剣の新生3
そのままムーンは馬をひいて歩き出す。
護衛たちもそれに合わせて馬から下りて、警戒のためかムーンの前方と後方にわかれて移動する。
「馬に乗って移動してもいいけど?」
「さっきの戦闘で驚いているからな。落ち着かせるためにも少し歩かせる」
「そうなんだ」
「馬のことはあまり知らないみたいだな」
「馬に乗ったことはないから。移動は歩きか馬車だし」
「馬はいいぞう。走って感じられる風は気持ちいいし、馬自体も綺麗だ」
ほうほうと頷きつつ早人は、地球でいうところのバイク乗りみたいな奴だなと思っていた。
「俺はたまに旅するんだ。そのたびに馬には世話になっていてな。相棒みたいなものだな」
「ずっと同じ馬に?」
ムーンは馬をなでつつ、首を横に振る。
「そうしたいのはやまやまだが、寿命の問題や魔物に襲われたりで長く同じ馬には乗れないな。こいつで三代目だ。初めて馬に乗って遠出したのは十五才の頃だったか、それまでずっと町の中でしか暮らしてなかったから、外の世界は新鮮だったな」
初めての旅を思い出しているのか、ムーンは懐かしげな表情だ。
「俺は旅は今回のが初めてだよ。出身地から歩いて王都まで、まだまだ短い旅だ」
無人島で生まれ育ったというわけではないが、この世界に最初に現れた場所ということで出身地はあそこだろうと早人は考えている。なにか思い入れがあるわけでもないので、帰ることはないだろうが。
「旅は楽しいだろ? 見たことがない風景や自分の周囲にはいない人がいる。そういった未知を楽しめるのがいい」
「見たことがないものが多いってのは事実だな。魔物がいなければもっと楽しいんだろう」
「魔物がいなければか、そうだったら本当に旅だけを楽しめそうだ」
ムーンの脳裏にはなにも警戒せずのびのびと馬を走らせる光景が浮かんでいる。風を切り、野を駆け、星空を見ながら寝ころぶ。なににも縛られない自由な時間はとてもすばらしそうだった。
「魔物がいなくなるなんて無理なんだろうがな」
想像は想像として心の中にしまって、現実を認める。
これまでの旅でいくども魔物に襲われ、魔物がいない旅などないとわかりきっているのだ。この世には魔物だけではなく盗賊もいて、安心安全の旅などないことも理解している。
「ま! 魔物がいても楽しいことは楽しいが。ナンパとかな」
「ナンパねぇ。やったことないな」
「一度やってみたらはまるかもしれないぜ? 声かけて酒を飲んで、楽しく話してさようならってな。一回彼氏有りのやつと飲んで、そこに恋人があらわれて一悶着なんてこともあった」
荒れたなーと楽しそうにムーンは笑う。
護衛二人は聞こえている話の内容に苦々しい表情を浮かべていた。
笑うムーンを見て、早人は貴族かもしれないと思った感想を取り消そうかなと思う。早人のイメージする貴族たちと違ったのだ。
「その土地の知る人ぞ知る名物が知れたり、意外な話がぽろりと漏れたりもする」
「知っちゃいけない秘密を知るのは怖いけどね」
「そこらへんはわかる。まずいと思ったときは相手を酔い潰して話したことを忘れさせる。俺自身も聞かなかったことにする」
「酔っても記憶が残る人がいるけど?」
「いるんだろうが、なにかしらのめんどうごとにあったことはないな。おそらく俺が吹聴してまわらなければ向こうも動かないってスタンスなんだろ」
これを聞いて早人は酒は危ないものと心に刻む。酒を飲むときはほどほどにしようと思う。
話は酒のことからほかのことに移る。
森の迷界や冒険者のことなど話題にでず、日本にいたときのように日常的なものが中心だった。ムーン自身の体験談や失敗談、知人の失敗談、最近はまっていることといったことが次から次に話される。
友達とのバカ話を思い出させるような会話が、早人には心地よく感じられる。
この世界にきてトップ3に入るくらいに日本を思い出せるような時間で、穏やかな心情になれた時間だったかもしれない。護衛する男女はともかくムーンへの警戒心はほぼなくなっていた。
ムーンは早人のそんな様子を見て、たいしたことを話したわけでもないのにここまで警戒心が減ったことに内心首を傾げていた。警戒を解くために話したわけではなく、ただ気軽な会話を楽しむために話していたのだ。
話している間に馬が落ち着いたらしく、ムーンは馬に乗る。
軽く走らせるぞと早人に声をかけて、駆け足よりもやや早い程度で走らせる。
闘人の衣を使うまでもない速度で、ムーンの馬に併走する。
数分その速度で走り、問題なさそうだと見たムーンはもっと速度を上げても大丈夫か尋ね、早人は頷く。
さらに速度があがっても平気な顔で走る早人に、ムーンだけではなく護衛している男女も驚きと呆れの視線を向けていた。
一度馬のために休憩を入れ、正午頃に元森の迷界に到着した。
森から少し離れたところで昼食をとった早人たちは、女を馬番に残して森に入る。
明かり魔法を使い、暗めの森をジョーシュたちと移動したルートをなぞっていく。
三度ほど魔物との戦闘で止まったが、あとはスムーズに移動でき大樹の前まで来た。根の邪魔がなければ、安全に歩き回ることができた。
早人の到着に気づいた大樹の精が姿を見せる。
『よく来たな。剣の修復はもう少しで終わるぞ』
「もう少し……具体的にはどれくらい?」
そうさなと大樹の精は視線を空に向けた。
『夕方くらいか』
「わかった」
今日はここで夜を明かしていくかなと早人が考えていると、ムーンが大樹の精に話しかける。
「大樹の精よ。私も尋ねていいだろうか」
大樹の精は承諾し、会話が始まる。
内容は大樹の精を害した者の再確認だったり、ここが解放されて誰か来たかというものだったり、森の内外の脅威に関してだった。
この会話で、ムーンたちを襲っていた大鬼猿はこの森を目指していたのではないかとわかる。迷界から解放されたということは主がいなくなったということ。それを魔物たちも察して新たな主になろうと集まろうとするのは不自然ではないらしい。
話を終えたムーンは礼を言い、聞いたことをメモしていく。
「俺の用事は終わった。そっちは剣の修理が終わってすぐに森をでるのか?」
「森の中で夜を明かすつもりだ。どうせ森を出る頃には日が暮れてるだろうし。ここは安全だろうし」
「そっか、じゃあ俺もそうするかな」
「森の中はさすがに危険です」
護衛の男がムーンの言葉に待ったをかける。
早人の実力があればここでも安全に過ごせるだろうが、ムーンたちでは危ないと判断したのだ。
「危険が及んでもハヤトがいるから大丈夫だろ。それに大樹の精もいるんだ。魔物は近寄らないだろうし、注意すべきは毒を持った虫くらいだろ」
「ちょっとした借りがあるからムーンは守るよ」
「借り?」




