向かうは森の迷界13
じっと早人の背にくっついているキアターを見る。その目は光が消えて死んだ魚のようだった。
早人が盗られて、自身の安息の場がなくなるのかと想像し、生気が失せたのだ。
「誰?」
「あ、ある意味お前と同類だ」
そういった目をした人間の絵を見たことはあるが、現実で見たのは初めてで早人は引いた表情で答える。ルルグたちもはやし立てる気にならず、静かに状況を見守っている。
ジーフェは光が消えた目のまま首を傾げる。
「名前はキアター。森で出会った。魔力とかを食べることができるらしく、俺の魔力が美味しくて、匂いもいいんだとか。それで俺についてくると言ってる」
「おかしな人」
「お前が言うな。いやほんとにお前が言うな」
ジーフェは早人の前にぺたんと座り、胸に顔を近づけてスンスンと匂いを嗅ぐ。
「別に汗の匂いくらいしかしない」
「よかったよ。ジーフェまでいい匂いとか言い出してくっついてこないで」
「でもなんか嫌だからどーんっ」
ジーフェは早人のお腹に顔をくっつけてぐりぐりと擦りつける。
それを離すことなく放置して早人はぽつりと漏らす。
「ほんとめんどくさい。子猫でも飼って癒されそうか」
「若者の言うセリフじゃないな」
「でも無理ないな」
早人はくっつかれたまましばらく過ごすことになる。
冒険者たちが体を休めている間に、クラードの護衛だった騎士が馬に乗って森に確認に行き、根が静かだと確認する。その報告を受けて、クラードから帰還指示が出る。その日のうちに帰還準備を整えて、一行は翌朝王都に帰る。
王都に着くと行きに集まった場所で止まる。解散前にクラードが森侵入組の前に立ち、連絡事項を伝える。
「皆の者、ご苦労だった。良い方向に予想しない結果に終わり、喜ばしく思っている。この結果には王もお喜びになるだろう。数日後に城に招くことになるかもしれぬ。その通達を兵がするかもしれないということを覚えていてほしい」
城に招かれるということでどよめきが起こる。
「では解散だ。あっちの兵から報酬を受け取ってから帰るように。報酬は事前に言ってあるものより多くなっている、期待していいぞ」
冒険者たちの嬉しそうな声を背にクラードは城に向かう馬車に乗り込んでいった。
「あれって私も行けるのかな?」
「探索した人だけだろ」
聞いてくるジーフェに早人が答える。
「まあ、そうだよね。だとするとその人も一緒なの?」
指差されたキアターは首を傾げる。
ジーフェは王都に戻ってくるまでキアターと近くで過ごしたが、慣れることはなかった。
ジーフェから歩み寄ることがなかったということも理由だが、キアター側もジーフェを気にするそぶりを見せなかった。
キアターが他人などどうでもいいという性格だからというわけでなく、早人から漏れ出る魔力を堪能するのに夢中だったのだ。
さすがに今は落ち着いている。また魔力を吸いたそうに早人の指をたまに見るが。
「キアターはどうなんだろう? 役立ったのはたしかだけど、雇われた冒険者ってわけじゃないし」
「私は留守番でいいわ。お城が珍しいってわけでもないし」
「何度か故郷にある城に行ったことあんの?」
「ある。解析の魔法を使ってくれと頼まれた」
「便利な魔法なんだなー。あ、俺は報酬受け取ってくる。その間に二人は自己紹介くらいしとけ」
ジョーシュたちがお金を受け取っているところを見て、早人も兵士のところへ向かう。
じっとキアターはジーフェを見る。その視線に押されるようにジーフェはじりっと下がる。
「あなたは美味しくなさそうね」
「……そんな第一印象を言われたのは初めて」
ジーフェはキアターの視線から逃れらないかと思いつつ、小声で答える。
「ごめんなさい。ハヤトがあまりにも美味しかったから。私はキアター・アルカーデ。隣国から来たの。これからよろしく」
「わわわ私はジーフェ」
落ち着きのないジーフェをキアターは不思議そうに見て、続きを待つ。
ジーフェは言い切ったとばかりに胸を撫で下ろしているので続きはない。
数秒静かに時間が過ぎる。
「終わり? あなたも冒険者でいいのよね? いつからやってるの?」
「二十日くらい前」
「駆け出しなのね」
落ち着いた様子でキアターは話しかけていく。昨日は一種の暴走状態にあり、落ち着いていればまともな受け答えはできる。
キアターが刺激しないようゆっくり話しかけていると早人が戻ってくる。
ジーフェはすぐに早人の背に隠れた。
「これから一緒に行動するのに、それでどうする」
「ぅぅ」
「これから慣れてもらえればいい。宿に案内してちょうだい。そこで魔力を」
味を思い出し、またうっとりとした表情になる。
「なんで魔力をあげることになってんのさ」
「くれないの?」
「あげる理由がない」
「ずっとおあずけなんてあんまりよっ。美味しいものが目の前にあれば、誰だって我慢できないのに」
ねえちょうだいとキアターは早人の右腕を抱く。
背にはジーフェが相変わらずくっついていて、はたからみればもてているように見えるだろう。現に近くを通った男の冒険者が羨ましそうに見ていた。
その二人を連れて早人は軽いとは言えない足取りで歩き出す。寄生と食欲が主な考えの二人を仲間にしてよかったといつか思える日がくるのかと考えた。




