おしかけ少女1
「さてとこれからどうしようかな」
特に決まっていないスケジュールを思い早人は悩む様子を見せる。
「俺は収入があったし、しばらくはのんびりするつもりだ」
「だよね、魔物退治する必要もないからなー。五日後まではこの町に滞在しなくちゃいけないし、その間することが思いつかない」
「ああ、獣人たちからの礼があったか。領主代理からの報酬で満足感があったから、抜け落ちていたな」
「この町でなにか見るべきところとかある? 有名な場所があったり」
「そんなものあったか? 特に思いつかないぞ。ああ、そうだ。防具でも買いに行ったらどうだ? ハヤトが強いのはわかってるが、いつまでも服のままよりはな」
それもいいかもしれないと思い早人はなにを買うかと考え、鎧はどうもしっくりこず、身に付けている姿を想像できない。
「鎧はあまり気が進まないな。胸当てとか革のジャケットとかにしとこうかな」
「そこらへんは好みで決めていいだろうさ。革製防具でも、魔物の皮を使ったものなら鉄製品に負けないくらい頑丈だったりするしな」
「予算十万くらいで、お勧めの店はある?」
オルディアスは心当たりのある店を二軒紹介する。どちらも大型店舗というわけではないが、丁寧な仕事をする店だ。
紹介された店に行ってみることにして早人は、オルディアスと別れる。
一軒目は材料調達に行くため留守と玄関に貼り紙がしてあったので、二軒目に向かう。
工房の入り口から声をかけるとエプロンをつけた四十才手前の女が出てきた。
「いらっしゃい」
「こちらアズラート工房で間違いありませんか」
「あってるよ。客かい?」
早人が頷くと入んなと言って工房内に招く。
工房内はまさに仕事場という感じで、仕事のための様々な道具があちこちにあり、材料も棚に並べられている。
「どういったものがほしくてきたんだね」
「胸当てか戦闘用ジャケットがほしくて。予算は十万テルスまででお願いします」
「十万ね、胸当ての材料に金属を使う場合は、鉄は無理だね。銅とかになる」
「あまり重いのもどうかと思うので、革でお願いします」
「ふむ、だとすると……赤突牛か変異した大イモリか朱角鹿、そこらへんになるかな。値段は胸当てだと十万ギリギリ、ジャケットは七万。胸当ての形状は胸部と背中の上部を守る形になる。胸と腹と背中全体を守る形状にしたいならプラス三万上乗せって感じだね」
十三万テルスは出そうと思えば出せる値段だが、欲しいかと言うとそうでもなかった。
「十万の胸当てで。革は種類によってなにか違いはあります?」
「そこまで大きな違いはないね。見た目が変わる程度だ。牛は赤系統。イモリはつるりとした藍色。鹿は茶色」
「じゃあ鹿で。焦げ茶とかそういった濃い方向でお願いします」
「りょーかい。たしか鹿の胸当ては在庫があったはず。サイズがあえば三日くらいで渡せるよ」
女は倉庫へと続く扉を開けて、がさごそと品物を動かす音を立てる。
三つの胸当てを持って戻ってきて、早人に試着させていく。
運良く微調整だけで済むサイズがあり、色付けと合わせて予定通り三日で受け渡しができる。
「では十万テルスをどうぞ」
「たしかに」
金貨十枚を女に渡し、かわりに胸当てと交換になる木札をもらう。
「じゃあ受け取りにくるのを待ってるよ」
「はい」
女に見送られてアズラート工房を出た早人は、町の散策でもしようと歩き出す。
三日後と五日後にそれぞれの品を受け取る以外はすることがなく、斡旋所の資料室を覗いたり、魔法塾で生活に役立つ細々とした魔法を習ったりして暇を潰す。
のんびりとすごし防具を受け取った早人は剣の技術値を伸ばすためトレーニングもしてみたが無手ではしっくりとこないため、安物の木刀でも買おうと近くに見えた店に入る。
そこは防具専門のアズラート工房と違い武具を手広く扱っている店のようで、さまざまな武具が店内に並んでいる。
「いらっしゃませー」
入ってきた早人に店員が近づいてくる。エメラルドグリーンの長髪をポニーテールにしている、スタイルの良い女だった。
「なにをお求めでしょう? おすすめはガラダン混合鉱の剣ですかね。お値段は二百万のところをなんとお得な百八十万。そしてオマケに私のおやつのドライフルーツがついてきますよ。ジャックさんにも評判です。お買い得ですね」
「いやそんなにお金ないですし、オマケにおやつがついてくるのも意味不明」
「またまたー」
そんなこと言ってと軽く早人の肩を叩く店員だが、早人の顔を見て本当だと気づく。
「おかしいですね。それくらい持ってるとばかり」
「二百万テルスをそれくらいとはいえないですね」
「では本日はなにを買いに?」
「安物の木刀を」
「そんなものすぐ壊れてしまうでしょうに」
「練習に使うだけだから。十日ももてば十分かなと思ってる」
「そうでしたか。ではこちらへどうぞー」
納得したように店員は頷いて、木刀を置いてあるところへと案内する。そしてこれなんかどうでしょうと無造作に木刀を選び、早人に手渡す。
渡されたそれを軽くふってみると早人にとってバランスがよいもので、偶然とはいえ一発でこのようなものを渡してくるのはすごいと感心した。
思わずお金を渡すと一緒に礼も言う。
「よいものをありがとう」
「いえいえ。あ、それとオマケです」
そう言ってナッツとドライフルーツ入りの小袋を渡してくる。
「オマケは高い物を買った場合じゃなかったの?」
「本日のラッキーアイテムとなっておりますのでどうぞー。サミュエルさんにも評判でした」
「ジャックとやら以外にも美味いと言ってる人いたのか。まあ、もらえるのならもらうけど」
もらった小袋をポケットにしまい、早人は「またのおこしをお待ちしてます」という声を背に店を出る。
宿に戻って防具を身に着けて散歩がてら沼の迷界に足をのばす。
動きながら木刀を振っていき、漫画のようなトンデモ体術を試したりしつつ、それなりに楽しい散歩になる。
沼の迷界につき、そこをぐるりと一周してから帰ろうと歩き出す。
送迎馬車の到着場所といった冒険者が集まる真反対まできたとき、早人は少し離れた背の高い藪の向こうから子供と呼べるくらいの声音の悲鳴を聞く。
「周辺には……誰もいないか」
今ここら辺には冒険者の姿はなく、ほかに助けに行く者がいないとわかり、とりあえず様子を見てみようとそちらに走る。
十三才ほどの痩せた子供が紅甲蟹三体に追われている様子が見えた。
身に付けているものは早人よりも貧相で、半袖服とハーフパンツとマントのようなぼろい布。武具とは呼べないどこぞで拾った枝を粗く削ったような木の棒だ。
目は前髪で隠れ、顔や体も薄汚れていて、髪もぼさぼさで男か女か判断つかない。
「囮?」
そう思った早人は再度周辺を見渡す。やはり人間の姿はここら一帯にはなく、遠く離れたところで戦っている者たちの姿が小さく見えるくらいだ。
周辺を見ている間にも子供は逃げており、地面のへこみに足をひっかけて転んでしまう。
「危ないっ」
思わず助けなければと早人は地面を蹴って子供の近くに瞬時に移動し、紅甲蟹の甲殻を蹴り砕く。一匹が瞬殺されたことで警戒した様子を見せる二匹も同じように蹴り砕いた。
ものの数秒で終わった戦闘を起き上る途中だった子供は表情を固めて見ていた。
「仲間のところまで引っ張っていく途中だったのかもしれないけど、こけたところが見えたんで助けに入ったよ」
「…………あ」
「あ?」
「ありがとうございますううぅっ」
子供は四つん這いのままバタバタと早人まで近づいてきて、そのまま縋りついた。
前髪の向こうに見える目には涙、鼻からは鼻水、肩を越すベージュの髪は振り乱れている。
「うおおお!?」
思わず早人はホラー的なものを感じて、あとずさる。子供は逃げらないようにするためか力いっぱい早人の右足に抱き着いた。
「逃げないで見捨てないで!」
「わかったから、逃げないから、落ち着いて。顔ひどいことなっているから、出した水で顔を洗って」




