向かうは森の迷界1
巨大シャドーマンを倒して五日が過ぎ、早人はこれまでと変わらない生活をしていた。
道場の者たちに慣れる様子のないジーフェを送り届け、迷界に行って戦技の鍛練と稼ぎを行い、帰ってきてジーフェにまとわりつかれる。
そんな感じで五日目になり、朝食後にストレスの溜まったジーフェが癇癪を起した。
「毎日毎日知らない人と接するのは嫌です! 今日はハヤトさんから離れないからね!」
袖を両手で掴んでくるジーフェに早人は呆れたような視線を向けた。
「知らない人って間柄でもないだろうに、まあ人見知りが我慢した方なのかね? 今日は休むといいさ。ただし自己鍛錬はするように」
「いいの!?」
「休息も必要だろうし」
休暇が当たり前のようにあった国出身なので、早人も休みなしで鍛錬しろとは言わない。
「やった! 休息は大事だから、これからは一日置きに休みます」
「アホ」
ジーフェの額を軽くでこぴんする早人。
軽い衝撃のみで痛みはそれほどでもなく、ジーフェはそこを擦りながら構われることが嬉しく笑みを浮かべた。
「あたっ。調子に乗りました。すみません。それでハヤトさんは今日も迷界に行くの?」
「今日は細々とした用事をすませる。道場にも行くけど、ついてくんの?」
ジーフェは短く呻く。離れたくはないが休むと決めた日にまで道場には行きたくないのだ。
「宿で大人しくしてます」
「用事は昼頃に終わるだろうから、一緒に昼を食べるか?」
肩を落とし気落ちした様子が少々哀れに思えて、誘うとジーフェはパッと表情を輝かせる。
「自己鍛錬して時間潰してます!」
上機嫌に部屋に戻っていくジーフェ。それを早人は呆れたように見送った。
食器を片づけるためにクラレスが早人たちのテーブルに近づいてくる。
「ジーフェちゃんは今日もころころと表情が変わってたわね。私も仲良くなりたいんだけど」
「俺の前だといろんな感情を見せるんだけどねぇ。クラレスには相変わらず、そんなことないの?」
「そうね。少しの怯えと薄い感情が私にとってのよく見るジーフェちゃんね。あとはパレアシアさんにかまわれて逃げていくところ」
「俺の前じゃ薄い感情ってのは見せたことないな」
「それだけ心許してるってことよ」
「心許しすぎてうざくもあるんだけどさ。少しは俺以外にも心開けばもっと楽しくすごせるだろうに」
事情が事情だけに簡単にはいかないかと首を横に振る。
未熟な精神を傷つけられ、頼りになる祖父も死に、新たに頼れる相手を見つけられたのは奇跡に近い。
早人もそこは理解しているため、ジーフェへの対応が少しは甘くなってしまう。
頼る相手がいないというのは早人も同じで、似た境遇に同情してしまっているというのも理由なのだろう。ほかに早人自身に自覚があるかわからないが、ジーフェならば自分から離れていかないという安心感もある。共依存に近い状態といえるかもしれない。
「ちなみにパレアシアさんには心開いていると思う?」
「私よりは心開いているかなー。上手く感情を引き出されているとも言えるんだろうけど。私が同じことをやったら嫌われるだけね。パレアシアさんそこらへんの機微がすごいわ」
よく気が付き、客の嫌なことをせず、パレアシアが来てから宿の雰囲気が良くなっている。
今後もぜひ宿で働いてほしい人材だとクラレスは家族と話している。
「パレアシアさんで人に慣れて少しずつほかの人とのコミュニケーションをとれるようになることを期待しよう。それまであの子の相手面倒だろうけど、頼みます」
クラレスに小さく頭を下げる。
「任せておいて。懐かない猫を相手しているようで楽しく思ってるから」
「クラレスは猫か。俺は犬のように思えてた」
どちらにしろペット枠のように感じているということか。
クラレスは早人に接するジーフェの様子を見て、犬ということに納得する様子を見せた。
食器を持ったクラレスがテーブルから離れて少しして、武具をまとったジーフェがやってくる。
「手を抜かず頑張れよ」
「手を抜くなんてありえないもん。早く基本を修めればそれだけ道場に通う期間が減るってことだし」
「基本を習得したあとは通う気がまったくないな」
「うん!」
力強く頷いたジーフェに、早人は呆れた視線を向ける。
この調子だと道場の者たちに心を開くようになるのはいつになるのかわからなかった。ずっと王都で暮らすわけではないことを考えると、そのときがくることがない可能性もあった。
宿を出た早人はまずは道場に向かう。
「おはようございます」
指導員に声をかける。これまでの付き合いでバッフォという名前だとわかっている。
「おはよう。ジーフェちゃんはどうした? 病気か怪我か」
「たまには休みをってことで、宿にいますよ」
「そっか。病気などじゃなくてよかった」
安堵する様子からはジーフェに好意的なのがわかる。
「ジーフェの様子はどうですか?」
「真剣だから鍛練は順調に進んでいるな。才もある。技術値は一ヶ月もせずに50を超えるんじゃないかと考えている」
「真剣なのはわかるけど、その理由がなぁ。皆に打ち解けた様子はありませんか」
バッフォは首を横に振る。
「残念ながらな。休憩中も一人離れてしまって話す機会がない。強引に接すればさらに離れていくかもしれないと、コミュニケーションを控えてるせいでもあるんだろうが。お前さんはどうやって好かれたんだ?」
「魔物に襲われているところを助けた。あとはくっつかれて、渋々とあれこれ世話を焼いた。こんな感じで、誰だってやりそうなことですよ」
「誰だってやれるかもしれんが、実際にやったのはお前さんだ。命を助けられたなら、懐くのは納得できるな。そこまでしないと懐かれないのだとしたら、あの態度もわかる」
頷いたバッフォは気長にやるしかないのだろうと結論を出す。
ジーフェ自身が気長にやる気がないため、その結論は意味がないのかもしれないのだが。
「態度以外に気になる部分もあってな」
「なんです?」
「ジーフェちゃんに新しいことを教えると、覚えるんじゃなく思い出しているんじゃないかって感じがしてな」
「格闘術は初めてだって言ってましたよ。あの子が嘘ついたってことでしょうか?」
そんな様子はなかったようなと早人は首を傾げた。
「動きを見れば嘘じゃないのはわかる。だが動きを繰り返していると、誰に教えられることもなく自身にあった動きを見せる。そしてその後はそれを繰り返し練習するようになる」
「一度だけじゃなく、何度かそんなことをしてんの?」
「ああ、だから思い出しているのかと思ったんだ」
「なんででしょうね」
あとで本人に聞いてみることにして、早人は道場を後にする。
次は旅鳥の枝とファオーンの家に行き、新たな情報が入っていたか尋ねる。予想通りと言っていいのか、情報はなかった。収穫がないことを当然と思い始めた自分が少しだけ嫌だった。




