度受け入れてしまってはどうにもできない。勝手に動き出した魔力によって感覚が乱され、移動がふらついたものになる。
「特にどこか強化された感じがしないってことは失敗か。陸に着く前に成功させたいもんだな」
良い暇潰しを得て早人は海を行く。
途中シルバーボートが休憩のため止ったときは、早人も力を抜いて同じく休憩する。休憩を何度か繰り返し日が落ちる。
周囲は真っ暗になり、空には半月が浮かび、たまに雲に隠れる。そうなると周囲は暗闇に包まれて、波の音しか聞こえてこない。
シルバーボートは疲れから日が落ちるとすぐに浮かんだまま眠る。
世の中に人間は自分一人と勘違いしそうな静寂と世界の広さに、寂しさ不安がわき上がる。
シルバーボートの存在がありがたかった。いかだで移動していたら、それらの感情に耐えきれなかっただろう。
強くなったとはいえ、それは体のみ。心までは強くなっていない。むしろ慣れ親しんた日常から非日常へと放り込まれたことで心は不安定に揺らいでいる。今の早人は表面上は平常に見えるが、余裕などないのだ。
一日経てば無人島は見えなくなり、周囲の風景は海と空の二色になる。
あと二日も我慢すればいいと自身に言い聞かせて、シルバーボートの鬣をしっかりと握る。
迷惑そうにいななきながらシルバーボートは北を目指す。
互いに辛い時間を過ごし、三日目の午前中に早人は陸地を見つけた。