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向かうは森の迷界5


「やっぱりか。ほらっ迷惑だから出てこい。まったく」


 早人が手を伸ばすと素早く動いて腕にしがみつく。そのままジーフェを引っ張り出す。


「うちのが迷惑かけました。ジーフェも謝る!」


 早人が頭を下げると、くっついたままのジーフェも頭を下げた。


「妙に大人しいと思ったら、こんなことを考えてたのか。宿に帰るんだ」

「やだっ。一緒に行くの!」

「わがまま言うんじゃないのっ」

「やだやだ!」


 怪我させない程度に力を込めて引きはがそうとするが、ジーフェも必死にしがみついてくるためはがせない。


「ずいぶん懐かれてるが、そいつは妹か? それにしちゃ似てないが」

「違うよ。幼馴染でもない。出会って何ヶ月もたってないし。変に懐かれて苦労している」

「そうか。離れそうにないが、どうするよ」

「どうするも連れていくことなんてできないでしょ。このまま宿に帰すしかない」


 帰すのではなく、今回の依頼を断り早人も残るという手もあるが、違約金がすごいことになるだろうし、ジーフェのわがままに付き合ってそこまでする気はない。 

 再び引きはがそうとしていると、クラードが合流し、騒ぎに気づいて近づいてくる。


「どうしたんだ」

「こいつの仲間が離れたがらなくて、困っていたところです」


 ジョーシュが簡単に事情を説明する。


「すみません。すぐに帰しますので。ほら離れて」


 早人はパージアとタータに頼んでジーフェの腰を持って引っ張ってもらう。だがジーフェは絶対離すものかとあらんかぎりの力を込める。

 その様子からよほど離れたくないのだとクラードは察する。


「このままだと出発にも不都合が出てくるな。一人くらい増えても問題ないくらいの物資はある。同行を許可しよう」

「こいつ森に入る実力なんてありませんよ?」


 同行と聞いて森の中にまで連れていくことになると思った早人は、慌ててジーフェの実力を説明する。大怪我ではすまなそうなところに連れて行くのはどうかと思えた。


「それなら拠点で雑用をしてもらえばいい。さすがに無駄飯喰らいはさせる気はない」

「よろしいのですか?」


 早人の確認にクラードはしっかりと頷いた。

 それを見たジーフェは泣きそうな顔から満面の笑みへと表情を変えて、早人の腕から離れる。

 早人はそのジーフェの頭を掴んで、頭を下げさせる。思わず掴む指に力が入ってしまうのは仕方のないことか。


「ご迷惑をおかけします」

「今後もその子に付き合っていく君の苦労に比べたらどうってことはない」

「付き合っていかなきゃいけないんでしょうかね」

「君が嫌といっても、絶対離れていかないだろうよ」


 確信した表情でそう言ってクラードは兵士に出発準備が整っているか確認するため離れていった。

 早人は頭痛を感じ、眉間を揉みながら大きく溜息を吐いた。


「宿に使いを頼まないと。行方不明ってことでクラレスあたりが心配する」

「宿にはついて行くことになったってメモを残してきた」

「お前なっ……もういい。ほんとになんであのとき助けちまったんだ」


 肩を落とした早人の背をジョーシュたちが励ますように叩いていく。

 ジーフェは溌剌とした表情で早人にペコリと頭を下げる。


「これからもよろしくお願いしますねっ」

「少しは自重とか覚えてくれるとほんとに助かるんだけどね?」

「へっへっへ、我慢できるところは我慢しますよ旦那」

「ちなみに我慢できるところって?」

「道場に通ったり、美味しくないもの食べたり、銭湯も回数を減らす」


 そう答えたジーフェの肩を、早人は笑みを浮かべて強く掴む。


「そうかそうか、道場を我慢して通うか。なら今後基本を修めても通うよな?」

「うぇっ!?」


 思わず嫌ですと言いそうになったが、笑っている早人から別の感情を察して頷くことしかできなかった。

 今回はわがままを通しすぎたという自覚もあるのだ。さらにわがままを通すのはまずいと勘がうずいた。

 話している二人に、出発するぞと声がかかる。残りの戦闘メンバーもそろったのだ。

 早人は馬車に乗り込み、その隣にジーフェが座り、早人の腕を抱きしめ同行者から顔を隠すように俯いた。

 そんなジーフェの顎に早人は指を当てて、顔を上げさせる。


「なにするのっ」

「あれだけ騒いで今更隠すな。少しくらい話して人に慣れろ」

「その嬢ちゃん人見知りなのか?」


 ルググが顔を隠したそうにしているジーフェを見ながら言う。早人とジーフェがじゃれ合っているようで微笑ましかった。


「ええ、そんな感じです。だから通っている道場でも泊まっている宿でも誰かと話している姿を滅多に見ないですね。この依頼の間、遠慮なく話しかけてやってくださいな。これまで甘やかしすぎたと今回のことで思いましたから、グイグイいってください」

「なんでそんな人見知りになったんだ」

「出身地の人たちが原因ですねー。小さい頃から疎まれてて殴る蹴る? 祖父が死んだあとは村を追いだされたんだとか」

「それは……大変だったな。人を簡単には信じられなくなるわな」


 同情的な視線がジーフェに集まる。


「存分に甘やかしてやれよ」

「甘やかした結果がさっきのあれですよ」


 即答した早人に「あっ」と短く声を上げたジョーシュたち。


「すまん。適度に厳しくてもいいかもしれないな」


 ルググは何とも言えない表情で謝った。自分だったらジーフェをどう扱えばいいのか考えてみて、これだという答えが出なかった。


「子育ては難しいな。うちの子も大きくなったらこんな風に扱いづらくなるのだろうか」

「なんで俺とジーフェのやり取りを見て子育て連想したし。きちんと向き合って適度に愛情を注ぎ適度に叱ってといった具合に接していけば、こんなにはそうそうならないかと」


 こんな呼ばわりされたジーフェは抗議するように抱きしめる力を込めた。

 話しているうちに馬車が動き出す。森の迷界には途中休憩を入れて、翌日の昼過ぎに到着予定だ。

 これだけの長時間一緒にいるなら全て無言で通すわけにもいかず、ジーフェはジョーシュたちと言葉少なに会話をしていた。


 道中ハプニングなどなく、調査隊は予定通りの時刻に以前から使っている拠点に到着する。

 ここから見える森は静かだ。

 戦闘メンバーは周辺の魔物を追い払うために二人から三人にわかれて散らばっていく。

 ジーフェは早人について行こうとしたが、荷運びを手伝うように強く言われて肩を落として兵士や使用人の元へ向かっていった。


「連れて行ってよかったんじゃねえか?」


 そう言うジョーシュに早人は首を横に振る。


「ここらの魔物の強さを把握していない状況で、連れて行く気にはなれませんよ。あの子の実力はまだまだ低い。才はあるらしいんですけどね」

「強くはないと思っていたが、どれくらいなんだ?」

「スケルトンと一対一では勝ちます。でも二対一だと劣勢になりますし、三体くると負けます」

「駆け出しくらいだな」

「そんくらいですね。まだ弱いときに魔物数体に襲われて生き残ったのは本当に運が良かった」

「出会いはそのときか」

「そのときですよ。ちょっと助けて、さよならのつもりだったんですけどねー」


 早人は何者かの足音を捉え、そちらを指差す。

 ジョーシュは表情を引き締めて、斧を両手に持つ。

 警戒する二人がそろそろと近づくと、ネズミをくわえた狐がいた。


「狐か」


 ジョーシュは警戒を解いて斧を下ろし、早人も警戒を解いて初めて生で見る狐を興味深そうに見ている。

 狐は二人に害意がないことを察すると、早人たちの視界の届かない場所へと走り去っていった。



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