おしかけ少女4
悩む様子を見せて頬を少し膨らませて言う。
これで少しは苦手が小さくなるといいけどと思いつつ、ジーフェを誘って町へと歩き出す。
まずは処理場で、手に入れたものをさばいてもらう。
自身とジーフェが倒したものをわけて、もらった書類をジーフェに渡す。
「こっちはジーフェが戦った蛙のぶんだ。あとで必要になるからもっとくんだ」
ジーフェは頷い両手でしっかりと持つ。
次に斡旋所へと向かい、ジーフェの登録をすませる。ジーフェは文字の読み書きが完全にはできなかったため受付に書類の必要事項をうめてもらった。
文字は祖父が少しずつ教えていたらしい。
登録がすむと二階に上がり、ジーフェに書類を受付にもっていかせる。おどおどと受付に話しかけ、持っていた書類を渡して、お金をもらう。
素材回収はできず、討伐証明だけだったため収入は少ない。安宿にぎりぎり一泊できる程度だ。それでも自身で稼いだお金だ。両手で大事そうに持ち、早人の元へ駆け寄り差し出す。
「はい」
「それはジーフェのもんだ。今度お昼ごはんを買ったりするときに使うんだ」
手の中のお金を複雑そうな目で見るジーフェ。
自立の第一歩のようで、お金が手に入ったことが嬉しくあり嫌でもあった。
それを早人は不思議そうな顔で見て、自身の収穫を売ったあとにジーフェの服や靴や下着を買いに向かう。
一通り生活に必要な物を買い、宿へと向かって歩く。
「お金たくさん使いましたけど、出してもらってよかったんです?」
「これらと宿賃は俺への借金だ。お金を稼げるようになったら返すように」
この予定外の出費のため、今日倒す予定のなかった鶴などを倒してお金を稼いでいた。
借金と聞いて表情を歪めたジーフェは、すぐになにかを思いついたような顔になって笑みさえ浮かべた。
心の内を読めず不気味なものを感じた早人は一歩離れる。
「な、なんだよ。借金って聞いて笑うとか」
「返さなければ離れずにいられます。つまり自立しないですむ!」
「ある程度の期間返そうとしなければ、もう諦めてそのまま一人で旅に出ると思う」
「えー!? 安くない金額ですよ! きちんと取り立てないと!」
取り立てを望む債務者に早人は呆れた思いを抱く。
「そう言うならさっさと返すことを考えてくれよ」
「全額返済しない程度に返す気はある。取り立ては諦めてほしくない」
「変な方向にわがままだな」
改めておかしな子と関わったものだと早人は溜息を吐いた。心のどこかでこういった会話を楽しんでいる自分がいることに早人は気づいていない。
宿に戻り、ジーフェのための部屋を取る。
「夕食には少し早いし、銭湯にでもいくかな。どうしたい?」
「行く」
「じゃあ、着替えをとってこい。いや着替えてきた方がいいな。今着ている服はどうする? 服屋が処分しようかっていったのを断ったし」
「とっておく」
ぼろく見えても祖父との思い出の品なのだ。捨てる気はなかった。
「だったら洗濯くらいはしといた方がいいな。銭湯行く前に軽く洗ったらどうよ」
「そうする。急いで洗うから先に行かないで」
「はいはい」
元より待つ気だったのだ。
返事を聞くとジーフェは駆け足で部屋に戻り、急いで着替えて脱いだ服やタオルなどを持って部屋を出る。
同じく部屋を出ていた早人と一緒に宿の裏で、借りたタライに水を入れて服を洗う。
きちんと絞ったそれを物干し竿に干して、二人は銭湯へと向かった。
銭湯入り口で、同じく入ろうとした初老の女性にジーフェのことをお願いし、別れる。
優しそうな女性だったが、ジーフェは警戒していた。女性はそんなジーフェを訳ありなのだろうと察し、気を悪くした様子などなかった。
早人はゆっくりと三十分と少し入っていたがでてみると、ジーフェの姿はなかった。湯をまだ楽しんでいるのだろうと十五分待つ。緩く吹く風を浴びているとほかほかとした様子でジーフェがでてくる。緊張した様子がなく、ほんわかとした雰囲気だ。汚れもすっかり落ちていて今ならば食堂の看板娘にもなれるかもしれない。
「風呂は気に入ったみたいだなー」
「はいぃ。気持ちよかったです。また入ってもいいのかな」
「お金があるかぎりは大丈夫だろ」
「明日もこよう」
「じゃあ、帰って夕飯だ」
夢見心地なジーフェの手を引いて宿に戻る。
夕食も終えて、寝る時間になりジーフェは幸福感に包まれてベッドに横になっていた。
今日の朝までは明日以降に不安しかなかったが、早人と出会って未来がまったく別物に変わった。
抱いていた不安の多くがなくなり、あとは早人から離れたらまた逆戻りという不安と人が苦手という問題くらいだ。
このままずっとくっついていたいと考えながら希望に満ちた表情で眠りに落ちていった。
夜が明けて、熟睡していつまでも起きてこないジーフェを起こし、朝食を食べさせる。
食べているジーフェに早人は今日の予定を話す。
「この後は斡旋所に行って、格闘術を教えてくれるところを聞く」
「行かなきゃ駄目ですか」
「行かないで困るのは俺じゃあない。まあ、今日くらいは付き添ったげるさ」
早人も一緒ということで、少しは不安が晴れた様子を見せる。
「ハヤトさんは格闘術習わないんですか?」
「俺は大剣の技術を磨き続ける」
「うー」
早人も習うならば、一緒にいれて知らない人がいても平気なのにと不満を漏らす。
そのジーフェにさっさとご飯を食べるよう促す。
膨れたジーフェはサラダの残りをかきこむ。
朝食を終えたジーフェを連れて、斡旋所で道場などがないか尋ねる。
受付から格闘専門で教える場所はこの町にはないと返ってきた。あるのは戦いそのものの基礎を教えるところが一つ、剣と槍と弓の道場がそれぞれということだった。
「それぞれの道場でも教えてくれるとは思いますけど、格闘を主力にしようと思うならそういった片手間に教わるのではなく、本格的に教えているところに行った方がいいですね」
「そうですか。王都に行くつもりですけど、そこにはありますかね?」
「さすがに王都なら大丈夫です」
この町で基礎くらい教わっておこうと思っていたが、それなら王都に行ってからでいいかと考え直す。習うまでは木刀を振り回させておくことにする。
「ここでの道場通いはなしだな」
「やった」
ジーフェは小さく喜びの様子を見せて、早人はそんなジーフェに軽くチョップをして斡旋所を出る。
「ここで武具をそろえるつもりだったけど、防具だけだな。そんなわけで店に行くよ」
さっさと歩き出す早人を慌てて追いかけるジーフェ。
向かった先はあの店員のいる店だ。
「いらっしゃいませ。本日は大根がお買い得ですよ」
同じ店員が今日もおかしなことを言ってくる。
「大根で殴れってか」
「大根は食べるものです。武器になんかしてはダメですよ」
めっと人差し指を向けて注意してくる。
注意された早人はそんなことはわかっていると少しイラっとした。
「じゃあなんで売ってる」
「近くの八百屋でいいできの大根が売っていたので、ほかの人にお勧めせねばとっ。不思議なことに誰も買っていってくれないんですよね」
「だろうね。大根はいいんだ。今日はこの子に駆け出し用防具をお願いしたい」
背に隠れていたジーフェを店員へと押しやる。
あちこちと視線をやり店員に目を合わせようとしないジーフェに、店員はきょとんとしたあと満面の笑みを浮かべて抱きしめた。
「かわいい子ね! おしゃれさせがいがあるわ」
「おしゃれはいいから、この子にあった防具を頼む」
「女の子はいつだってかわいくあるのは義務なのよ。だからおしゃれもさせる!」
「予算はあまりないからな」
胸に埋もれる形でじたばたと離れたそうなジーフェをスルーして二人は会話を進める。
そのまま早人は店員任せにして自身は店内を眺めていく。これで多少は対人恐怖が薄れてくれることを願っていた。




