向かうは森の迷界3
クラードが話し始めて、早人は静かに聞いていく。
出発は三日後。移動は馬車。滞在期間は五日。食事やテントなどは国が出し、冒険者は魔物と戦う準備をすればいい。報酬は三十万テルス。森で得られたものは国が買い取り。怪我の治療費も国が出す。武具が破損した場合も修繕費は国からでる。
調査隊のトップはクラードで、基本的にクラードの出した命令に従うこと。クラードは森には入らないので、森の中でのまとめ役は参加する冒険者で決めること。参加する冒険者は十名。早人以外は森の迷界に入った経験あり。
クラードの話をまとめるとこうなる。
そして説明のあとに、森に出てくる魔物や毒をもった虫や草、森の環境などが書かれた資料を渡され、それを早人は読む。
「なにか質問は」
資料を読み終えた早人に聞く。
「森の調査にてこずっている理由は、どのようなものなんでしょうか?」
「木だ。魔物ではない、ただの木が根を動かして冒険者の邪魔をするということだ。一度森に入ったら、どこからともなく根が襲いかかってくる。戦闘中も休憩中も襲われて、落ち着いて調査できないのだ。木の葉が不自然に散って視界を遮ることもある」
早人は森の迷界の状況を想像し、調査が進まない理由に納得する。魔物もいるのに、加えて周囲の環境も敵対してくるなら調査が長引くのも当然だと。
「今のところ、根に対する対策はなくてな。調査ついでになにかいい方法がないか考えてほしい」
「なにか思いつけば、いっきに楽になりそうですね」
「ああ、なにか思いつければいいのだが」
駄目だろうなと思いつつ早人は思いついたことを口に出す。
「植物を枯らすような薬をまくというのは?」
「それは避けたいところだな。あそこから得られる資源をなくしては意味がない」
ですよねと早人は納得した。同じ理由で燃やすというのも無理だろうと考える。囮が騒いでいるうちに本命が突っ込むという考えも湧いたが、木の根などどこにでもあるだろうということで、これも駄目だと口に出さず自身で却下した。
それ以上アイデアがでる様子がないのを見て、クラードは話を終えることにする。
「話はここまででいいのかね? そろそろ返事をもらいたいのだが」
「最後にいいでしょうか。命令に従えということですが、死んで来いという無茶なものをだされると困るのですが」
「強い冒険者は国にとって価値のある財産だ。無駄にするような命令を出す気はない。少なくともこれまでの調査で命を賭けろと命じたことはない」
「そうですか……」
特に無茶ぶりされているわけでもないということで、早人は了承する。
「そうか。これを渡しておく」
クラードは一枚のコインをテーブルに置く。
鈍い銀色で大鷹が刻まれている。
「これは出発の日、町の北で待機している兵士に見せることで、調査隊の一員と示すものだ。私が来ていれば必要ないものだが、いなければ使うといい」
「それ以外には特に意味のないものですか?」
「貴族や城勤めの一般人以外が城に入るときにも渡されるものだ。今回は城に入ることはないから、身分証明以外に必要のないものだな」
早人はコインをポケットに入れ、使用人が置いていたお茶を飲む。
「話はこれで終わりだ。あとは食堂で食事だったか。城の料理人は腕がいいから、楽しんでくるといい」
「そうさせていただきます」
早人は立ち上がり、ここまで案内してくれた兵士に連れられて食堂に向かう。
今日のメニューが書かれた黒板を見ながら、ジーフェからお土産を頼まれていたことを思い出す。ちょうど持ち帰れそうなものがあったため、大丈夫か兵士に聞く。
「わかりませんね。聞いてみましょう」
「お願いします」
兵士はキッチン入口から声をかけて、持ち帰りできるか聞いてみる。
普通ならば断わるところだが、滅多に城に入ってこれない者の希望ということで特別に許可が出た。
二十分ほどで、冷めても美味しい料理がバスケットに入れられて、早人に渡される。蓋を開けて中を覗くと美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。
「ありがとうございます。料理人にも礼を伝えておいてください」
「わかった。そのバスケットは三日後の出発のときに兵士に渡してくれればいい」
頷いた早人は兵士に連れられて貴族街入口まで移動する。
そこで再度礼を言って早人は日が暮れた道を歩いて宿に帰る。ジーフェの部屋をノックすると、小走りの足音がしてすぐに開く。
「おかえり!」
「頼まれてたお土産だ」
持っていたバスケットを持ち上げて軽く揺らす。
「おーっほんとにお土産があるとは」
「俺まだ夕飯食べてないから食堂で食べるぞ」
「はーい」
注文するときに、クラレスたちがバスケットに興味を示す。
早人が少し食べるか聞くと、うんうんと頷く。
皆が選びやすいようにテーブルに中身が広げられる。薄く切ったバゲットにいろいろとのったカナッペ、一口サイズのミートパイ、一口サイズのサンドイッチが並ぶ。
ジーフェたちはどれを食べようか真剣に悩み始める。
「悩むのもいいけど、注文をキッチンに伝えてきてくれ」
「あ、ごめんね! 急いで行ってくる」
パタパタと小走りでキッチンに向かい、早人の注文を伝え、すぐに戻ってくる。
「ジーフェちゃんはどれを選ぶの?」
「……最初はこれ」
小声ながらも生ハムとクリームチーズのカナッペを一つ選ぶ。
反応があったことを嬉しそうに笑ってクラレスは自分が食べたい物を手に取る。
「美味しそうね。じゃあ私はこの一口パイかな」
「私もいいかしら?」
早人の了承を得てパレアシアもカナッペを一つとった。
三人一緒に口に放り込み咀嚼して、ジーフェとクラレスはとろけた表情を見せる。ジーフェの口の中では生ハムとクリームチーズがどちらも主張しすぎることなくバランスのよい組み合わせとなっていた。クラレスの食べたミートパイもバターの香りのあとに、肉の旨味が口いっぱいに広がる。
パレアシアはほうほうと頷くだけだ。
早人も卵サンドを口に運ぶ。いつだかコンビニで食べた卵サンドとは違ったできだった。わずかにピリッとしているのはからしだろう。そのおかげで味が引き締まっているようだった。材料からしてこちらの方が上なのかもしれないが、丁寧な仕事がされているということも美味しさの秘訣なのだろう。
「はあぁ美味しいぃ」
「卵サンドも美味かった。ほかのも期待できるな」
ジーフェたちの表情を見ればどれを選んでも美味しいということは確定している、早人はジャムとチーズのカナッペを掴んで食べる。マーマレードの爽やかな酸味とチーズの濃厚さの相性が抜群だった。日本のレストランで食べたものと負けず劣らずの味が口の中に広がって、素直に感動する。
料理を作っている母にも食べさせたいと、クラレスは早人に頼んで一つもらいキッチンに入っていった。
これがきっかけで高みを知ったクラレスの母は奮起し、料理の腕を上げることになるのは少し先のことだ。
「パレアシアはけっこう美味しいもの食べなれてる感じ?」
早人が大きく感情を見せなかったパレアシアに聞く。感動よりは感心といった様子に見えたのだ。
「ええ、あちこち行くと様々な味にめぐり合うからね。これは上位に位置するけど、一番ではないかな」
「へー、これ以上があるのか。俺もいつか食べてみたいね」
どこでどういったものを食べたのか聞いているうちに注文した料理も届いた。




