王都良いとこ一度はおいで2
「どもです。これはシスターさんが作ったんですか?」
「ほかのシスターと一緒にね」
「美人さんの手作りですか。いいものですねー」
「お世辞言ったって、これ以上のものはだせないよ」
嬉しそうにお茶を早人の前に置く。ちびちびとクッキーをかじっているジーフェの前にも微笑みを浮かべつつ置く。
早人はお世辞ではなく、見たままを言っている。凛とした雰囲気で、姉的な頼れるものを感じさせた。後輩に美人な先輩として慕われていそうだ。
シスターも椅子に座り、自己紹介を始める。
「私は見てのとおりシスターをやってるキャロルっていうの」
「俺は早人。今日王都に着いたばかりの冒険者。こっちはジーフェ、駆け出し冒険者」
どうせ自身で自己紹介はしないだろうと早人がジーフェの名乗りもする。
「王都は初めて?」
「はい。これまで行った村や町に比べると人の多さが段違いですね」
「そうね。教会の仕事で村に行ったりするからよくわかるわ。私は王都の生まれで、小さい頃はこれが当たり前って思ってたわ。だから初めて村に行ったとき人の少なさに驚いたものよ」
「教会の仕事ってどんなものがあるんです?」
「いろいろ? 冠婚葬祭は基本として、教会のない村で神についての話をしたり、移動ついでに荷物を運んだり、魔物が暴れた村に治療に行ったりもするわね」
「ほんとにいろいろですね」
「あとは神様代理からの言葉を皆に伝えたり」
代理? と早人は首を傾げる。コッズの記憶にも代理がいるというものはなかった。
ジーフェは知っているかなと視線を向けたが興味なさそうにクッキーをかじっている。
「あら、あまり熱心に信仰していないのね。教会に何度か来て話を聞いていれば、知る機会があるんだけどね」
神への信仰心が薄いことに怒ることもなく、仕方ないなと軽く流す。
早人のような者は珍しくないのだ。信仰していない人はいないが、関心が薄い人は何人も見てきている。信仰を強制しようとすればますます離れていくという実例を聞いたこともあり、信仰を勧めることなく話を進める。
「教会の総本山がサンダリア大陸にあってね。そこにそれはもう長く生きている巫女様がいるの。その方がたまに神様のお言葉を伝えてくださるの」
「長くってどれくらい?」
そう言いながら早人は、長生きしているのならば異世界のことを知っているかもしれないと思う。
会えたらなにかヒントでも聞けるかもと考えたが、一介の冒険者が会えるはずもないと今のところは諦める。
「一番古い記録で、二千八百年前から生きていると確認できるって聞いたわ」
「種族はなんなんだろう。人間ではなさそうだし」
「わからないわ。それほどまでに生きる種族はないし。神に選ばれた巫女なら死ははるか遠くになるのかもね。見た目二十才手前くらいから全く変わってないそうだし、年を取るのかもわかってない」
「一度くらいは会ってみたいなぁ」
「難しいわね。教会関係者は見習いを卒業するため、一度総本山に行くのだけど、そのときに祝いの言葉をかけてくださるわ。声をかけるとすぐに奥に引っ込むの。噂だと巫女にしか開けない扉の向こうですごすことがほとんどだとか」
「教会関係者でも会うことが難しいってこと?」
「ええ」
ますます自分が会う機会は巡ってこないだろうなと、巫女に会う優先順位を下げた。
早人が巫女に会うという考えを忘れた頃に会うことになるが、意外な出会いで話す内容も予想外のものとなる。
正直そのまま会えなくてもよかったかもしれないなどと考えることになるとは、今の早人は思いもしないだろう。
「代理に会うのは難しくても、一度は総本山に行ってみるのもいいかもね。神を称えるために作られた神殿は荘厳にして優美。一見の価値ありよ」
「へー、そこまで言うなら一度は見てみたいね」
「ただ移動費は高くつくでしょうけど」
「あー、馬車と船を乗りついでいくんだろうしお金はかかるだろうね。キャロルさんたち見習いは教会から補助が出たの?」
「半額は補助金がでるの。あとは所属する教会からと自分で貯めたお金でどうにかする。私は斡旋所に登録して色々と手伝いして貯めたわ」
一般的な冒険者と違って、食費や宿賃のかからない教会の見習いたちはお金が貯まるのが早い。毎日依頼を一つずつやっていけば二ヶ月で必要分が貯まるのだ。
教会関係者も見習いが総本山に向かう時期になると、教会の仕事よりもお金稼ぎを優先させてくれる。
「手伝いしたおかげでいろいろな技術値が上がったわ。たまに自己鍛錬もしてるから100まで上がってるの」
「100がいくつもあるなら職に困らないだろうね」
「プロには負けるけど、サポートには十分だからよく手伝いに呼ばれるわ」
「このクッキーもそんな手伝いの成果かな」
早人はクッキーを口に放り込む。お茶と一緒に飲み込み、そろそろお暇しようとキャロルに告げて立ち上がる。
「いろいろな話をありがとう」
「荷物を運んでくれたお礼だから、礼の言葉なんていらないのよ」
「知らなかったことを知れたから礼は受け取ってほしい」
キャロルは頷き、早人たちを見送るため一緒に教会から出る。
教会から出た早人たちは散策を再開しつつコルトラ道場へと向かう。
少しばかり歩いて広めの庭で体を動かしている者たちをみつけた。
庭の片隅にある家にコルトラ道場と書かれた立て看板がかけられている。
「とりあえず指導者に声をかけてみるかな。ほら行くよ」
「……はい」
ジーフェは気乗りしない様子で早人の服を握ってついていく。
四十才過ぎの男が振り返り、二人に声をかける。
「なにか用か?」
「こんにちは。ここで格闘術の指導を受けられると聞いて」
「なるほど。受講生というわけか、習うのは二人なのか?」
「いえ、この子だけです」
背後に隠れているジーフェをよく見える位置に移動させる。
「この子はまったくの初心者なので基本から教えてほしいのですよ」
「わかった。受講料はとりあえず基本を押さえるところまでで五万テルス。かかる日数は毎日三時間やって一ヶ月くらいか。飲み込みが早ければもっと短くなるな」
「ほんとに?」
短くなると聞いてジーフェが口を開く。
「ああ」
「頑張る」
「おう、頑張れ。やる気のあるやつは好きだぞ」
「おそらく知らない人を接する時間を短くしたいから頑張るって言ってるだけですよ」
人見知りなのかと男は尋ね、早人は頷きを返す。
「まあ、どんな理由でも真面目にやってくれるなら問題ない」
指導員をやっていれば色々な人間と接するもので、人見知り程度なら軽く流せるのだ。
「お金はどこに持っていけば?」
「そこの家に五十才ほどの女がいるから、その人に声をかけてくれ」
「払ってくるんで、この子に指導お願いします」
「任された」
早人がお金を払って戻ってくると、ジーフェは真剣な表情で拳の握り方を教わっていた。
邪魔しないように少し離れたところで、早人は自主練を始める。
技術値200超えの練習などそうそう見られるものではなく、指導員や道場生たちの注目が集まる。
さっさと基本を習得したいジーフェにとっては邪魔されている状態なのだが、かといってよそに言ってくれなどとは口が裂けても言えなかった。早人がいなくなったら困るのはジーフェなのだ。
ときおり中断しながらもジーフェの鍛練も進む。
拳の握り方から始まって、拳を使う際の構え、拳の振り方、正拳突き、ストレート、ジャブと教わり、今日はその反復練習で講習は終わる。
ジーフェに正拳突きの練習をさせて、男は笑みをうかべ早人に近づく。
「すごいな、あんた! 俺は格闘が専門だが、あんたの剣の扱いは一流に近いってのはわかる」
「ありがとうございます。仕込んでくれた師匠も喜ぶと思います」
コッズの技術を引き継いだだけなので褒められても素直に喜べないが、コッズの技術が褒められたと考えて、それを元にした返事をする。
「若くてそれだけの技術を身に付けているなら、今後どこまでいけるんだろうな。羨ましいね」
「どこまで行けるんでしょうね。師匠に恥じない程度には腕を上げたいもんです」
口に出して、それもいいかもしれないと早人は思えた。
鍛錬しているときのコッズの姿は本当にすごく、あれと同じものをもらえたのだから腐らせるにはもったいないと思えた。
これは帰りたいという願い以外で、初めてこの世界でやりたいことを得た瞬間でもある。
「師匠は強いのか?」
「ええ、俺以上でした」
「そうか。よければ仮想した敵と戦っているところを見せてくれないか。使う技術は違っても、高みにある技術を見るのは他の奴らにとってもいい経験になるんだ」
コッズが自身の体を使って魔物と戦っていたときのことを思い出しつつ動いていく。
コッズの動きに比べてぎこちなさはあるものの、男たちにとっては十分だった。
「やっぱいい動きしている。武闘大会でいいところまで行けそうだ。ひょっとしたら優勝も狙えるだろうな」
「王都で大会が開かれてるんですか?」
「小さなものはわりと。大きなものは何年かに一度な。大きな大会はしばらく先だな」
「前回の優勝者はどんな人だったんでしょう」
そう聞ききながら早人の脳裏に自身のものではない記憶が浮かんでいた。コッズの記憶が刺激され、大会に出場したという記憶が頭に浮かんだのだ。
どこの大会かはわからないが、コッズから見ても強いと思われる槍使いを下して優勝したというものだ。
槍使いの名前はルファーダ。大会のあとも何度か戦っている。コッズが旅をしていると、その噂を元に探し勝負を挑んでくる、しつこいとも思える男だった。
「言い方は悪いかもしれないが、特に目立ったところのない奴が優勝したよ。前評判から強いとされていた何人かがいて、その中の一人が勝ち残った。すごかったのはもう一つ前の大会だ。ゴーレムを生み出す魔法使いが、大小さまざまなゴーレムを使って優勝をかっさらっていった。今では一流の一人『ゴーレムマスター』と呼ばれている」
「そういった戦い方でもいいんですね。てっきり武器か格闘オンリーかと」
「強者を決める大会だからな。卑怯すぎる手は嫌われるが、戦う手段は問わないというルールだ」
「奇抜な武器で残った人もいそうだな」
話しているうちに道場の終わりを知らせる鐘が鳴る。
ジーフェは周囲が稽古をやめたのを見て、自身もすぐに稽古を終えると早人のもとへ駆け寄ってくる。
周囲から見れば可愛い女の子に好かれているようにも見える。
道場主は話を切り上げ、早人もジーフェを連れて宿に戻る。




