邪教の影4
声に反応しそちらを見ると、クラレスの隣にアンナリアの姿があった。早人が顔を向けると一礼する。
「こんばんは、アンナリア様」
「こんばんは、ハヤト様」
アンナリアに空いている席を勧めて、何か用事があるのか聞く。
「依頼をしたいと思いまして。ファオーン様のことは覚えておいででしょうか」
「覚えてますよ。アンナリア様が講義を受けている学者でしょう?」
「はい、その方です。ファオーン様が十二日ほど前に調査のため町を出たのですが、長くても十日と言っていたのに今になっても音沙汰がありません。なにかあったのかもしれないと思い、ハヤト様に確認の依頼をしたいと考え、本日訪ねさせていただきました」
「危険な場所に行ったんですか?」
「いえ、聞いた場所は山にある小さな村です。そこらの魔物も危険なものはいないようでして。しかし最近になって強い魔物が流れ着いてきた可能性も考えますと、駆け出し冒険者に依頼を出すのは不安と思っていたら、ハヤト様のことを思い出しまして」
「なるほど」
一度町から離れようかと思っていたときに、この依頼はタイミングがよかった。
だがすぐに受けることはなく、一度斡旋所で情報を集めてからと考える。強いだけの魔物ならば問題はないが、山が呪われてるなど強さでどうにかならない場合は引き受けるのは躊躇われる。
その旨を伝えるとアンナリアは了承し、ファオーンが向かった場所などの情報を伝えてから、また明日の夕方に来ると言って宿の外で待っていた護衛と帰っていった。
「まあこんな感じで、湖じゃなくて山になるかも」
「山の幸!」
ぶれないキアターに苦笑を返し、早人は部屋に戻り、予定をジーフェに伝えた。
人の少ないところに行くという話にジーフェも乗り気で、早く行こうと早人の服をひっぱり強請っていた。
翌日、斡旋所に早人は一人で向かう。憧れや敬意や嫉妬や疑心といった様々な感情のこもった注目を浴びつつ受付に座ると、職員が恭しく一礼してくる。実力を示した早人は難度の高い依頼をこなせるため、敬意を持った対応になるのだ。
「いらっしゃいませ、ハヤト様。本日はいかなるご用事でしょうか」
「東にあるカサルラという山周辺について聞きたい。最近事件があったり、強い魔物が流れてきたという情報は入ってきてます?」
「少々お待ちを」
職員は断りを入れて、受付から離れて書類などを調べていく。他の職員にも聞いたりして十五分ほどで戻ってきた。
待っている間にほかの職員がお茶と菓子を持ってきて、早人は礼を言い飲み食いしながら待つ。
「お待たせしました」
「いやこちらが頼んでいることだから。それでなにかあった?」
「これといった情報は入ってきていません。こっちにある情報のままならば、平和なままということになりますね。なぜあの地域のことを?」
「知り合いからそこに行った人の帰りが遅いから様子を見てきてくれと依頼されたんだ。だからなにかあるのかと調べてもらいました」
「そうでしたか。どこかに寄り道しているだけなのではと思うのですけど」
「その可能性はあるかもしれないけど、帰ってきてからの予定もあるらしいから、寄り道はどうなんだろうね。まあ異変がなければそれでいいです。ちょっと行ってそこらの人に聞きまわるだけですむし。カサルラにいる魔物の情報は書庫にありますよね?」
「はい」
ありがとうと礼を言って早人は立ち上がる。
その早人に職員が話しかける。
「このことを誰かに聞かれた場合、教えてもいいのでしょうか」
「どこに行ったかくらいなら大丈夫だけど聞かれますかね?」
「迷界を解放したあなた方は注目されてますから知りたがる人はいるかと」
「めんどうな」
溜息一つ吐いて早人は受付から離れる。
受付にいた職員にほかの職員がどういった話だったのか聞き、早人が言ったようにカサルラという土地に向かうらしいとだけ答えていた。
その後、早人は書庫で魔物について調べ宿へと帰っていった。
夕方になり、再びアンナリアが宿にやってくる。早人が向かうという返事をするとほっとしたように笑みを浮かべて、依頼の書類を取り出す。依頼料などの確認を終えてアンナリアは帰る際によろしくお願いしますと一礼し宿を出た。
翌朝、必要な荷物をまとめた早人たちは朝食後、カウンターにいたクラレスに置いていく荷物を預けるため声をかける。
「おはよう」
「おはよう、荷物を置いていくってパレアシアさんから聞いてるよ」
「うん。こっちがその荷物」
必要分のお金と一緒にカウンターに置く。
「たしかにお預かりします。ただし一年以上放置するとこちらで処分するからね」
「あいよ」
「どれくらいで帰ってくるの?」
「順調にいって六日くらいじゃないかな。トラブルが続いても二十日はかからないだろうってキアターと話したよ」
「そっか」
クラレスと話す早人の服をジーフェがクイクイ引く。早く行こうと促していた。
落ち着けと早人がジーフェの頭を撫でるというより揺らすと、かまわれたことに満足した表情になる。
「ジーフェが最近にはない感じで楽しそうね」
「うっとうしい視線がなくなるのが嬉しいんだろうな。んじゃ行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
クラレスに見送られて、早人たちは馬車の停留所へ向かう。一時間後に出発という馬車をみつけて、お金を払い乗り込む。
出発した馬車はいくつかの村を経由し、御者や客が入れ替わっていく。そしてとある村に到着して、早人たちはそこで下りる。ここからは歩きなのだ。
すぐには出発せず行き帰り分の食料を買うため、それなりの大きさの商店に入る。そして買い物をすませお釣りをもらう際、ファオーンのことについて尋ねた。ファオーンの特徴を話すと少し悩んでいた店員がぽんと手を叩く。
「ああ! その人ならたしかに見ましたよ。十五日くらい前かな? ここで食べ物を買っていきました」
「十五日ってーと、行きに寄ったことになるか。それ以降は見てない?」
「私は見てませんね」
「そっか、ありがとう」
ここにファオーンが来たことは確実になった。ほかの住民にも声をかけてみて、店員と同じく十五日ほど前に見た者はいたが、それよりあとに見た者はいなかった。
向かった先でなにかあって動けない可能性があるなと早人はキアターと話す。
ある程度情報を集めた三人は馬車の停留所のある村から出発する。目的の村まで一日はかからないため買った食料も日持ちなど気にしないでよかった。依頼ではあるがちょっとしたピクニック気分でもあった。
のんびりと歩く三人はなんでもないことを話しつつ、日が傾きかけなのを見て、そろそろ野営に適した場所を探そうかなどと話していた。
そんな三人の前方を大きなリュックを背負った男が歩く。二十代半ばくらいだろう、冒険者といった風情ではない。
その男を追い抜いて少しして小川に近い開けた場所をみつけ、そこを野営地に決めた。夕食の準備などを整えていると、リュックの男が追いついてくる。
「やあ、あなたたちもここで一泊していくのか。俺もそうしようと思ってたんだ。一緒してもいいかな」
「ええ、どうぞ」




