無人島2
(逃げ切れるものじゃないっ。どこか隠れられるとこは!?)
呼吸は荒く、体力も尽きかけた。けれども足は止めない。止まってしまえば襲われてしまう。
追いかけるグリフォンは今は遊んでいるつもりなのか、簡単に捕まえられそうな早人を好きに走らせている。
この余裕はチャンスだった。今のうちに隠れられる場所を探さなければならない。
諦めず走ったことと運も良かったのだろう、早人は山の麓にグリフォンでは入れない大きさの洞窟を見つけた。
もしかしたらあの中にも化け物がいるかもしれない。そういった考えは浮かんだが、今グリフォンという脅威から逃れられるならそんな先のことはどうでもよく、洞窟に駆けこんだ。
グリフォンが入口に舞い降りて、頭を突っ込む。入口が少し崩れた。
洞窟は早人が少し屈むくらいの高さで、それなりの奥行があり、頭を突っ込んだくらいでは逃げ込んだ早人を捕えることはできなかった。
悔しそうに鳴いたグリフォンはひとまず蛙を食べることを優先したのか、入口の前で食事を再開する。
咀嚼音を聞きながら早人は息を整える。思った以上に体力を消費しており、座ったまま立ち上がる気がしない。
そのままこれからのことを考える。
「出口がもう一つあれば」
期待して洞窟の奥に目を向ける。洞窟の暗さに少しは目が慣れて見えたのは、少し広くなっている奥と行き止まりだ。そして誰かの荷物らしきもの。
「やっぱり人がいる」
四つん這いで荷物まで近寄る。
勝手にあさるのは悪いとは思いつつも、グリフォンを追い払うことのできる品でもあればと期待する。
「骨?」
荷物のさらに向こう、暗がりの中に人間のものらしき骨があった。
ビクッと一歩下がる。そのまま一分ほど骨を見続けて、大きく深呼吸し荷物に近寄る。
「これの持ち主だよな? 探らせてもらいます」
『おう、勝手にしろ』
「……?」
首を傾げる。返事が聞こえたような気がした。しかし生き物は洞窟入口のグリフォンくらいしかいない。
「気のせいか?」
様々なことがあって幻聴も聞こえるようになったのかと思いながら早人は荷物に手を伸ばす。
『気のせいなんかじゃないんだな、これが』
「な!? なななんだ!?」
今度は確実に聞こえた。気のせいではない。
幽霊でもいるのだろうかと周囲を見渡す。
『そっちじゃねえよ。下だ。剣があるだろう?』
「下?」
聞こえてきた声に従い、視線を下げる。たしかに鞘に入った古ぼけた剣があった。
「インテリジェンスソードって言ったか」
漫画に出てきた意志ある武器が思い浮かび、思わず口に出す。
『なんだそれは? 俺はそこの骨の魂だ。修行のためこの無人島に来たんだが病死してな。死んでも死にきれず、どうにか生き残る術がないか粘ったら、剣に宿っていた』
「……そんなことありえるのか?」
『さあな。物に記憶などを移す方法があることは聞いたことがあるが、魂を宿らせる方法は聞いたことはない。だが実際にできちまったんだ』
「次から次にわけのわからないことがっ」
『わけわからないことついでに、一つ頼み事を受けてくれねえか』
「……とりあえず頼み事を聞くだけ聞く」
現状が好転する類の頼みであることを願い、言う。
『その体を使わせてくれ』
「やだ」
即答だった。体をあけわたせなどという願いなど聞けるはずもなかった。それは死となんらかわらない。
『まあ、待て。のっとるとかそういうんじゃない。というかそこまでの力はない。俺がこの状態になってずいぶんと長いこと時間が流れた。気合いを入れて自我の維持を頑張ってきたが、そろそろ限界なんだ。あと半年もせずに自我は消えて、力がだけが残る。その力も維持する者がいないから霧散するだろう』
「それが本当だって証拠はない」
『まあ、そうだな』
「この話はなかったことに」
そう言って早人は剣から距離をとる。剣が勝手に動いて、のっとろうとする可能性を思いついたのだ。
剣から意識をそらさないようにして、ちらりと洞窟の入口を見る。
そこには蛙を食べ終わったグリフォンが、食後の休憩なのか目を閉じて伏せていた。
(静かに歩けばいけるか?)
忍び足で入口に向かう。音は立てなかったはずだが、グリフォンは顔を上げて早人を見る。
これは無理だと判断し、荷物のところにまでもどった。
『体を貸す気になったのか?』
「なってない」
早人は短く答え、荷物をあさる。
小ぶりのナイフ、古ぼけた着替えや毛布らしきもの、見たことのない硬貨、砥石らしきもの、小鍋、壺、壺に入った塩、皿、コップ。
入っていたものはこれくらいでグリフォンをどうにかできそうになかった。
『ろくなもんが入ってないだろう? かろうじて金くらいか?』
「この状況でお金があってもね」
答えつつどうすべきか考える。いい考えなどでてきそうにないが、それでも無為に時間を過ごしたくなかった。
『無人島では使い道がないが、帰ったら使えるだろう?』
「……無人島? そういやさっきもそう言ってたな」
『ここがどこだか知らないのか? 漂流でもしてきたか。ここはイランテとツァーシュの間にある小島だ』
聞いたことのない地名に早人は、どういった地名なのか尋ねる。
『大陸だが? イランテ大陸、ツァーシュ大陸、サンダリア大陸。なんでそんな当たり前のことを』
この返答に早人は納得した思いを抱いた。同時にかすかな希望も消えた。
壁に手を叩きつける。
「なんで俺が漫画みたいなことにっ!」
『なんだいきなり?』
「目が覚めたらいきなり知らない場所で! でかい蛙に追い回されるはっグリフォンに追い回されるはっ。あげくに無人島で、しかも異世界!? ふざけるのもたいがいにしろ!」
早人は誰に聞かせるためでなく、うちに溜まった不満をぶちまける。
我慢などできなかったし、する気もなかった。むしろ吐き出さなければストレスでどうにかなりそうだった。
声にならない叫び声を上げ続け、喉の痛みで止まる。
それを聞いていた剣は自身の理解できないなにかが早人に起こったのだと理解する。
これは剣にとっていい流れだ。そそのかすと言えば言い方が悪いが、互いに利益のある話ができそうだった。
『なんだ? つまり着の身着のまま知らない土地にやってきて、蛙ごときに追い回され、今もグリフォンが邪魔して動けないと』
「そうだよ悪いか!」
『情けねえ。蛙ごとき簡単に追い払えよ』
「あんなでかい蛙なんぞ初めて見たわ! それに戦いなんぞ経験ないんだ、無茶言うな!」
『俺なら蛙と言わず、グリフォンもぶっ倒せる力をやれるぜ? 俺に協力すればの話だが』
「のっとられるんだろ。誰が使うかよ」
剣が溜息を吐いたように見えた早人。
『さっきも言ったがそろそろ限界なんだ。長期ののっとりは無理だ。でもそっちもすぐに限界がくるだろう? ここには食べ物も飲み物もないぞ』
「それはそうだけど」
どうにかする手がないのは事実で、心が揺れた。
それを感じ取った剣は再度尋ねる。
『俺を手に取って生き延びるか、俺と共に死ぬか。どちらがいい?』
「……」
早人は無言で剣の柄を見る。
剣もまた静かに決断を待つ。
しばし時間が流れ、早人は喉の乾きを覚える。これがもっとひどくなり、空腹もやってくる。それに自分は耐えきれないと思えた。耐えた先が生に繋がらず、死に至ることを考えれば耐えようとすることこそ愚かなのかもしれない。
「本当に半年もしないで体を貸すのは終わるんだな?」
『おう。言ったことに嘘はない』
「……世話になる」
生きる希望がそれしかなく、覚悟を決めて早人は柄を握る。
途端に剣からなにかが自身の中に流れ込み、半歩ずれた感じで押し出された。