向かうは森の迷界11
ジョーシュが誰ともなく聞く。
それに反応したのか、大樹から淡い緑の光が放たれて木刀が埋まっている辺りに集まり、人型になる。
肩までの緑の髪に、同じく緑の目。飾り気のない大きな白布を体に巻き付けている男だ。着ているものは、地球でトガと呼ばれる服にとても似ている。
『ありがとう。解放された』
「あんたは大樹の精であってるんだよな?」
ジョーシュの確認に大樹の精は頷く。
「どうしてこんなことになったのか理由を知りたいんだが、話してもらえるだろうか」
『人間の仕業だ。どこから来たのかはわからないが、あやつらは森に入ってきて動物を狩るでもなく、木の実を採るでもなく、私を目指しやってきて種を幹に押し付けた。種はすぐに私に入り込み、私を侵食していった。私の意思は封じ込められて、種が主導権を握った。その種にも明確な自我はなかったのだけどね。種がやったことは自身の守護くらいなものだ』
「そいつらは何者なのだろうか?」
『私に人について聞かれてもね。北東からやってきたとしか。あとは私を観察していたとき、種に一人殺されていたはずだ。そこらに骨や着ていた鎧などが転がっているはずだが』
なんらかのヒントになるだろうとジョーシュは周辺探索を仲間に頼む。
次にシュバスが大樹の精に話しかける。
「願いを聞いてほしいのだが、よいだろうか」
『解放してくれたことには感謝している。だから無茶なことでなければ聞くが』
「以前は大樹の滴というものを分けていただくことができていたと聞いている。私たちはそれを目的にここまで来た。どうか滴をいただけないだろうか」
『……今すぐは無理だ。三日後まで待ってほしい』
「待てばわけていただけるのでしょうか」
『約束しよう』
ありがとうございますとシュバスとセーダとアーナが頭を下げた。
『私は疲れたので眠る。ああ、その前にこの木刀の持ち主』
「俺?」
呼ばれた早人は大樹に近寄る。
『すまないが、この木刀は返せそうにない。このまま私と一体化させてほしい。少々大事なところに刺さっているのでな、抜くと力が削がれてしまう』
「それなら仕方ないですね。それをくれた人も理由があるなら手放すことを納得してくれるはずです」
頑丈で使い勝手が悪くなかったので少し惜しく思うが、抜いたことが原因で枯れでもされたら後味が悪い。
『ありがとう。かわりと言ってはなんだが、背にある剣を修復しよう』
「これ? あなたは鍛冶ができるんですか?」
『鍛冶は無理だな。その剣が言うにはひびが入っているようだな』
「この剣に自我があるんですか?」
コッズの意思でも残っているのかと早人は考える。
大樹の精は首を横に振る。明確な自我はないのだ。
「わずかに意識のようなものがあるだけだ。修復の話に戻すぞ。まずはそのひびに樹液を染み込ませて隙間を埋める。次に樹液と金属を融合させて一つの刃となす』
「そんなことができるんですね」
感心したように早人は大樹の精を見る。
『君たちが使う魔法のようなものだ。初めての試みではあるのだが、少々特殊な剣のようだから、そんな無茶も通る』
「これって高価な剣としか聞いたことがなかったんですが」
『そうなのか? それはいびつであるが継承器と呼ばれるものだよ』
「聞いたことないですね。それにいびつってことは正常なものからは外れているってことかな」
『継承器については私も詳しいことは知らないが、それでもいいなら話すよ?』
お願いしますと早人は頭を下げた。
大樹の精は語る。
継承器とは、大昔の人間が生み出した継承の魔法で生まれた産物だ。人の魂を、その人物が使い慣れた物に注いで融合させた物。
継承器を持つと、魂の持っていた能力値と技術値がいくぶんか減ったものと記憶が使い手に与えられる。
継承器は誰でも使えるわけではなく相性がある。
優れた者の技術や知識を残すため、無理矢理継承器へと融合させていた時代がある。
『私が知っているのはこんなところだ』
「いびつっていう意味がわかった気がします」
『そうなのか?』
「はい。これに魂を宿らせていた人は、継承の魔法を使わずに執念で継承器となっていましたから」
『なるほど、感じられた違和感はそれか』
正しくは継承器とはいえない。執念器とでも言えばいいのか、それが大樹の精にいびつさを感じさせたのだろう。
「修復はすぐに終わります?」
『すぐには無理だ。これも三日後くらいまで時間をもらう。ひとまずの修復はそれでいいだろう。その後数日状態をなじませる必要があるため、実際に使えるようになるのは十日後くらいだ』
「わかりました。剣は幹に立てかけておけばいいのでしょうか?」
『それでいい』
早人は早速剣を鞘ごと幹に立てかける。
すると根が何本も現れて、丁寧に剣に絡まっていく。完全に剣を覆い隠して、根っこの動きが止まる。根に覆われた剣に樹液が注がれているが、外からは見えない。
『これでいいだろう。では私は眠る』
「はい、おやすみなさい」
大樹の精は頷きを返し、その姿を消す。
早人は大樹から離れて、ジョーシュに近寄る。
「目的の物は見つかりました?」
「これだってのはないな。白骨死体自体はいくつか。全部持ち帰ってクラード様に渡してしまおう。そっちはどんなことを話してたんだ?」
「木刀を抜くと力が削られるってことで、あのまま一体化させる。その詫びと壊れている剣の修復って感じでした」
継承器に関しては話さない。
過去に無理矢理魂を注いだことがあると聞いたため、禁じられた技術になっているかもしれないと思ったのだ。
「木刀は取り戻さなくていいのか?」
「無理に取り返すのも気がひけましたし、剣が使えるようになるなら問題はないですね」
「お前がいいなら、周囲がとやかく言うようなことじゃないな」




