邪教の影7
「もうちょい具体的な情報はわからないか?」
そう聞く早人にジーフェはふるふると首を横に振る。
「だとしたら放置の方向でいこうか。絶対にそれを突き止めたいってわけでもなさそうだよな」
「うん。気になるだけでここから離れたら忘れると思う」
「原因を探ろうにも有益な情報は集まってないし、俺たちが探らないといけない理由もないからなー」
早人の考えに二人は異論ないようで頷いた。
もう少し危険なことがあるといった情報が入っていれば探ろうと思えるのだが、現状平和な村という情報しかない。これでは動きようがないのだ。もともと人探しに来ているだけなので厄介ごとに積極的に関わろうという気分でもない。
◆
早人たちとわかれたロソックは村長と雑談してから家に戻り、昼寝でもして過ごそうと空いているベッドに寝転ぶ。そうして普段はしない昼寝という贅沢をむさぼっていると、誰かが帰ってきた音がして目が覚める。起きて居間に向かうと、そこには甥であるケラスンがいた。
ケラスンとは六才の頃にあったきりだったが、覚えていてくれていた。
「帰ってきたのか。手伝いは終わったんだな。遊びに行かないのか?」
「遊びにはいってたよ。でも友達が家に帰ったから、僕も帰ってきた。おじさんずっと家にいたの?」
「いや山の屋敷に行ってきたよ。俺のほかに村に来た人たちがいただろう? あの人たちを案内してきた」
「その人たちならさっき見た」
「戻ってきたんだな」
そう言うロソックをケラスンはじっと見る。それがなにか聞きたそうに見えて、ロソックからなにか聞きたいのかと促した。
「……おじさんはあの三人のこと怖いと思う?」
「怖い? あいつらが? 最初に会ったときは警戒したが、怖いとまでは思わなかったよ。あいつらなにか変なことでもしてたか?」
んーんとケラスンは首を振る。
「僕も緊張とかはしたけど、怖くはなかったんだ。でも友達たち全員怖いって言って家に帰っちゃった」
「それはちょっと変だな」
「変だよね!?」
変だと言うロソックにケラスンは大きく反応した。それにロソックは驚く。過剰に反応し過ぎじゃないかと思っていたところに、ケラスンは続ける。
「あの三人だけじゃないんだ。その前に来た男の人のことも友達だけじゃなくて大人たちも怖がってた。僕は怖くなかったのに皆は怖いって。僕だけおかしいって思ってた」
不安だった。皆が怖いという中で、自分だけそうではないから自分がどこかおかしいのかと思っていた。そこに自分と同じ考えの人間が現れて安堵とともに内心を吐露する。
「大人も怖がっているのか。それはさすがにおかしい。俺がこの村にいた頃もたまに客は来たが、怖がる様子はなかったぞ。俺がいない間になにかあったとしか。たしか金持ちが屋敷に住んだんだよな? そのときそいつらが暴れたりしたのか?」
「暴れてなんかないよ。たまにお野菜とか買いにきただけ」
「じゃあ、金持ちのことを怖がったりは?」
それもケラスンは否定した。
「んーなにか原因があるんだろう。でもそれがなんなのかさっぱりだな。はっきりしているのはここ数年のなにかが原因だろうということか」
一度村を見て回ろうと立ち上がる。ヒントが都合よく転がっているとは思わないが、少しでも情報が手に入ればと思ったのだ。
ロソックについていきケラスンも村を歩く。だが目新しい情報は入ってこず、ただの散歩で終わった。
夕食になり、ロソックの持ってきた食材を使った夕食が食卓に並ぶ。
久々の家族との食事を楽しみながらロソックは家族を観察していく。以前との違いを探して食後も会話をし、これといった収穫なく寝る時間になる。
疑問を抱いたままロソックはベッドに横になった。
◆
夜更け。早人たちも村人も寝静まった頃に、山をうっすらと霧が包む。村も当然霧に包まれて、霧は窓や扉の隙間から屋内に入り込む。
村人たちの多くはその霧に触れて顔が歪む。
村人たちと同じく霧に反応した者がいる。キアターだ。早人の隣で発せられる香りを眠りながらも堪能し、穏やかな寝顔だった。だが霧が触れると不快そうな寝顔になった。しばらくそのまま寝ていたが、やがてむくりと起きる。
「不味い」
そう言って周囲を見て、窓を開けて半月の明かりの下、薄い霧に包まれた村を見る。
霧がさらに体に触れて、少し吸収したキアターは不機嫌そうな顔を霧に向ける。そして霧の中に人影をいくつもみつける。
「こんな時間に出歩く?」
空を見ても夜明けが近いように見えない。深夜に出歩く人に首を傾げる。
窓から離れたキアターは早人と早人にしがみついているジーフェを起こす。
「……もう朝? まだ暗いじゃないか」
ジーフェも眠そうに目を擦り起きた。
「村の様子がおかしい。あと魔力を帯びた霧に包まれてる」
まだ眠たい状態でキアターの言うことがよく理解できず、早人は顔をぱんぱんと叩いて眠気を晴らす。
その早人を手招きして窓の外を見せる。早人の目にも人影が見えた。こころなしかこの家に近づいているような気もする。
深夜に霧ときて、その向こうに人影。この状況から早人は以前やったホラーゲームを連想した。
「たしかにおかしいな。これがジーフェの胸騒ぎに繋がると思う?」
「わからないけど、無関係とは思えない。魔力を含んだ霧なんて普通はないから」
二人が話していると、誰かの叫び声が聞こえてきた。
二人は武器を手に取って、ジーフェを急かして声のした方向に走る。
声は近づくにつれて誰のものかはっきりわかる。ロソックのものだった。
ロソックは複数の村人に捕まれてもがいている。その村人たちは誰もが恐怖に顔を歪めている。
怒りでも憎しみでもなく恐怖。ロソックが困惑し恐怖するのならばまだわかるが、一人を捕えている側が恐怖を感じているということに早人たちはアンバランスさを感じずにはいられなかった。
「お前も怖い。お前のせいで怖い。お前たちを閉じ込めれば」
「助けてくれ!」
早人たちに気づいたロソックが必死に助けを求めると同時に、村人たちは恐怖に顔を歪めたまま早人たちも捕まえようと襲い掛かってくる。
それらを早人とキアターは手加減して転がし、まだ未熟なジーフェは捕まらないよう回避しながら殴っていく。
ジーフェの表情は戸惑いだった。早人とキアターも現状がよくわからず戸惑いは感じているがジーフェの感じてるものは違う。昔は一方的に殴られるだけだった大人たちを不格好ながら逆に殴り倒していくことにジーフェは戸惑いを感じたのだ。
(大人は怖いものじゃない?)
ジーフェがそんなことを思っている間に、早人たちはロソックを救出する。
「助け出したはいいけど、どうなってんだ」
「俺にもよくわからん。寝ていたら急に掴まったんだ。とりあえず村から離れて落ち着きたい」
「わかった」
移動しようとしてロソックは建物の中からこちらを見るケラスンをみつけた。
「ケラスン! お前も来い!」




