向かうは森の迷界2
気落ちした様子のない早人が宿に戻ると、流れでた汗を手でぬぐっているジーフェが建物の影で休憩していた。
早人は布を水で濡らし、ジーフェに渡す。
「きもちー。へっへっへ、これを生きがいに生きてるー」
早人にまたアホなこと言っているという目で見られつつ、ジーフェは緩んだ表情で顔や首をふいていく。
「道場に行って来て、ジーフェのことを聞いてきたんだ」
「私に興味が!? これはもう捨てられることはないね!」
「そういった話じゃなくて」
早人は身を乗り出してきたジーフェの頭を押さえて、元の位置に戻す。こういったところを見ると、やはり犬のように思える。思わずわしゃわしゃとジーフェの髪を撫でると、嬉しそうに笑った。
「道場で新しいことを教わるとき、何度か動作を繰り返しているとすぐに自分にあった動きをするようになる。そんな話を聞いたんだ。それが知っていることを思い出しているように思えるとバッフォが言っていた。なにか心当たりはある?」
「なにそれ」
なにを言われたのかわからず、きょとんとして聞き返す。
本当に予想外のことを聞かれたようでジーフェは不思議そうな顔をしており、その様子からは嘘をついている様子はなかった。
「自覚なしなのか。格闘術は習ったことないんだよな?」
「ないよ」
「だったら才能だけでやってるのか。すごいな」
「えへへ、私すごい? やったね! 今なら無料で優秀な私が買えるよ! どうだい旦那、お買い得だ。げへへ」
「間に合ってる」
なにを褒められたのかわからないが、とにかくいいことだとジーフェは喜ぶ様子を見せる。
「実際やってることはすごいからな。時間をかけてやることを短時間でやれてるわけだし」
早人で言えばコッズのものとして覚えている戦技を、一時間の鍛練で自分の扱いやすいように調整してしまうということだ。
早人はそれをやれていない。その時点で才としてはジーフェに劣る。
自身はコッズの能力と技術を継いだだけの凡才とわかっているため、ジーフェに嫉妬など起きなかった。むしろその力を持っている早人は嫉妬される側だろう。
「ほら汗をきちんとふいて着替えておいで」
「はーい」
こういう返事は素直なんだからと小さく溜息を吐く早人。
普段着に着替えてきたジーフェと宿を出て、昼はなにを食べるか話しつつ歩く。
肉の焼ける音や匂い、揚げ物の音、甘味の匂い。それらが周辺の屋台から漂ってきてすきっ腹を刺激する。
「昼は屋台でいいな」
「うん」
さてなにを選ぼうかと二人は今日は屋台を見回し、串焼き肉とフライドポテトと魔法で冷やされたトマトを選ぶ。
買ったものを手に空いているベンチ座り、二人はまずは串焼き肉にぱくりと食いつく。
ほどよく柔らかな肉を噛めばスパイス混じりの肉汁が口の中に広がり、ちょうどよい塩気のポテトも肉に合う。それらをくどく思えば甘さと酸味のトマトが口の中をリセットしてくれる。
味としてはジャンクフードの域を超えない。だがたまに食べたくなる味で、食後の満足感は十分なものだった。
それらを食べ終わり、シャーベットが気になったジーフェが二つ買ってきて、一つを早人に渡す。
早人の隣に座ったジーフェが、オレンジシャーベットを口に含んで嬉しそうに足をパタパタと動かす。その様子を見て早人も一口、思わず笑みがこぼれる。
「美味しいねっ」
「そうだなー」
「少し前まではこうして甘いものを楽しめるなんて思ってもなかった!」
「今後も無理しない程度に稼いでいけば、いつまでも楽しめるだろうさ」
食後のデザートも楽しんだ二人は散歩して、屋台などで売っているものを覗き、消耗品などを購入して宿に戻る。
部屋に戻ろうとしたときクラレスに声をかけられた。
「お客さんが来てたわよ」
「名前は言ってた?」
「名前は聞いてないわね。男の兵士だったわ。三十才過ぎくらいかしら」
「知り合いってわけじゃないな。今はもう帰った?」
「ええ。夕方前にまた来るってさ」
ありがとうと言って早人は部屋に戻り、ついてきたジーフェに簡単な魔法の講義を始める。
使えたら便利なのでジーフェも真剣に聞き、練習を繰り返していく。
そうして夕日が部屋を照らし、早人はそろそろ兵士が来るだろうと食堂に移動する。ジーフェもついて行った。
今晩の夕食について話していると、パレアシアに連れられて兵士が食堂に入ってくる。パレアシアが早人を指差すと、礼を言う仕草を見せて離れる。
「失礼。数日前、巨大なシャドーマンを倒した青年だろうか」
「ええ、そうですよ」
早人が肯定すると兵士はほっとしたように薄く笑みを見せる。
「私は見てのとおり国に仕える兵士です。あなたに国からの依頼があり、こうして探させてもらいました。ひとまずは話を聞くだけでいいので同行願えないでしょうか」
「かまいませんけど、どこに?」
「お城ですね。食堂で夕食も食べられるよう手配されています」
「ということは帰りが遅くなるってことですかね?」
「今日は顔合わせと簡単な説明と聞いてますから、遅くなることはないかと」
「そうですか……そんなわけで行ってくる」
特に断る理由もないため、ジーフェにそう言って立ち上がる。
「なにかお土産お願いしまーす」
期待せず待ってろとジーフェに答えて、パレアシアにジーフェのことを頼んで兵士と一緒に宿を出る。小さくジーフェの悲鳴が聞こえてきたがいつものことなので早人は気にしなかった。
しばし歩いて城に着く。
早人は観光で日本の城に入ったことはあるが、海外のものには入ったことはなく、一度立ち止まって見上げる。
「どうしました?」
「城に入ることはおろか、近づくことも初めてなんで、ちょっと見てました」
「わりとありふれた形状の城ですが、堅牢さや厳かさは感じさせますよね。よその大陸には真っ白で綺麗な城があるという話です。一度くらいは見てみたいものですね」
一分ほど見物を続けて、兵に案内を頼む。
正門から入り、通路をいくつか曲がり、とある扉の前で止まる。
「ここに説明などをする方がいらっしゃいます」
そう言って兵は扉を開ける。
ここは会議に使われる場所で、中には三人の人がいた。
一人は四十才過ぎの男、もう一人は三十過ぎの男、最後に使用人の女だ。
「案内してきました」
「ご苦労」
四十才ほどの男は兵士に労りの言葉を向けたあと、早人に顔を向ける。
「来てくれてありがとう。私は王都と王都周辺警備に関連したことの長をやっている。名前はセデネ・スラート。君の名前を聞かせてくれるだろうか」
「ええーと、私は早人。早人・蔵守と言います」
「ハヤト・クラモリ殿か。こっちはクラード・ファーダラーズ。王都の北にある森の迷界に関する仕事をしている者だ」
「よろしく」
声をかけてくるクラードに早人は軽く頭を下げる。
「クラード、様がここにいるということは依頼は森の迷界に関することですか?」
クラードさんと言いそうになって一瞬つまる。
「その通りだ」
セデネが頷き肯定する。
「あれのことをどのくらい知っているかね?」
「斡旋所で手に入る情報くらいしか。数年前にできて、調査が進んでいない。こんな感じです」
一日で行ける距離でもないため、王都に滞在している間は行くこともないだろうと軽く調べるだけですませていたのだ。
「うむ。それであっている。その調査はたびたび行っていてな。近々何度目かの調査隊が出される。それに君も加わってほしいのだ」
「どうして私なんでしょう?」
「先日、幽霊王の領地で起きたことの報告を受けてな。そのときに君の活躍も聞いたのだよ。それだけの強さがあるなら、森の迷界でも活動できると考えたのだ。それでどうかね、この依頼受けてくれるか」
「いろいろと条件を聞いたあとで返答したいのですが」
わかったと頷いたセデネはクラードにあとの話を任せて、ほかの仕事のため部屋から出ていく。
「では説明を始める。まず出発日だが」




