無人島3
(よくわからない状況になったんだけど)
「成功だ。しばらく使わせてもらうぞ。というか思った以上に貧弱で驚きなんだが」
(これでも一応は平均的だったんだぞ)
「現代の人間の質が落ちたのか?」
早人と会話をしながら剣から流れ込んだ魂は、体の確認を始める。
以前は軽々と振っていた剣が重いことが新鮮であり、違和感もあった。
体を動かす剣の魂に早人は話しかける。
(あんたの名前はなんて言うんだ? 俺は早人だ)
「俺はコッズ・ブルンス。名の知れた剣士だった」
(コッズと呼ばせてもらうぞ。コッズは俺の体を使ってなにをやりたいんだ?)
「技を完成させたかった。生涯最高になるはずだった技を。あと一歩のところまで来ていたんだ、その一歩が果てしなく遠かった。そして完成させる前に病死だ」
話しながらコッズは洞窟入口へと歩く。
気配など隠していないため、当然グリフォンは気づき立ち上がる。
(突破できるのか?)
「まあ見とけ、豪剣帝の字名は伊達じゃない」
重そうに剣を肩に担ぐ姿からは不安しか感じ取れない。だがまとう雰囲気は強者で、早人は自分の体なのにどこかたくましく見えた。
グリフォンも雰囲気の違いを感じ取り、不思議そうな感情を目に宿す。
「この魔力だとやれて闘人の衣くらいか?」
(なんだそれ)
「自己強化の戦技だ」
コッズが体全体に力をいれると、にじみでるように湯気のようなものが出てきた。
これはコッズが言ったように物理戦闘を主とする者が使う、身体能力強化法だ。筋力と速さと頑丈さが上がる。闘人の衣の上にまだ三つ段階があり、コッズが生きていたときは最上位の闘神の衣を使えていた。
いくぶんか軽くなった剣を両手で持ち、グリフォンへと近づく。
グリフォンは獲物がわざわざ食べられに来たと、勢いよく嘴を伸ばす。
コッズは笑みを浮かべていた。生きていた頃は雑魚といってもいい相手だ。しかしこの体では苦戦が予想される。それでも久々の戦闘は楽しみだった。
ただ剣を振るだけでは筋力が足りずグリフォンを傷つけることができない。ならば技量で斬ればいい。以前の動きを思い出し、呼吸も合わせて剣を振るう。
コッズからすれば貧相な体から繰り出された斬撃は、現状でも確実にダメージを与えることのできる目を斬り裂いた。
右目から血を流し、のけぞり痛みに悲鳴を上げたグリフォン。
目の前にさらされた喉に、コッズは渾身の突きを放つ。そしてすぐさま剣から手を離して下がる。そのまま洞窟入口近くまで退いた。
濁った叫び声を上げたグリフォンは剣を抜こうと暴れまわるが、結局抜けることはなく死んだ。
その様子を洞窟の中から見たコッズは疲れたようにその場に座り込む。実際疲れていた。
早人の目には余裕をもって倒したように見えたが、グリフォンの動きを見逃さないようとても集中していたのだ。
「これで少しはましになるか」
拳を握ったり開いたりして動きや握力を確かめる。
(なにがましになるんだ?)
「能力値だよ。グリフォンを倒したことで能力値が上がる。この体にとっては格上の存在だ、百は到底無理だろうが三十程度は上がってるはずだ。角塔がないから確認できないのがめんどうだが」
(能力値とか角塔とかなんなんだ)
ゲームみたいなことを言うコッズに早人は不思議そうに聞く。
ゲームみたいというのは当たりで、この世界では人の能力は数値で表されるのだ。
世界運営がシステム的なため、その影響が世界に暮らす生物にも及んでいた。
能力値は体力、魔力、筋力、速さ、器用、頑丈、精神の七つの項目がある。
一般成人男性の能力値は体力200、魔力100、残り五つそれぞれ30だ。
早人はそれから一割二割引いた能力値だった。
ちなみにコッズの生前の能力は、体力が2200、魔力450で、残り五つを平均して380となる。
これは一流と呼ばれる冒険者たちを大きく超える数値だった。
技術もまた数値で表されており、上限が500で、一人前と呼ばれる基準は100辺りになる。技術値が150もあれば熟練したとみなされて店を持つこともできる。
コッズの剣の技術値は前人未踏の400超え。神域に到達していた。超一流と呼ばれる者たちの技術値が330なのをみれば、コッズがどれだけ並外れていたかわかるだろう。
その技術値が全盛期ほどではないが、高い数値で現状でも使えていて、そのおかげでグリフォンを倒すことができた。
一流と呼ばれる者はどの時代でも一大陸に片手で数えられる程度にしか存在せず、その中にあってコッズが飛び抜けた存在であったことは間違いない。
「能力値と技術値はこんなところだ。角塔ってところは近づくことで、これらを見ることができる場所だ。大きな町には大抵ある、というか角塔が立っているところに町が作られるんだが」
(角塔の役割はわかった。角塔自体はどんなものなんだ? 中に入ったらなにがある?)
「それは多くの学者が解き明かしたい謎だろうよ。なにせ角塔には入れない。入口がどこにもない。壊して中に入ろうとしても魔法的なもので守られていて、塔に触れることすらできない。答えを知っているとしたら神ぐらいだろうさ」
(へー、ところで動かないのか?)
「もう少し待つ。グリフォンを狙ってほかの魔物が近くまで来ているかもしれん。安全が確認できたら、食料探しのついでに魔物と戦って能力値上げだ」
今の体では未完成の技をふるうことすらできない。せめて一人前の冒険者と同じ能力値がほしかった。幸いといっていいのか、この体は鍛えられていないため雑魚を倒しても能力値が楽に上がるのが助かる。
休憩がてら十五分ほど周囲の警戒をして、問題ないと判断したコッズは剣を回収して、ついでにグリフォンの羽もむしりとって洞窟に放り込んだ。
この軟弱な体では、地面に寝転がっての休憩だと疲れが十分にとれないと考え、敷布団代わりにするつもりだ。
周囲の気配を探りながら、薪になる枯れ枝、野苺のようなもの、食べられるキノコ、山菜、投石で狩ったネズミのようなものを集めて、袋に入れていく。
ひとまず二日は食べるのに困らないだけのものを集めて、本格的に魔物を探す。
探せばそれなりに見つかるもので、角を持つツチノコ、陸上を移動する大きなオタマジャクシ、大きく膨らみ風をぶつけてくる鳥、鼻先が硬くとがった豚といったものがいた。
以前ならば無視していた雑魚だが、現状では貴重な糧だ。全て切り殺して食べられるものは回収する。
体感的に上がった能力値は微々たるものだろうが、コッズは満足そうにしていた。
魔物を倒すその鮮やかな手並みに、コッズの強さを再確認する形となった早人は感嘆の声しかでなかった。
「そろそろ帰るか」
見つけた小川で食糧を洗いながらコッズが言う。
(まだ明るいけど)
「日が傾き始めている。すぐに暗くなる」
そう言われて早人は影の位置などを確認し、コッズの言うことに納得して頷いた。
洞窟に戻ると、グリフォンの死体をあさって、魔物たちが群がっていた。すでに残り四分の一といった感じで、十五分ほど待てば骨のみになるだろう。
コッズは強そうな魔物に狙いをつけて、食べ終わるところを待つ。
そして大きな口と牙を持つ大蛇が満足そうに離れていこうとしたところに接近し、首を斬り落とした。
群がっていた魔物たちは自分ではかなわない存在に驚き駆け去っていく。
コッズは残った蛇の死体を藪の向こうへと投げて洞窟に入る。
ネズミの皮を剥いで、食べられない部分は少し離れた位置に置いた皿にのせておく。
枯れ枝を組んで、指差し。燃えろと言葉を紡ぐ。
途端にボウッと火がついて、暗い洞窟の中を照らした。
(魔法?)
早人は特に驚かず尋ねる。
蛙やグリフォンやコッズのことに比べたら魔法程度では驚くに値しなかったのだ。
「そうだ。俺は戦技ばっかり鍛えたから、こんな小さな火を出したり、水を出したりくらいしかできないけどな」
答えつつ先をとがらせた枝にネズミ肉やキノコを突き刺し、塩を振って遠火で焼く。
(魔法はどうやって使うんだ?)
「詳しいことは知らんぞ? 魔力を体外に放出して、その魔力に起こしたい現象のイメージを乗せる。簡単に言えばこんな感じだ」
(魔法の名前とか、詠唱とかはなしで使えるのかー)
「そういったことはイメージを固めるためにやることだ。しっかりとしたイメージを魔力に乗せられるなら言葉は最小限でいい」
(無言だと使えないってこと?)
「ああ、どんなに優れた魔法使いでも一言でも言葉は必要だ」
(へー。じゃあ戦技はどういった感じで使うんだ?)
「戦技も魔法も似たようなものだ。発動にイメージと魔力を必要とする。両者に違いはほとんどないな。使い手が戦士か魔法使いかってだけだ」
戦士は接近戦を主とするが、魔力の斬撃を飛ばして遠くにいる敵を攻撃することもできる。魔法使いも魔力の刃を手に出現させて接近戦をこなすこともある。
闘人の衣といった自己強化を使って戦うのが戦士、省略と多重と連結といった魔法技術を使って戦うのが魔法使い。両者をわけるとしたら、この程度の認識で問題ない。
そういったことを話しているうちに、肉やキノコが焼ける匂いが漂い始める。
コッズは焼け具合を確認し、肉を口に運ぶ。お世辞にも美味いとはいえないが、こんな場所でかつ調味料も塩だけといった状況で美味い料理にありつけるわけもなく、文句も言わず飲み込んでいく。
食事を終え、鍋に魔法で水をだして口の中をゆすぐ。残った鍋の中の水で火を消すと毛布を荷物から取り出して、グリフォンの羽の上に置いて、そこに寝転がる。
(もう寝んの?)
「やることないからな。慣れない戦闘で体は疲れている。さっさと休んで明日からの修行に備える」
疲れているというのは本当らしくすぐに寝息が聞こえ出す。
眠ったコッズを見て早人は今後がどうなるか想像してみる。しかしまったく予想できなかった。早人の想像できる範囲を超えているのだ。
溜息を吐いて、目を閉じる。幽霊みたいな状況だが、どうやら眠ることはできるらしく、意識が徐々に闇に染まっていった。