向かうは森の迷界7
戦闘がいくども起きる。森で一番強いトレントオーガとも戦いがあり、早人は危うげなく戦いを終えた。
早人ならば一人で動いても大丈夫だとジョーシュは考え、誰かと組むことなく遊撃を命じ、誰かがピンチのときはフォローに回るようにも頼む。
根っこの撃退戦も何度も起きて、一行の進行速度は速くはない。
昼頃になり、ジョーシュは足を止める。
「よしここで休憩だ。あとは来た方向とは別の方向で帰るぞ。俺とハヤトで見張りだ。その間に四人は食事をとってくれ」
ラレントたちはその場に座って、荷物から昼食用のパンを取り出す。
周囲に注意を向けながらジョーシュが早人に話しかける。
「お前さんも腹減っているだろうが、もう少し辛抱してくれ」
「あいよ」
「しっかし強いとは思っていたが、ここまでとは思ってなかったな。ハヤトならこの森でも一人行動できそうだ」
「魔物だけなら大丈夫だって断言するんですけどね。根っこに不意を突かれないとかぎらないんで、どうなんでしょねー。根っこといえば少し疑問なんですけど」
「なんだ?」
「俺んとこにくる根っこがなんでか少ないような気がして」
「そうなのか? 次根っこに襲われたらそこらへん注意して見てみるか」
気のせいではなく、本当に早人狙いの根っこが少ないなら、今後の調査に役立つ情報が得られるかもしれない。
根っこの対処が楽になれば、調査の進み具合も早くなる。少しは期待したいところだった。
四人の食事が終わり、早人たちがパンを食べているときに根っこの襲撃があった。
ジョーシュは早人の周辺に注意しつつ戦い、少ないのかはわからなかったが、根っこの動きがやや鈍い気はした。
この一戦だけでは断定はできず、帰りながら起きた戦闘でもジョーシュは早人周辺の動きを観察し続けた。
森を抜けて一息ついた一行は拠点に戻る。ジョーシュは早人を連れてクラードの下へ向かい、残りは得たものを持って、物資管理担当者の下へ向かった。
「帰ってきたか」
専用のテントでくつろぎ本を読んでいたクラードが、入ってきた二人に顔を向ける。
「報告を受けよう」
「森に変化はありませんでした。これまでと同じく植物系の魔物のみで、根っこも襲いかかってきました」
「変わったところは本当になかったのだな?」
「はい。今日探索したかぎりでは魔物の種類が変わったこともなく」
「そうか」
ある意味予想通りで、クラードは小さく溜息を吐いた。
「収穫もいつもの通りで、物資管理担当のところに持っていかせました」
「ああ」
「と、いつもならここで報告は終わりなのですが」
ジョーシュが続けた言葉に、クラードは意表を突かれてわずかに表情を変化させる。
「なにかあるのか?」
「確定はしていませんが、それでもかまいませんか」
「話せ」
「ハヤトに襲いかかってくる根っこの数が少なかったり、襲いかかるときの動きがわずかに鈍っていたように思えたのです」
「どういうことだ」
「それはわかりません。今日手に入った新しい情報はその二つです」
クラードは早人に視線を向ける。探るような視線に早人は少々居心地の悪さを感じる。
「なにかしたのか?」
「初めて行く場所なので、特別ななにかをしたのかわかりません。本人としてはいつもと変わらないつもりでした」
「ふむ……ほかの者との違いは?」
ジョーシュに顔を向けて聞く。
「一番の違いは強さですね。強さを感じ取って早人への手だしを控えた。そんな可能性があるかもしれませんが、根っこに感情があるのかわかりません」
「感情ではないと仮定しよう。ならばほかに違いはあったかね」
「……ハヤト、なにか出発前に虫よけの薬を使ったり、魔法を使ったりしたか?」
「してないですよ」
ジョーシュも早人がそういったものを使っているところを見ていなかったので、だよなと頷いた。
ちなみに女性陣が虫よけの薬を使っていたが、根っこが嫌がっていた様子はなかった。
「今のところ違いはわからずか。今後の調査時に注意しておいてくれ」
「気のせいだったり、偶然だったりする可能性もありますが」
早人がそう言うと、これまでになかった情報なのできちんと調べておきたいと返事があった。
話し合いが終わり、早人たちはテントを出る。
早人はやることがなくて自由時間を与えられていたジーフェにまとわりつかれ散歩に出る。ついでに魔物がいればジーフェに相手させるつもりだった。森に行くまでにここらの魔物は見ていて、ジーフェにも倒せそうなものはいたのだ。
ジーフェが倒せそうな魔物は二種類。堅めの外皮を持った体長五十センチほどの芋虫ハードワームと普通の鶏よりも三倍ほど大きな灰色鶏グレイチキン。
「散歩ー散歩ー」
戦闘目的とはいえ、早人と一緒の行動なためジーフェは上機嫌に歩く。
森を見てジーフェは早人に振り向く。
「森ってどんなとこだった?」
「雰囲気は大森林とそうかわらなかったね。でも危険度はここの方が上。ジーフェが行ったら魔物の餌になるから絶対入ったら駄目」
「入らないよ、そんなとこ」
ジーフェも自身の実力はわかっているのだ。早人と一緒ならともかく、一人で行く気はまったくない。
ちなみに早人が危険度としてこちらの方が上と言っているが、大森林にもここより危険度の高い場所はある。正確には早人が行ったところよりもこちらの方が上と言った方がよかっただろう。
「それならいいけど。今日はどんなことを手伝ったんだ?」
「皿洗いしたあとは、昼食の下準備で野菜の皮切ってた。そのあとは洗い場用テントの掃除。さぼらずやってたんだから! 褒めていいですぜ」
ほら褒めろ、偉いでしょと胸をはるジーフェ。
「それをやることを対価として連れてきてもらってるんだから威張ることじゃないだろうに」
「なんかいろんな人が話しかけてきて大変だったんだから、少しは褒めてよー」
出発前の騒ぎを見ていた者たちが、ジーフェのことを寂しがりやと判断しかまっていただけだったりする。
一人静かに作業していたいジーフェにとってはその親切心は、ストレスにしかならなかった。
「えらいえらい」
「むふー」
おざなりな言葉と雑に頭を撫でられるといったものでもジーフェは満足そうに笑う。
しばらく歩いていると地面をつついているグレイチキンを見つけ、早人から注意点を聞いたジーフェが挑む。
相手の動きをよく見て慎重にと早人から注意されていたため、攻撃は控えて動きをよく見る。
グレイチキンが地面を移動しているときは蹴りで、飛び跳ねたときは拳で対応していく。
これまでの戦闘経験のおかげで戦い自体に戸惑いはなく、そばに早人がいていざというときは助けてくれることになっているので必要以上にグレイチキンを怖がる必要もなかった。
道場で教わったことを使ってのびのびと戦い、ジーフェは勝利する。
「やった!」
「大丈夫そうだな」
早人はこの戦いを見て、ジーフェの成長を再確認する。かけだし冒険者ということに変わりないが、右も左も知らぬ素人状態からは脱している。精神面さえなんとかすれば、どこぞの集団に属してやっていけるだろう。
ジーフェはそんな感心した早人の様子を見て、ほんの少しだけ自分の力だけでもやれるのかもしれないと思う。だがそれを思い浮かべた自身に心の中で叱咤する。
(なんてことを考えた私っ。そんな考えじゃダメ! 私は自立しないっ。ずっとハヤトさんにくっついていくの。それが安全安心に繋がること。今後もちょっと迷惑かけながらくっついていく)
駄目な方向の宣言を自分自身にして何度も頷くジーフェ。
それを見て早人はなにやってるんだかと不思議そうな視線を向ける。
そのあとも訓練がてらグレイチキンを何匹か狩って、食材として拠点に持って帰る。




