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剣の新生1


 王都に帰ってきた翌日、早人はのんびりと過ごし、一緒にのんびりしようとしたジーフェは道場へと送り出された。キアターは初めて来たこの町の散策に出ている。美味しい物を探すのだと気合いを入れていた。

 食堂でだらだらとしながら早人は今後のスケジュールを考える。お金稼ぎはしばらく考えなくてよくなった。報酬が半年近く働かなくてもいいくらいに入ってきたのだ。


「剣を受け取りに行くのと城に行くかもしれないくらいしかないなー」


 テーブルにうつ伏せになっている早人に、少し時間ができたクラレスが近づく。


「暇そうね」

「暇だねー。まあ今は休憩中だから動かないのが仕事のようなものだけど、今後のスケジュールがなくて」

「なにもないの?」

「二つほどは決まってるんけど、今後の方針になるようなものじゃないし」


 自分と同じようにこっちの世界に来た人を探すにしても情報がなければ動きようがないし、帰る方法も情報がないとどうしようもない。


「なにかやりたいことはないの? どこかの大会に出たいとか、美味しいものを食べたいとかでも」

「やりたいこと自体はあるんだけどね。そっちも行き詰ってるんだ。あちこち足を延ばしてみても、ほしい情報が手に入るのは奇跡に近いかな。クラレスはやりたいこととかあんの?」

「私はね、自分の宿を持ってみたい。まあ、ただの願望で叶う予定はないんだけど」

「この宿を継ぐなら叶うと思うけど」

「ここは兄さんが継ぐから。そのためによその町の大きな宿に勉強に行ってるんだよ。もう二年もせずに帰ってくるんじゃないかな」


 向こうの宿の娘に気に入られて入り婿になれば私にもチャンスが、と期待せずに言う。


「宿を始めようと思ったらお金がどれくらい必要になるのかねぇ」


 おそらくだけとと前置きしてクラレスは調べたことを話す。


「建物の賃貸料と改装費用、領主への許可願いと家具購入とかで最低でも二百万テルスは初期費用に準備しないと駄目かな」


 宿暮らしの一人前の冒険者が一ヶ月に必要とする平均金額が十八万テルスで、一年だと約二百二十万テルス。二百万テルスは決して安くはない金額だ。


「簡単には稼げる額じゃないな。今から貯蓄してどれくらいかかるのか」

「私だと、節約して二十年近くかしら。数字にすると先の長さがよくわかる」


 クラレスもある程度の給料はもらっている。それを全額貯蓄に回せば十年もかからずお金を用意できるが、生活するうえでどうしても必要な物はあるしお金を使わず暮らしていくことは無理だ。

 借金という手もあるだろうが、宿の娘にすぎず、経営のノウハウもおぼつかないクラレスに投資してくれる者はいない。いたらなにか裏がある者だ。

 クラレスの休憩が終わり、話し相手もいなくなった早人は二度寝でもしようかと部屋に戻っていった。

 帰ってきたジーフェは早人を起こさず隣で昼寝して、そのあとに帰ってきたキアターが手を握る感触で早人は目を覚ます。


「おはよう」


 手を握ったままキアターは挨拶してくる。


「おはよ。手を放してほしいんだけど」

「我慢できないの。先のほうだけでも舐めさせて?」

「えー」

「おねがい、ちょっとだけでいいから。ほんの先っぽを一舐めするだけでいいから」

「……仕方ないな」


 一舐めでねだってこなくなるならと溜息を吐いて、手を放してもらい、指を出す。

 キアターは赤い舌を出してペロリと舐めた。舌から体全体へ広がっていく美味をうっとりとして感じる。

 少しだけ魔力が減った感じがした早人は、指をズボンで拭いた。

 ドアがノックされる。早人が立つ前に、キアターが立ちややぼんやりとした表情のままドアを開けた。

 パレアシアがいて、キアターの様子に首を傾げる。


「ハヤトにお客さんなんだけど、熱でもあるの?」

「すごかったから」


 ほうっと熱の篭った吐息とともに答える。

 少しだけきょとんとしたパレアシアはなにかに気づき、口に手を当てて少しにやつく。そのパレアシアがなにか言う前に早人は近づいて話しかける。


「キアターはほっといていいよ。客って誰?」

「兵士」

「ああ、もう来たんだ」


 早人はパレアシアと一緒に宿の入口に向かう。

 そこにいたのは出発前にバスケットを預けた兵士だ。


「お待たせしました。用件は城にいつ向かうかの連絡ですか?」

「はい。それに付け加えまして、迷界解放功労者のお披露目のためパレードを行うことになりました」

「馬車に乗って大通りを移動とかそういった感じで?」

「そうなりますね」

「うわー、そんなの初めて参加する。そこまですること?」

「迷界解放などそうそうあることじゃありませんからね。派手に祝うことくらいしますよ」


 冒険者から見れば稼ぎ場が減るということだが、お偉いさんや一般人からすれば危険な場所が減って喜ばしいことなのだ。

 少し離れたところで作業しつつ聞いていたクラレスも、森の迷界が解放されたと聞いて驚き喜んでいる。王都から近い場所にある危険地帯がなくなったのだから、嬉しがるのも当然だ。


「パレードは事前告知などの準備もあるので少し先になりますね。十日後の朝、迎えに来ますのでここで待っていてください」

「十日後ね、わかった。服とかはいつも通り? それとも武装していた方が?」

「武装でお願いします。城に入る前に預かることになりますので、そこはご了承を。最後にキアターという方にこれを渡してください」


 兵士は持っていた小袋を早人に差し出す。

 早人が出した掌に載せられると、チャリッと小さく金属音がした。


「これは?」

「国からの礼ということらしいです。報告ではキアターという方の魔法のおかげで問題解決できたそうで。それに対して報酬を払うべきだと考えたらしいです。あとはパレードの参加も伝えてほしいと」

「わかった」


 兵士は伝言を終えて、帰っていく。

 話が終わるまで大人しくしていたクラレスが興奮して話しかける。


「パレードだってすごいわね!」

「ほんとすごいことになるんだな」

「人事みたいに言って」

「あまり実感がなー」


 この世界の人間ではない早人にとってどれほどすごいことをしたのかいまいち実感できないのだ。

 コッズも何度か迷界の解放はやっていて珍しさはない。そのためコッズの知識もあてにはならなかった。

 

「もうっ主役の一人がそんな調子でどうするの。お父さんに知らせてこよっと」


 クラレスは忙しくなるかもしれないと小走りに父親の下へ向かう。


「あそこまではしゃぐことなんだな」


 パレアシアが頷く。


「ほかの場所で迷界が解放された知らせを聞いたことあるけど、そこでも大きな祝いの場を設けていたわよ。ここだけ珍しがっているということじゃないわ」

「そうなんだ」

「稼ぎ時でもある。忙しくなるかもしれないわ。名産品を売って売って売りまくって知名度を増やすチャンス!」


 パレアシアはむんっと両腕に力を込めて気合いを入れる。


「そういうことはバイトの考えることじゃないと思うんだけど」

「私の故郷の料理を出すから、この店とは関係ないわよ?」

「いやそこはここの繁盛を考えようよ」


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