おしかけ少女2
魔法で水を出し、子供に顔を洗わせる。ついでに荷物からコップを出して水を入れる。
顔を洗った子供はハンカチやタオルがないようで、マントで顔をふく。涙や鼻水は洗い流せたが、マントの汚れがうつってしまっている。
それでも先程よりはましで、顔だちと声からこの子が女なのだとわかった。
「落ち着いた? ほら水も飲んで」
差し出されたコップを受け取り、少女はいっきに飲んで、ほうっと息を吐く。
落ち着いたように見えた早人は質問をする。
「仲間は?」
「いません」
「いないの? それなのになんでそんな装備でこんなところに」
「魔物から逃げていたらいつの間にかこんなところに」
「んー、迷界にいるから冒険者かと思ったけど、間違って迷い込んだ現地の人?」
「いえ、一応冒険者です」
「証拠のペンダントは?」
そう聞くと少女は「ペンダント?」と首を傾げた。
どのようなものか説明すると、登録が必要だったと知らなかったらしく目をぱちくりとさせていた。
「冒険者って名乗れば誰でもなれるものだと思ってた」
「なんで俺が説明する側なんだろうか。それはともかく実力に合わないところに来たら死ぬよ?」
無人島で魔物に追われたときのことを思い出しつつ言う早人。
「それは身に染みて理解しました」
「わかったんなら次から気をつけるようにね。さあ立って、外まで送るよ」
「はい」
少女は差し出された手を取って、立ち上がる。
少女は誰かに手を握られたことなど久々で、温かさに嬉しさが湧き上がっていた。手を離されると途端に湧き上がる感情は不安に変わる。
早人は紅甲蟹の討伐証明部位を拾うため背を向けていたため、少女の寂しげな表情を見ることはなかった。
「さて行こうか」
歩き出した早人に少女は慌ててついていく。
少女がいるため早人は周辺の気配により注意して進む。
見晴らしがいいため魔物に不意打ちを受けることはなく、鶴のような向こうからやってくるもの以外は避けてやりすごす。
鶴を一撃で倒す早人の強さに改めて少女は感動した目を向ける。少しだけだが早人以外の冒険者が鶴と戦っているところも見た。彼らは鶴の魔物を一撃で倒すことはできていなかった。
少女の心にこの人から離れては駄目だという思いが湧く。それは久々に優しくされたから離れたくないという思いからきているものでもあるし、ついていけば生活に困らないだろうという下心もある。
(どうにかして一緒にいられないかな……同情でも憐憫でもそれこそ以前みたいな扱いでもいい。いやできれば前みたいのはやだな。とにかくこの出会いを逃しちゃ駄目だ。見ず知らずの人間を助けて礼を求める素振りも見せない。この人はいい人だ。なんとかついて行きたい)
遠目に迷界と外の境と示す旗が見えてきて、少女は口を開く。
「あ、あの私はジーフェと言います。あなたは?」
「早人」
「すてきな名前ですね! どこか勇猛さや威厳やかっこよさが名前に現れています!」
力いっぱい褒めてくるジーフェに早人はひく。
「そ、そんなこと言われたのは初めてだよ」
「見る目がない人たちですね! こんなにもすごい風格を漂わせているのに」
妙に褒めちぎってくるジーフェを見て、早人は転んだときに頭でも打ったかと考える。
微妙な視線に気づいたジーフェはゴマすりは効果低いと見る。同情をひく方向性でいこうと考えをかえる。
どういった話で同情をひくか考えているうちに迷界と外の境まで来た。いい考えが浮かんでおらず焦る。
「ここまでくればもう大丈夫。じゃあ次から気をつけるんだよ」
「ままままま待って!」
去ろうとした早人の手を両手でがしっと掴む。
「なに?」
「ええと見捨てないでっ、ここでほったらかしにされたら明日からの食費もなくて、うちには今年で三十才になる子供がお腹をすかせててっ死んだお爺ちゃんもベッドで寝っぱなしなんです!」
思いついたことを深く考えもせずに口に出していく。
内容は矛盾したもので、早人も当然その矛盾に気付いて呆れた目を向ける。
「十五才にも見えないのに三十才の子供がいるわけないだろ。それに死んだ爺さんは埋葬か火葬してやれ」
「あうあうあう」
涙目で困った表情のジーフェに早人はいじめているような気まずいものを感じる。
「まあ、なにか切羽詰まってるのはわかった。落ち着いてなにがどうなってるか話してみたらいい。力になれるかどうかはわからないけど」
溜息を吐いて出てきたその言葉に、やっぱりいい人だとジーフェは確信を持つ。
二度と離れるかという思いが手を握る強さに現れる。
強められた手に早人は早まったかと考える。
「ありがとうございますありがとうございますっ。肩をおもみしましょうか、それとも靴なめますか! 好きなように使ってくださいよ旦那!」
どこの下っ端なのかと早人は頭痛を感じたように空いている手で眉間をもむ。
「やらんでいいから事情を」
「はい! どこから話しましょう?」
「いや俺に聞かれても。とりあえずなんで冒険者に?」
疑問に思ったことを聞いてみる早人。
「お金がすぐに必要だったんです」
「借金?」
「違います。仕事が見つからなくて、お爺ちゃんが残してくれたお金も冬を越すには足りなくて、どうにかしなきゃって」
「なんでそこで冒険者を選んだのか。冒険者じゃなくて一般の依頼とか食堂の皿洗いとかやればどうにかなりそうじゃないか」
「私も最初は食堂とかに頼みに行ったんですけど、駄目だって言われて」
「なんで駄目だったんだろう」
「もっと綺麗にしないと雇えないって」
ああ、と早人は納得した様子を見せた。
ジーフェはお世辞にも清潔とは言えない見た目だ。
「そのままの恰好で行ったのか。そりゃ食堂とか衛生問題があるだろうし断られるか」
「あと人が苦手でおどおどしてるところも接客商売には向いてないって」
それには早人は首を傾げた。おどついた様子は見えないのだ。逆にアグレッシブにも感じられる。
「今は必死だから。ここであなたに見捨てられるともう駄目だってわかってるから、人が苦手とか言ってる場合じゃない」
「その必死さを面接のときに出してれば」
「……だってお爺ちゃん以外の人は怖い」
「祖父はもう死んでるんだな? ほかに家族は」
「いない。私は小さな村の商人の子供だったらしくて、商人だった両親が仕入れに村を出たとき魔物に殺された。両親はがめつい商売をやってたらしくて好かれていなかった。その子供を引き取る人は一人暮らししていた老人しかいなかった。そうしてお爺ちゃん以外には殴られたりして疎まれて育った。裕福とは言えない暮らしだったけど、お爺ちゃんは優しかったから家では楽しく暮らせた」
「そのまま村で暮らせなかったのか?」
「無理矢理追い出された。なんとかお爺ちゃんが残してくれたお金は持ち出せたけど、戻ってこれないように家は壊されて大きな町を目指した」
重い。その一言が早人の心の中に浮かぶ。
そんな目に合ってるなら人が怖いというのも理解できた。ジーフェの両親はどれだけあくどいことをやったのか、そんなことを思う。
早人の想像に反して、それほどにあくどいことはやってなかったりする。がめつくはあったが、欲しがる者の足下を見てどこまでも値段を上がるような真似はしなかった。
儲けていることを妬まれていたのだ。村人が嫌っていた理由はそれだ。そして不平不満をぶつけられる存在という役割をジーフェは押し付けられていた。
そんなジーフェがいなくなった故郷では、今新たな標的を決めるため互いの粗を探し、悪い方向へ悪循環が進んでいる最中だ。
「……俺になにを求めてるんだよ」
「保護を! 安心安全安堵できる生活を! 飢えず乾かず傷つかず、日々をだらだら暮らしたいですっ」
「諦めろ。じゃあな」
歩き出す早人から手を離さず足を踏ん張り止める。
「すみませんっ贅沢言いすぎました! せめて貧相でもいいから三食を」
「俺に頼られるのも困るんだけど。俺も目的あるし、ジーフェにばかりかまっているわけにはいかないんだ」
「そこをなんとか。私にやれることならなんでもやりますから」
「じゃあ自立しろ」
「それは無理です。頼れる保護者欲しいです!」
「そんな存在は俺もほしいよ」
溜息を吐いた早人はこのまま放置も後味が悪いため、少しくらいは力になると決める。
「ずっと面倒を見るなんてことは無理だけど、一人でどうにか稼げる程度にはする。これくらいで納得してほいんだけど?」
「……もう一声」
「もう一声ってどういった条件になるんだよ」
「じゃあ今はそれで我慢します」
偉そうだなおいと早人はジーフェに軽くでこぴんする。
ぺちんと音がしたでこを片手で押さえてながらジーフェは笑みを浮かべる。なんとか見捨てられずにすんで安堵したのだ。
一方の早人は抱え込んでしまったと溜息を吐いた。
「とりあえず俺は金策したいから、そこの木の下で待ってて。これを食べてていいから」
「放置して帰りませんよね?」
早人が昼食用に買っていたパンと店員からもらった菓子を受け取りながら不安そうに聞く。
「ちゃんとここに戻ってくるから手を放してくれ」
「……待ってます。ほんとにずっと待ってますからね。雨がふっても魔物が来ても!」
「魔物がきたらさすがに逃げろよ」




