邪教の影1
北の迷界が解放された騒ぎが終わり、少々時間が流れる。
ファオーンは城に向かっている。アンナリアには今日の授業は休みだと通達してあり、今日は自身の調べものに時間を使う予定だった。
何度も歩いた城への大通りをのんびりと歩き、城入口で顔見知りの兵に入場許可の書類を見せて、書庫へ向かう。
掃除をしている使用人、警備中の兵、書類を運んでいる文官などなどを見ながら書庫に入る。カビ混じりの静かな匂いというのか、書庫独特の匂いがすぐに感じられ、少し心が浮き立つ。
ファオーンと同じように調べものをしている者たちに軽く頭を下げて挨拶し、机の一つに鞄を置く。調べものの書かれたメモを取出し、うきうきとした様子で本を探し始める。
しばらくは本をめくり、見つけた情報を紙に書いて、また本を開いてと繰り返していく。周囲の者たちと同じく作業に没頭し、時間の流れが気にならなくなる。
そろそろ昼時という時間になると、ファオーンに近寄り肩を叩く者がいた。
「ん?」
自分の世界から引き戻され、肩を叩いた者へと顔を向ける。
「よう、しばらくぶりだな」
「おお、ラシャーノ。ほんとにしばらく会ってなかったな。なにしてたんだ」
何ヶ月ぶりかに顔を見た友人にファオーンは笑みを向ける。
「なにか食べながら話そうぜ。そろそろ昼飯の時間だ」
「あ、そういや腹が減ってきたな。ちょっと待ってくれ」
メモをまとめ、借りていた本を棚に戻してファオーンはラシャーノと一緒に書庫を出る。
城の食堂に移動して、二人は三つあるセットの中からサンドイッチセットを選び、椅子に座る。
ファオーンはカップスープを一口飲んで、ラシャーノを見る。
「それでどこに行ってたんだ」
「ツァーシュ大陸にな。向こうの偉人に関して調べたくて。こっちにある史料じゃ限界があるし、やっぱり現地に行くと情報がたくさん手に入る」
その国が荒れてきたので帰ってきたが、いい旅だったと満足そうに笑いサンドイッチをかじるラシャーノに、ファオーンもよかったなと笑みを浮かべた。
ふとファオーンはなにかを思いついた表情になる。
「あ、お前さ。オーストラリアとか聞いたことないか?」
よその大陸に行ってきた友人ならば早人の探しものも知っているかもしれないと思ったのだ。
ほかに早人から聞いた名称も述べていき、ラシャーノの反応を窺う。
「んー……悪いが聞いた覚えはないな。それは新しい調べものなのか?」
「いや、これは仕事の報酬がわりに依頼された調べものだ。幽霊王の領地に行ってもらった冒険者が情報を求めてきたんだが、さっぱりでな。現状タダ働きさせている状態で、どうにも心苦しい」
「なるほど。すまないが、やはり覚えがない」
「そうか。あっちは貸しでいいと言っていたが、どうにか情報を手に入れたいんだがなぁ」
「その冒険者のこと気に入っているのか?」
その疑問にはファオーンは首を横に振る。
「廃城近くまで行ってもらってなー。おかげで研究がいくらか進んだ。その礼をできていないのが気になる」
「そういうことか。俺も知人に聞いてみよう」
「助かる」
礼を言ってファオーンもサンドイッチをかじる。
「欲しい情報のかわりと言うわけでもないが、良い情報を一つやろう。旅の土産だ」
ファオーンはサンドイッチを食べながら視線で先を促す。
「帰ってくる途中、王都にそろそろつくだろうという町で聞いた噂なんだがな。とある山に古い屋敷があるらしい。かなりの古さで何度か改修して今に残っているんだと」
これは酒場で聞いた話だ。近くの席に座っている客の曽祖父がその屋敷の使用人だったらしく、今は無人でなにかしらの価値のある代物が眠っているかもしれないと酔いながら話していた。
少し気になったラシャーノもその町で山の屋敷について調べてみたところ、山に小さな村があり、そこは今は没落した貴族の領地だったという話だった。
「彼らが思っているような宝はないだろうが、お前にとっては宝かもしれないぞ。建築様式など調べてみたいだろう?」
「行ってみたいな。だがそこは今は誰が所有しているんだ? 勝手に調べるわけにはいかないだろうし」
「王家所有らしい。だから調査書類を提出すれば行けると思う。なにかしらの重要施設があったり、鉱石が産出されるという話は聞かなかったしな」
「食べ終わったら早速担当部署に行ってみるか」
話は研究関連のことから離れていき、旅の話や留守中の話といったものとなり、いつもよりゆっくりな昼食になった。
昼食を終えたファオーンはラシャーノと別れて、調査を担当している部署に向かう。
文官たちが働いている部屋に入り、入口にあったベルを振って来室を知らせる。
「すまない。王家の領地に研究関連で調査に行きたい。手続きをお願いできるだろうか」
ファオーンは近寄っていた文官に用件を告げる。
「どこの領地でしょう?」
「ここから東へ馬車も使って三日かからないくらいの山だ。カサルラという山らしいのだが」
「少々お待ちください」
文官はそう断りを入れて、棚にある地図などを広げてカサルラについて調べていく。その結果、重要な土地ではなく、褒美用として与えるときのため保有してるだけの土地とわかる。これならば調査を禁止する理由もなく、許可を出す書類を持ってファオーンに渡す。
「こちらに目的や滞在日時など書きこんでください、夕方には許可が下りると思いますよ。言わなくてもわかると思いますが、向こうで暴れたりすると罰金といった罰が与えられます。お気を付けください」
「わかった」
ファオーンは礼を言い、近くのテーブルで書類に必要事項を書き込んでいく。完成したそれを一度見直して文官に渡す。
その後は再び書庫に向かい、夕方まで調べものを進めていく。
コォーンコォーンと閉館を知らせる鐘がなり、本を返して荷物をまとめたファオーンは調査許可をもらいにいく。文官に話すと許可とハンコが押された書類と許可証をテーブルに置かれる。
「ごらんのとおり許可がでました。こちらの許可証を貸し出しますので、帰ってきたら返却してください。返却時に向こうであったことの報告書も提出してください」
何度か調査許可をもらい調査地に行ったことがあるファオーンは質問などせず、承諾の返事をして許可証をもらう。
城からの帰り道に食堂で夕食を食べて家に帰ったファオーンは、早速出発の準備を整えていく。
翌日には荷物をまとめ、腐る食べ物の処理もすませて、旅用の衣服と靴を身に着け、アンナリアを待つ。
「おはようざいます」
「おはよう。講義を始める前に知らせることがある」
「なんでしょうか?」
「今日から出かけて留守にするんだ。その間は悪いが講義はなしになる。留守は八日を予定していて、なにかしらのトラブルがあっても長くて十日で帰ってくるはずだ」
「承知いたしました。なにか急用でしょうか?」
ファオーンは昨日ラシャーノと会ったことを話す。
「町の外へ調査ですか。危険はないのでしょうか」
「幽霊王の領地のようなところなら冒険者に頼むが、これから向かうところはそういったところじゃないから大丈夫。これまでも似たような場所に向かって、弱い魔物に追われたくらいだ」
そうなのかと納得したようにアンナリアは頷き、講義が始まる。
アンナリアが帰り、ファオーンは早速馬車の停留所に向かい、東行きの馬車を探し、王都を出発した。




