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向かうは森の迷界8


 翌日も早人はジョーシュと一緒に森に向かう。ラレントたちは休みで、昨日森に行かなかった四人が同行している。

 森に入ってからは昨日よりも慎重に進むことになった。強さは昨日の四人の方が上なのだ。

 今日は奥に進むことなく、異変がないか探るために費やす。

 魔物を倒して収入はあったが、調査の進展はない。早人と根っこのことが少し確信に近づいたくらいだ。

 三日目は早人とジョーシュが休みになる。

 特に進展せず、日数が過ぎていき調査終了予定の五日目になる。今日は初日のメンバーで大樹を目指すことが目的だ。


「結局、どうして早人が狙われにくいのかわからないままか」

「ヒントが少ないからねぇ」


 欲しい答えがでなくて若干いらだった感じのジョーシュに、早人が答える。

 異世界人だからという可能性もあるが、そうだと示す情報もないため断言できない。早人の体質や雰囲気が根に嫌われている可能性もあるのだ。

 ジョーシュはパンッと顔を叩いて気分を切り替える。


「行くぞ」


 皆頷き、森に足を踏み入れる。

 周囲を警戒しつつ足早に進む。魔物を見つけるとそれを迂回し避けて、消耗を押さえる。

 そうして進んでいるうちに、一行は誰かが戦っている音を聞く。


「私たち以外にも入ってきている人がいるんですね」


 意外そうに言うタータ。

 ここよりも幽霊王の領地の方が戦いやすいのだ。ここで得られる素材は現状品薄状態なので高めに売れるが、かわりになる物もあるため荒稼ぎできるほどでもない。倒してもお金にならない根の相手もしなければならないのだから、苦労に見合うだけの稼ぎがあるかどうか疑問だ。


「ここに関してなんらかの情報を持っているかもしれないから接触してみるか」


 ジョーシュの提案に、それぞれ頷いた。

 いまだ音が響く方向へと早人たちは進路を変えて、草木を分けて少しばかり進んだところで止まる。


「すごいな」


 思わずジョーシュから感心した声がでる。

 ここにいた冒険者たちの戦いぶりがすごいわけでなく、出てきている根の量が自分たちが相手していたものより多いのだ。その根の量は壁のように感じられるほどだ。隙間の向こうにちらちらと誰かがいるのが見えている。


「感心している場合じゃないでしょ」


 パージアが軽くジョーシュの腕を叩いて、助けようと促す。

 襲われている彼らに断りを入れるまでもなくピンチだとわかるため、ジョーシュは皆に突撃を命じる。

 

「ハヤトは待った」

「おっとと」


 一緒に駆けだそうとした早人は声をかけられ止る。


「お前は俺の肩を踏み台にして根っこを飛び越え、あいつらのそばに行け。おそらくできるだろ?」

「たぶん」


 試したことはないので断言ができない。

 

「駄目そうなら行かなくていいから、一度試すぞ」

「りょーかい」


 ジョーシュは根の攻撃範囲外で止まり、早人に手招きする。

 早人は駆けてジョーシュの手前でジャンプし、肩を踏んでさらに高く飛び上がる。周囲の木々すら越えて飛び上がった早人はおかしなものに侵食された大きな樹を見た。

 すぐに視線を下に戻し、『強人の衣』を発動させる。

 黄色の煙をまとい着地した早人に、根と戦っていた冒険者たちは驚きの視線を向ける。

 それを隙と見た根たちが一斉に動き、早人はこの場にいる人間には捉えきれない速度で木刀を振るって斬り飛ばしていく。

 早人たちの助けで、襲われていた冒険者たちも余裕が生まれ、根を撃退していく。

 五分も戦うと根たちはいなくなった。

 疲れからか座り込む助けた冒険者たち。上は二十五歳ほどで、下は早人と同じくらいの十七歳の四人組だ。その中の一人、魔女のようなとんがり帽子をかぶった長い青髪でマントを着た女が早人をじっと見ている。


「勝手に助けに入ったが邪魔じゃなかったか?」


 ジョーシュの言葉に、一番年上の男が座ったまま首を横に振る。


「邪魔どころか助かった。あのままだったら押し切られていたからな」

「そうか、助けになったのならよかった。んでちいとばかし聞きたいことがある。どうしてあの量の根っこに襲われた?」

「根っこが邪魔だったんでな。炎で脅せないか試したら、逆上させたみたいでな」


 納得したようにジョーシュが頷いた。ここで火を使ってどうなったのか知っているのだ。


「火は駄目だぜ。以前調査隊が同じことをしてひどい被害を受けて逃げ帰った」

「そうなのか」

「今日はもう帰ったらどうだ。疲れてるだろ」

 

 男は首を横に振って立ち上がる。


「いや、あまり時間がないんでな。このまま行かせてもらう」

「なにかこの森に目的でもあったのか?」

「大樹の精に会いたいんだ。ここの大樹の精は自身の木の実をくれたらしいな? その木の実が必要なんだよ」

「それは難しいと思うぞ?」

「実力が足りてないのはわかっている、それでもやらなければならない」


 なにがなんでもやりとげるという男に、ジョーシュは違う違うと手を振る。


「そうじゃなく。いやそれもあるが、なにかに侵されている大樹が正気を保っているとは思えない。木の実なんぞくれないだろう」

「大樹がおかしいらしいってのは聞いている。だから彼女に頼みこんできてもらった」


 男は早人を見たままの青髪の女に視線を向ける。

 ジョーシュもつられてそちらを見る。年の頃は早人と同じくらいか、髪と同じく青い目をしており、その瞳はどこか眠たげにも見えた。白い肌のところどころに紋様のようななにかがはしっている。


「彼女がなんなんだ? 俺たちはこの森の調査を受けた者だ。森のことを知っているなら教えてほしい」

「森のことは知らないが、解析の魔法を使うんだ。どういった状態なのかわかったら、大樹の精を元に戻せるだろうと考えている」

「なるほど、そんな魔法が」


 初めて聞いた魔法でジョーシュは仲間に視線を向けて、聞いたことあるのか無言で問う。

 それに早人も含めて首を横に振った。

 

「秘術らしいから知らなくて当然だ。俺も知り合いから偶然話を聞けて知り合えた」

「急ぐ理由についても聞いてもいいのか?」


 男はちらりと二十才ほどの男女を見る。

 ジョーシュはその二人にクラードと似たような空気を感じる。


「あいつらの父親が病気でな。ゆっくりやってると治療が間に合わなくなる」

「そうか……ところで彼女はなんでうちの奴をじっと見てんだ?」

「それは俺にもわからん。キアター、どうかしたのか?」

「おいしそう」


 誰もが首を傾げた。仲間ですらそうなのだから、彼女がどういう意図でそれを言ったのかわかる者はいない。

 物欲しそうな顔で言われた当人は、意味はわからないなりに一歩下がる。キアターは美人といえるが、発言のせいで不気味さが先に立つ。


「な、なに言ってるんだキアター」

「彼は質の良い力を持ってる。それを食べたい」

「やはり意味がわからん」


 ジョーシュのその言葉に、キアターはもう少し詳しく説明する。

 キアターの一族は魔法研究一筋で、その研究成果に他人の魔力や体力を吸い取るという魔法がある。彼女もその魔法を持っていて、これまでいろいろな魔力や体力を味わってきたが、早人のそれらは匂いだけで美味しいとわかるものだった。

 魔力を吸うという行為を不気味に思われることが多いため普段は隠しているのだが、我慢がきかないほど食欲が刺激された。

 げんに不気味そうな視線でキアターを見ている者はいる。普段ならばそういった視線を気にするそぶりを見せるキアターなのだが、早人から漂ってくる芳香に集中しているためそういった視線に気づいていない。


「一口でいいから、ちょうだい?」


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