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邪教の影3


 絡んできた男は面倒だという表情を隠さない早人に怒声をぶつける。

 「やれー!」と無責任な声援も見物人から飛ぶ。そういった者は絡んできた男のように妬みを感じていた者だ。

 審判役の冒険者が近づいてくる。


「注意点の説明だ。戦闘は基礎能力のみで行うように。魔法も戦技も禁止だ。殺害目的の攻撃も禁止とする。外野からの攻撃も禁止だ」


 最後は周囲へと向けて言う。視線を早人たちに戻し、いいなと両者に確認を取り、頷きが返ってくると審判は少し下がる。


「ではハヤトとテテトアの模擬戦を始める。悔いを残さないようにな。始め!」


 審判がさらに下がると同時に、テテトアが雄叫びを上げて槍を突き出す。早人はそれを余裕をもって避け、一回木剣を振る。

 避けられたことをテテトアは偶然だと決めつけて、次は連続した突きを繰り出す。それを早人はやはり避けて、一突きに一振り木剣を振っていく。

 テテトアが攻撃を仕掛け続け、早人は避けて木剣を振っていく。

 早人がなにをしているのか。それに気づく者がでるのにそう時間はかからなかった。


「……あいつ最初の位置から動かずに避けてるぞ」


 誰かがぽつりとこぼした言葉は不思議と皆の耳に届いた。

 見物客は改めて早人の回避を見て、その言葉通りだと気づく。左足の裏が最初の位置から動かず、移動に使うのは右足のみ、あとはたまにしゃがむことがあるくらいだった。


「テテトアの奴気づいていないのか?」

「ハヤトといったか、あいつが気づかせていないんだろう。離れて見ることができている俺たちだってすぐには気づけなかったからな」

「じゃあ木剣を振っているのもなにか意味あるのか?」


 攻撃するわけでもなく、槍を弾くわけでもなく振られる木剣は牽制のために使われていると見物客たちは考えていた。げんにテテトアは木剣を避ける素振りを見せている。だが牽制に必要のないタイミングでも木剣が振られている。そこに一度気づくと不自然に思えたのだ。

 そしてあることに見物客の一人が気づいた。


「あれ? 棒の長さってあんなものだっけか?」

「長さ?」


 皆がテテトアの持つ棒に注目する。

 そのときにテテトアが突きを放ち、早人も木剣を振る。すると棒の先からなにかが飛び、地面に落ちる。


「はあっ!?」


 気づいた見物客が驚きの声を上げた。


「なんだよ? いきなり大声あげんな驚くだろうが」

「驚かずにいられるか! あいつっ棒の先を木剣で斬ってやがる」

「は?」


 そんなこと無理だろうと皆、戦いに注意を戻す。そうして気づく。地面にコインのような円形の木片がいくつも落ちていることを。

 見物客は目を見張り、戦っている早人を見る。余裕の表情で避けているだけに見えるの早人が、信じられないことをやっているとわかり驚きしかなかった。

 さらに続く攻防で、棒はもっと短くなりテテトアも気づくことになる。


「なにをした!?」

「ああ、気づいた? 棒の先を斬っていただけ」

「木剣でそんなことができるか! 魔法や戦技は禁止されていたはずだっ卑怯者め!」

「魔法も戦技も使われていない。審判として宣言しよう」


 戦いを驚きつつも見守っていた審判が断言した。


「んな!? できるわけねえ!」

「だができていた。それが事実だ。あともういいだろう。負けを認めろ。お前じゃあいつには勝てんよ」

「うるっせえ!」


 審判の言葉を聞かずテテトアは突っ込み、上段から叩きつけようと棒を振り上げる。

 早人もそろそろ決着をつけていいだろうと考え、いっきに踏み込み棒が振り下ろされる前にテテトアの胴へと木剣を叩きつけた。

 テテトアは金属鎧を身に着けており、その上から大きな衝撃を受けて地面を転がっていく。止まったテテトアは意識を失っておらず、呻いて立ち上がることができないでいた。


「勝負あり!」


 審判が早人の勝利を宣言し、模擬戦が終了する。歓声は起きず、皆が驚愕の表情だ。

 終わってみれば早人は息も切らさず、テテトアを歯牙にもかけない強さを見せた。魔法も戦技も使われていないため、本来の実力は今見たものよりさらに上。

 これに見物客たちは納得するしかなかった。早人もまた迷界解放の功労者の一人なのだと。

 静まる周囲に早人は後輩職員の助言が実行できたと小さく頷く。

 後輩職員の助言は、言葉にすれば簡単なものだった。テテトアを気絶させず、技術でもって圧倒し、テテトアにも周囲にも実力差を見せつける。それを言った後輩職員もこの場にいて、本当に実行した早人を感嘆の表情で見ていた。


「斡旋所に戻っていいですよね?」


 早人は審判に確認し、頷きが返ってくると木剣を返し、ようやく調べ物ができると斡旋所へと戻る。


 宿での夕食後、テーブルにうつ伏せになっている早人を見てパレアシアが近づいてくる。ジーフェは人目を嫌って部屋に戻っており、キアターは買ってきたお菓子をのんびりと食べていた。


「疲れてるわね。特製ジュースでも飲む? 元気になりすぎて眠れないかもしれないけど」

「なにが入ってんの」

「魔物の血とかちょっとした貴重な薬草とか。七十才を過ぎたジャッカーさんは喜んでいたわ。キャバレーでモテモテだって」

「そっち方面で元気になるんかい。遠慮しとくよ」

「私は興味が」


 お菓子を食べる手を止めてキアターが少しだけ好奇心を目に宿らせて言う。味に興味があるのか、効果に興味があるのか。


「男専用に作ってあるから、女だととろっとした苦いだけの飲み物になるけど。それでもいい?」


 パレアシアの返答を聞いてキアターは興味を失ったように首を振った。


「女用も作ってみようかしら。それはそれとして元気がないのは勧誘のせい?」

「わかってるなら、なんでさっきのジュース飲ませようとしたし。ともかく勧誘であってるよ。いやほんと断ってるのに」


 模擬戦をやって、実力を疑われなめられることはなくなったのだが、勧誘はたいして減らなかったのだ。


「ジーフェも人目が多くて苛立ってる」

「大変ね。一度王都からでて、時間の解決を待ったら?」

「そういや、王都に滞在し続けなくてもいいのか。いい加減しつこくなったら一度別の町を目指すのもありだなぁ。まあ今回はどこかにぶらりとでかけるだけにしとこうかな。気晴らしになるような町はどっかにあるかな?」


 キアターとパレアシアに尋ねる早人。二人はよそからきたので、観光に向いている町を知っているかもしれないと思ったのだ。

 すぐに口を開いたのはパレアシアだ。 


「ここらへんだと一番は東のパーニッツ湖かしらね。ランダランという町が湖に沿って作られてるの。水の都といった場所で酒造所や魚の養殖が盛ん。町中を小舟で移動したりもできるわ」


 早人の脳内にはヴェネツィアが浮かんでいた。

 キアターも聞いたことはあるのだろう、「魚料理!」と反応していた。


「うんうん、ムニエルとかフライとかが名物の一つね。水に困ることがないから農作物も豊富だとか。明かりの魔法で装飾された夜の街を眺めながら美味しいものを食べるのが観光客に一番人気があることらしいわ。一番人気ある時期は夏場。少し時期が過ぎたけど、まだまだ楽しめると思う」

「聞いてたら行ってみたくなってきた」


 キアターも同意らしく、わくわくといった表情だ。

 旅行気分になってきた早人にクラレスが誰かを連れて声をかける。


「ハヤトー、来客よ」


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