向かうは森の迷界12
帰るぞとジョーシュが言い、一行は行きよりもかなり早く森を出る。
根を警戒しなくてよくなったのは皆ありがたそうだった。
シュバスたちはキャンプ地に戻るということで、森を出て別れることになる。
「ここでお別れ」
早人の隣に立つキアターはシュバスたちに言う。
「依頼したことは果たしてもらえたので別れても問題はないのだが、ここで?」
「私は彼についていく。力は予想通りとても美味しかった。一度味わったら離れられない」
基本キアターは表情が乏しかったのだが、早人の味について語るときは頬に赤みがさしてうっとりとしているというシュバスたちも初めて見るような表情だった。
「ああ、そういう理由」
「実家に伝えておいてほしい。しばらくはこっちにいると」
「わかった。ハヤトと言ったね? キアターのことよろしく頼む」
「……いや、よろしくと言われても」
早人はやや迷惑そうな表情だ。
「うん、まあ歓迎できない理由はとても理解できる。だが言って離れるような奴ではないだろう。手助けしてもらった恩があるというのに、面倒事を押し付ける形になったのは本当にすまなく思っている。この借りはいつか必ず返す。困ったことがあればパーニッツ湖そばのシーメイラの町に来てほしい」
やや早口で言ったのは押し付けることに申し訳なさを感じているからだろうか。
頭を下げたシュバスと一緒にセーダとアーナも一礼し、三人は去っていった。
残ったキアターはとてもいい顔で彼らを見送っていた。
◇
キアターを加え拠点に戻った一行はジョーシュ以外、戦いの疲れを癒すためそれぞれのテントに戻っていった。
ジョーシュも正直すぐにでも休みたかったが、報告の義務がありクラードのテントに向かう。
「失礼します」
「戻ってきたか。今日の報告を聞こう」
「いい報告ができますよ」
「ほう」
朗らかに言ってくるジョーシュをクラードは興味深げに見る。
「大樹の精が元に戻りました。これにより根っこが暴れることはなくなったでしょう。しばらく様子を見て、迷界認定を消すことができるのではと思います」
「まことか!?」
さすがにこの報告にはクラードも驚きの声を上げ腰を浮かせた。
良い報告と言っても、大樹の現状が少しわかったくらいだと思っていたのだ。
「詳しく話せ。ああ、口が滑らかになるようにとっておきの酒も出してやる」
「ありがとうございます」
クラードが持ってきていたお気に入りのアップルブランデーを、グラスに注いでジョーシュに手渡す。良い報告を受けたときに飲もうと毎回持ってきていたのだ。
それをクラードはちびりと飲み、口に広がり鼻に抜ける香りを楽しむ。
「さすが貴族が飲むものですな。これまで飲んだことのないような上等な代物です」
「ふふ、だろう? それで大樹についてだが」
「はい。新たな問題が出てくるかもしれないのですが、ひとまずそれは置いといて、大樹から聞いたことそのままを話します」
ジョーシュは言葉通りに、何者かが大樹を害したことを話す。
全て話し、ブランデーを飲みながらクラードの顔を窺う。
「……人災だったか。大樹の精はどのような人間かはわからないと。まあそれは仕方ないか。死体などは持ち帰ったと言ったな?」
「はい。渡すため今ここに」
ジョーシュは足下に置いていた袋を持ち上げる。
「よく持ち帰ってきた。私が預かろう」
「お願いします。俺が持っていてもなんの意味もありませんからね」
「調査の得意な部署に渡すことになるだろう。その先は私も報告を受けるのみだろうな。ところで協力者がいたという話だが」
ジョーシュたちのこと、出身地らしき町の名前、キアターの解析の魔法について話す。
「そういった者と遭遇できたのは運がよかったのだな。それは向こうにとっても同じだろう」
「はい、彼らだけでは大樹の中に入っていた種を砕けたとは思えません」
「目標未達成か、もしくは屍となったか」
シュバスたちだけで戦った場合は、力及ばずシュバスを囮にして森から脱出ということになっていた。
シュバスにとってはセーダとアーナは友人の子供で、キアターは同行条件に護衛も入っていたため、必然的にシュバスが命をかけて三人を逃すしかなかったのだ。
そうならずにすんでよかったと今頃シュバスは思っているだろう。
「今後大樹との付き合いはどうなるのでしょうね。人間によって害をなされ、これまで通りの付き合いができるのか」
「我等がやったことではないとはいえ、人間というくくりで見られるかもしれんな。一度話し合えたらよいのだが」
「以前のような付き合いは無理としても、迷界化継続ということだけは避けたいところですね」
「ああ、そうだな」
問題は残っているとはいえ、目標は果たした。クラードの人生で上位に入るほど、酒が美味い日だった。
◇
テントに入った早人に、当然の顔をしてキアターがついていく。
早人がさっさと武具を外し座ると、その背後に回って大人しくしている。
「今日はもう魔力ないから一緒にいても吸えないぞ」
「そばで香りを堪能しているから気にしないで」
「はははっもてもてだな?」
「かわりますよ? ルルグさん。今ならジーフェもつけます」
「からかってすまん」
自分にはついてはこないとわかってはいるものの、二人にまとわりつかれるところを想像し、真面目に謝る。
「でも見た目はいいから、少しは嬉しいんじゃないのか?」
武具の点検をしつつラレントが聞く。
「……微妙? たしかに可愛いけどね。可愛いんだけどね。やっぱり性格的なものも大事だと思う」
「……ああ、そうだな」
幸せそうな表情で早人の背中に顔をくっつけて体臭を堪能しているキアターを見ると、とても納得できた。
そこに自由時間を得たジーフェがやってくる。
「ハヤトさん、おかえ……り?」




