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剣の新生8


 持っていた木剣を差し出し挨拶するスニール。早人はそれを受け取り、挨拶を返す。


「早人です。よろしくお願いします」


 木剣は片手でも両手でも扱える長さだ。

 早人は大して重くもないそれを片手で持ち、軽く振って振り具合を確認する。

 背負っていた剣をキアターに渡したことで準備が整ったと判断したコードスが口を開く。


「審判は私が行う。両者とも大怪我はさせないよう注意するように。いいな?」


 コードスが進み出て二人に簡単なルールを説明する。

 

「開始は私の腕が下がりきった瞬間からだ」


 そう言いコードスは腕を上げ、三秒ほどして下げる。

 五メートルほど開けて向かい合う早人とスニールは動かない。二人とも相手の出方を窺っていた。

 早人は木剣を片手で持って下げたままで、スニールは正眼に構えている。

 最初に動いたのは早人だ。散歩するかのごとく一歩踏み出して、そのまま歩いて距離を縮める。

 無防備に見える早人だが、対峙するスニールにはどこを攻めたらいいのかわからなかった。どこに打ち込んでも防がれるか避けられる気がしていた。この予想の精度はかなり高いと勘が告げていた。


「はは」


 スニールは小さく笑う。その笑みは意識せずにでたものだ。いつもは挑戦される側だが、ここでの鍛錬は自分が挑戦者だとわかった。剣を一度も交えずとも、実力差がわかる。

 久々に抱く思いとともにスニールが動く。全てを叩き付けても受け止められるであろう人物を前にしてスニールはじっとしていることがもったいなく思えた。


「どんどん行くぞ!」


 ガンッと大きな音を立てて、木剣と木剣がぶつかりあう。スニールがいくら押しても早人は微動だにしない。

 シュパンッと木剣では出せないような音を出して木剣がひらめく。そしてまた木剣同士がぶつかり合う音が響く。

 スニールは防御など考えずに、剣を振る。常人には目にも止まらない連撃が放たれ、そのことごとくが防がれる。

 一度防がれ、二度防がれて、次はどのように攻めようか考えるのがスニールはとても楽しかった。


(次はどう攻める? こっちからいくか? それもこうか? こうだ! これも受け止めるか!?)


 今のスニールの頭には伸び悩んでいたことなど欠片もない。ただただ今を楽しみ全てを出しきることだけが望みだった。

 スニールが心底楽しんでいるのがわかったため早人は受け手に回っている。早人にとってもこの防戦は良い鍛練になった。

 コッズの記憶を元に体を動かし、知識を実現させていく。自分はこういったことができるのだと確認し、経験を積んでいく。

 一秒一秒が糧となり、早人の血肉になっていく。技術値が大きく上がることはないが、確実に早人は成長できていた。

 攻防は五分十分と続いていく。

 誰もがこの手合せに魅入られたようにじっと見つめていた。近寄れば自分たちの命など容易に散る。それがわかっていても美しい演舞に見えた。

 あふれ出る汗をそのままに大きく息を切らせるスニールに対し、早人は汗はにじむ程度で余裕が見て取れる。

 まだまだやれるんだと自身を叱咤しスニールが木剣を振るい、早人が受け止める。

 そして攻防に耐えきれなくなった木剣が砕けて強制的に手合せが終わった。


「いやはや、見事な鍛練であった!」


 コードスがあっぱれと手を叩く。

 コードスも剣を使う者。この一戦は金を払ってでも見るべきものだと考え、自然と拍手をしていた。そしてにこやかにスニールに話しかける。


「スニール。ずいぶんと楽しめたようだな」

「はい。よい経験をさせていただきました。少し前まで足踏みしていた自分が恥ずかしいくらいです。この一戦を用意していただいた王には感謝しきれません」

「礼には及ばぬ。私こそ良いものを見せてもらった」


 ムファダもまた拍手をして、早人とスニールを褒める。

 武人ではない王には攻防の全てがわかったわけではない。だが何度も見ている騎士団の鍛練風景に重ならない、その鍛練が児戯と言えてしまうほどのものということはわかった。


「ハヤトよ。良いものを見せてくれた礼だ。なにか困ったことがあれば城を訪ねてくるがいい、力になろう。ムーランとコードスとスニールもなにかあれば力になってやるように」

「「はっ」」

「俺は助けてもらった礼もあるからな」


 早人はなにかとてつもない礼をもらったような気がしている。

 一国の主の協力などそうそう得られるものではないのだから、その考えは間違いではない。


「そこな者よ。ハヤトたちを外まで送ってやるがいい。ハヤトが望むのならば休憩のため客室を使わせてもよい」

「承知いたしました」


 早人を連れて来た使用人に、ムファダは命じる。

 使用人は早人に声をかけて歩き出す。早人とキアターはムファダたちに一礼し庭から去る。


「ハヤトの実力どう見る?」

「一流と呼んで差し支えないかと」


 ムファダの問いにスニールは断言した。


「能力値技術値ともにその域に達しているとあの手合せで実感いたしました。そして全てを見せてはいないでしょう。結局私が攻めただけですし。彼が攻めに転じていれば、あっさりと私の剣を弾き、刃を首に突きつけていたはずです」

「例えば複数で挑んだとして、彼に勝てるのだろうか?」


 ムファダの疑問に、スニールとコードスは一瞬考えて首を横に振った。勝ち筋がまったく思い浮かばなかった。


「今の騎士団では足止めはできても勝つことはできませんね。訓練を積んだ騎士団でそうなのですから、一般人がいくら群がっても意味はないでしょう」

「スニールの言う通りですな。せめてスニールと同程度の実力者を何人か用意しなければ勝ちは望めないでしょう」

「そこまでか。いやそうでなければ一流とは認められないか。どうにかして我が国に取り込みたいものだが」

「強要は感心できないな、父上」


 悩む様子を見せた父をムーランは止める。


「私もそのつもりはない。一流どころに反感を買い、痛い目を見た話はいくらでもあるのだしな」

「今のところ誰かの下につくつもりはなさそうですからな。誘いをかけても心揺れた様子もなかったのです。無理強いすればさっさとよその国に行ってしまうでしょうね」


 コードスの言葉に皆が頷く。


「あやつの望むものがわかればなぁ」


 早人が望むものは日本への帰還だが、その望みをわかってもムファダたちにはどうしようもない。

 早人に関する情報を集めて、望むものを渡せるよう動こうと決めて、ムファダたちも庭から移動した。


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