無人島4
コッズの覚醒につられるように早人も目を開ける。
外はまだ暗く、月明かりや星明りが届かない洞窟は真っ暗だった。
コッズは人差し指に蝋燭ほどの火をつけて、明かりを確保し、剣を持って外に出る。
(こんなに早くからなにするんだ?)
「素振りだ。能力値は魔物を倒すことで上がるが、技術値は素振りといったトレーニングで上がるんだ」
剣を抜き、以前の動きを思い出しながらゆっくりと剣を振っていく。
話しかけるのも躊躇われるほど真剣に集中するコッズ。
早人はここまで真剣になにかを求める人間を初めて見た。
(プロのスポーツ選手とか演奏家とかも、夢をかなえるため同じくらい努力を積み重ねたんだろうか。すごいな。少なくとも俺はここまで真剣に物事に取り組んだことはない)
素直に応援したくなる、そんなあり方が早人の目に眩しく映った。
じっと見ていても飽きることなく、体に染み込ませるような繰り返しの鍛練が終わるまで静かに眺めていた。
日が昇り、朝の鍛練を終えたコッズは昨日のうちに焼いておいた肉を食べながら、山菜を少しの塩と一緒にゆでて食べる。
食後、のんびりと体を休めながらコッズは口を開く。
「お前の言っている意味が少しわかった」
(ん?)
「お前のこれまでの暮らしぶりを少し夢で見てな。あれが本当ならここはお前にとって危険が多い世界なんだろうな。いきなりこんな場所に放り込まれたら怒るのも無理はない」
(……)
「俺にとっては幸運だったけどな。お前が現れなければあのまま朽ちていっただろう。さて魔物を殺しに行くか」
(……俺にとっては不運だけど、あんたのことは少しは応援したい。そう思っているよ)
「あんがとさん」
昨日よりも少し軽く感じる剣を担いでコッズは洞窟を出る。
残された時間はそう多くはない。時間切れとなるまでにやるべきことはたくさんあった。
体を得てからコッズは魔物退治とトレーニングと食料集めを繰り返す。
着ているものはぼろくなっていき、剣も同じく疲労を蓄積する。
対して肉体はどんどん戦うものへと作り変えられていく。毎日肉体よりも格上の魔物と戦い、自己鍛錬も欠かさなかったおかげで一ヶ月を少しすぎた辺りで一人前の冒険者を超える肉体になった。そこでコッズは魔物退治を減らし、技の完成に重点を置く。
剣を振る表情に焦りは皆無だった。なぜなら完成の糸口をつかんだからだ。
ヒントになったのは漫画だった。頻繁に見る夢の中にバトル漫画があり、それに出てくるキャラクターが使う技がヒントになった。
夜中に飛び起き歓声を上げたコッズを見て、早人は乱心したのかと思った。
事情を聞き、たかが漫画でと早人は思ったのだが、ここは漫画やアニメのような世界だ。地球ではトンデモ理論でもこちらでは合致するものもあったのだ。
そしてそろそろ二ヶ月という日に、コッズはそわそわした様子で洞窟の前に出る。
「今日試してみるぞ」
(ほんとに成功するのかねぇ)
いまだ早人は疑っている。どうしても漫画剣術が参考になるとは思えなかったのだ。
「まあ、見てろ」
そう言うとコッズは軽く動いて体をほぐし始める。
入念に準備体操をして体を温めたコッズは、深呼吸して居合いに近い構えをとる。
居合いとの違いは、剣が鞘から抜いてあること、両手で剣を持っていることだ。
そのまま目を閉じて集中し、体から生じた煙のような少量の魔力が剣に集中していく。そして一分経つとカッと目を開いて、剣を真横に振り抜いた。
「手応えありだ」
会心の笑みを浮かべたコッズの言葉のあとに、五メートルほど先にあった木の幹に深々と切り傷が入った。
(斬撃を飛ばす技だったのか)
「違う。あれは余波だ」
(余波って威力じゃねえぞ、あれ。林の魔物ならほとんど倒せるだろっ)
「今ので感覚は掴んだ。あとは時間切れまでに練り上げるだけだ」
時間切れまではそう遠くはない。半年と言っていたが、コッズが考えていたよりも時間切れは早く迫っていたのだ。それを自覚しているため、今後時間を無駄にする気はない。
(完成じゃないんだな)
「さっきのはほとんど魔力を使っていない。魔力と組み合わせたものこそ俺が目指した完成形だ」
完成すると確信を持てたコッズは上機嫌に食材集めのため林に入る。
コッズの生活は完全に技の練り上げ中心に移行した。魔物を見かけても、食べられなければ無視する。魔物の方もここ二ヶ月で暴れ回った存在に近づく気はないのか、さっさと離れていく姿が何度も見られた。
そんな中で、コッズは今後の話をする。
「以前も言ったが、この島の北にイランテ大陸はある。脱出するならそっちに行け。近いからな」
(いかだでも作って行けと?)
「いや、ここらには確かケルピーがいたはずだ。そいつを脅して海を移動しろ。いかだなんぞ使ったら、海の魔物に沈められる」
(海にも魔物がいるのは当然か。上手く脅せるのか?)
「手順はこうだ。いかだでも丸太でもいいから海に出て、襲いかかってきたケルピーを叩きのめせ。逃げ出そうとしたら背中に乗って行きたい方向に向かせろ。しばらくその状態でいればあっちが諦める」
(力尽くだなぁ)
「魔物を従わせやすくする薬があるらしいが、この島にはそんなものないからな。できる手段を使うしかない」
(北に行ったらなんて国があるんだ?)
「俺が死んでからそれなりの時間が流れているからな。もしかしたら滅んで別の国になっているかもしれんが、存続していたらクアッフ王国という名だ。国土の三分の一を大森林に支配された国だった」
(ほかに特徴は?)
「北部が凍土に覆われている。だが凍土はクアッフだけじゃなく、ベリオーン、トオロートも同じだ」
イランテ大陸にはその三国のほかにベアンという国があり、東西南北にわかれて土地を支配している。
目的地であるクアッフが西、ベアンが南、トオロートが東、ベリオーンが北だ。
(なんとも住みにくそうな国だこと)
「そうでもなかったが。あと海を北に進んだら森が見えるはずだ、そしたら今度は陸地沿いに東へ進め。森には人間は住んでいない」
(魔物だけ?)
「亜人がいる。あまり歓迎されないだろうから、最初から人間の村を目指す方がいいだろうさ」
亜人も人を排除するとまではいかないが、泊めてくれと言っても追い出される程度には排他的だ。
「村についたら商人でも探して、グリフォンの羽を売れば交渉せずともそれなりの金になる。あとはその金で身の回りのものをそろえて自由にすればいい」
(自由ねー)
自由と言われても困る早人。
本当に自由過ぎて、少しでも方針がほしかった。
「なにかしたいことでもないのか?」
(したいことっていうか、帰りたいとは思う)
「ふむ……だったら情報が集まる王都を目指すのもいいかもしれん。俺は知らなかったが、もしかしたら昔にお前のように異世界からやってきたという人間がいるかもしれない。似たような人間がどうなったか調べてみるという感じでいいんじゃないのか」
(……そうしよう。ありがとう)
「礼などいらん。お前さんのおかげで技が完成するんだ、情報料としても安すぎる」
そのまま話は王都のような人の多い場所にいった場合の注意点などに移っていく。
こんな感じで穏やかとも言える日々を過ごし、いよいよ技を完成させる日がやってきた。




