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深淵の森と頼みごと4


「お世話になりたいと思います」

「では部屋の準備をさせましょう。伝えてちょうだい」


 アンナリアはそばに控えていた使用人に指示を出し、その使用人が退出して数秒すると口を開く。

 話の内容は新たな依頼だった。

 長く拘束されるものでないため、早人たちは承諾する。

 ほっとした様子を見せたアンナリアは森の様子について異変などなかったか尋ね、部屋の準備が整ったと使用人が知らせにくるまでしばしその話を続ける。

 与えられた部屋で早人は昼寝して時間を潰し、オルディアスは家族に外泊することを伝えるため一度屋敷を出た。

 そして日が暮れて、アンナリアと一緒の夕食が始まる。

 作法がわからず困った様子を見せた早人にアンナリアが声をかける。


「よろしければテーブルマナーをお教えしましょうか?」

「教えてもらうといい。今回のような席に招かれたとき、少しでもテーブルマナーを知っていた方が便利だ」

「ではよろしくお願いします」

「はい」


 にこやかに笑うアンナリアはまず口で説明し、次に実際にやってみせる。そして早人に真似するように言う。

 夕食と指導が同時に進む。アンナリアの指導は厳しいものではなかった。冒険者に本格的なテーブルマナーを求めることはないのだ。最低限見苦しくなければ、それでよかった。

 思ったよりも緩い作法に早人もリラックスした感じで食事を楽しんでいった。

 夕食を終えて、それぞれ部屋に戻る。

 風呂に入ったりして時間が流れ、就寝の時間がきた。屋敷の明かりがどんどん減っていき静かな時間になる。

 この状況を待っていた早人は部屋を出て、オルディアスの部屋を小さくノックする。すぐにオルディアスは出てきて、二人は静かに廊下を歩き出す。

 見回りの使用人に見つからないよう、見知った場所であるかのように屋敷内を移動する。やがてとある部屋に着き、無言で指差し頷き合う。その部屋とは別の部屋の扉をそっと開いて、中に入った二人は物陰に身を潜めた。

 部屋の中は誰もおらず、二人はふうっと緊張を解く。

 そのまま時間が流れて、体感で午前一時を過ぎた頃。扉近くで耳をすませていた二人は静かな廊下に扉の開く音を聞き取る。

 音を出さないように二人は潜んでいる部屋の扉を開いて廊下に出る。

 すぐに部屋の中から物音が聞こえて扉が開く。

 出てきたのはスーツ姿の男で、慌てた様子のその男を二人は捕まえる。


「放せっ」

「放さなくて大丈夫ですぞ」


 明かりを手に部屋から出てきた五十過ぎの男が言う。男のそばには三十才ほどの男が付き添っている。

 五十過ぎの男はあの部屋で寝ていた者で、三十才の男は早人たちと同じように部屋に潜み護衛していた者だ。


「あなたがたはアンナリアお嬢様が依頼した冒険者ですな?」


 オルディアスが頷き、口を開く。


「はい。そこの部屋に潜んで、夜中に怪しい動きをした者を捕まえてくれと。失礼ですがあなたは」

「私はカデルと言います。この屋敷で家令を勤めさせていただいております。こっちの男は警備で、その男は執事ですね。申し訳ありませんが、拘束したままついてきていただきたいのですが」


 頷いたオルディアスと早人に礼を言い、カデルは歩き出す。

 明かりの戻れでる扉の前で止まり、アンナリア様の部屋ですと言ってカデルはノックする。

 ネグリジェの上にカーディガンを羽織ったアンナリアが扉を開けて、皆を招き入れる。


「お嬢様、無事捕まえることができました」

「ありがとう、カデル」


 礼を言ったアンナリアは早人たちが捕まえている執事を見る。


「動いたのはあなたですか。少し隙を見せたらこれとは」


 小さく溜息を吐いて、警備に執事を連れていくよう命じる。

 早人たちは警備に執事を引き渡し、カデルと一緒に部屋に残る。

 その二人にアンナリアは頭を下げた。


「我が家のトラブル解決を手伝わせてしまい申し訳ありません」

「ええと、あの人がカデルさんを殺そうとしたってことでいいんですか? その阻止の手伝いを俺たちが頼まれたと」


 事態をあまり理解できていない早人が尋ねる。


「殺そうとしたのかはわかりませんね。殺そうとしたか、もしくは病状を悪化させようとしたか。今後の調べでわかると思います。今回私たちがなにをしようとしたのか、お聞きになりますか?」

「聞いていいものでなんでしょうか」

「深刻なものではありませんし、誰かに話さなければ大丈夫ですよ」


 早人はオルディアスに目を向ける。

 少し迷った様子を見せてオルディアスは大丈夫と判断し頷く。


「では話しましょう。といっても先ほども言ったように深刻な話ではありません。領主である兄様が王都に行く用事ができたので、それを利用して家臣の調査をしようと考えました。考えたのは兄上とカデルですね。領主が留守で、家のことをしきるカデルが急病で倒れた。そういった状況で生まれた隙に、前々から怪しいと睨んでいた誰かが反応するか試したのです」

「見事ひっかかったのがあの執事ですか」

「はい。何事もなければよかったのですが、このようなことになり残念です」


 アンナリアは片手を頬に当てて軽く溜息を吐く。

 ちなみに執事が動いたのは今日だけではない。

 ごろつきを雇って早人たちの薬草採取を邪魔しようとした。しかし早人たちの森を歩く速度にごろつきたちはついていけず、森を出た帰りに襲いかかろうとして待ち伏せしていたが、入ったところとは別の場所から出てきたので、それも無理だった。

 ほかに持ち込んできた薬草をよく似た別の物に変えようとしたのだが、斡旋所の鑑定書を一緒に出されてはどうしようもなかった。

 結局自分で動くことにして捕まったのだ。

 執事はカデルを殺そうというつもりはなかった。長引く病を理由に引退させて、執事が家のまとめ役の地位に立つつもりだった。


「夜も遅いですし話はここまでとして解散しましょう。カデルは明日から忙しいですよ」

「休んでいた分、仕事が溜まっているでしょうね」


 翌朝、少し遅めに起こされて朝食をとる。

 朝食後、昨日の捕獲協力の報酬が渡される。口止め料も入っているため、それなりの額が渡された。


「これだけあればこの町で稼ぐ必要もなさそうだな」


 手持ちと採取の報酬とこの報酬の合計で三ヶ月は働かずに宿暮らしができる。


「そろそろ出ていくのか? 目的地は王都だって言ってたな」

「ハヤトさんも王都に行くのですか? 私も近いうちに王都へ行くんですよ」

「アンナリア様が王都にいくとなると、領主も代理もいなくなって仕事が滞るのでは?」


 オルディアスの疑問に、アンナリアは大丈夫ですよと笑みを浮かべる。


「あと十日ほどで兄様が帰ってくる予定です。私は今回の計画を手伝った褒美として、王都の学者様のところへ行くことができるのです」


 よほど楽しみなのだろう、晴れやかな雰囲気を放つ。

 眩しい笑顔にいいもの見たと思いつつ早人はなにをしに行くのか尋ねた。


「あちこちの歴史の話を聞きにいきますの」

「そういった話が好きなのですね」

「歴史、か」

「ハヤトさんなにか歴史というものに思うことでも?」


 早人は首を横に振る。


「探しものに関わることが聞けるかもしれないと思いまして。そうだ、アンナリア様にも聞いてみましょう」

「私で答えられることなのでしょうか?」

「出身地のわからない人物。本人は出身国を言ってるんだけど、それを誰も知らない。そういったことが該当する人物がいたかどうか知ってます?」

「もう少しヒントになるようなことがほしいですね」

「そうですね……斬新なアイデアを出して商売で大儲けしたり、誰も考えつかなかった技術を使ってみせたりですかね」


 早人が言った情報を元に、アンナリアは自身の知識に該当する人物がいるか考え込む。

 集中しているアンナリアを見つつ、オルディアスは小声で早人に話しかける。


「どうしてそういった人物のことを知りたいんだ?」

「その人たちがどうなったのか、それを知りたい。故郷に帰ったのか、それとも帰れずに人生を終えたのか。知りたい理由はまあ秘密ということで」

「それを知ることが、お前にとって大事なことなのだな」


 オルディアスは早人の言動に真剣な想いを感じ取る。


「……私の持つ知識にはこれという人はいませんね」

「そうですか」


 残念そうな表情で早人は礼を言う。

 もしかしたら初めての異世界人は自分なのではと考える。その場合、地球に帰る方法を探すのがとても困難になる。または帰還方法などないかもしれない。

 一度、そんなことを考え出すと悪い方へ思考が進んでしまう。


「私が知らないだけで、学者様は知っているかもしれません。私が王都にいる間、向こうの屋敷を訪ねていただければ学者様のところにご案内しますよ」


 難しい表情の早人を励ますようにアンナリアは言う。


「いいのですか?」

「ええ」


 早人にとってなにか大事なことだとアンナリアもなんとなく察して頷く。


「甘えさせていただきます」


 地球帰還への明確な進展があったわけではないが、それでもほんの少しの進展があり、早人は気が楽になる。

 まったくのノーヒントから誰かを頼れることへと状況が変化したのは助かる話だった。


「あとで招待状を書きますから、王都に着いたらそれを持って屋敷に尋ねて来てください」


 招待状を書くためにアンナリアは席を外し、早人たちはいつでも帰ることができるためそのまま食堂で待つ。

 二十分ほどで戻ってきたアンナリアから封筒を受け取り、再度礼を言って早人はオルディアスと一緒に屋敷を出る。


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― 新着の感想 ―
[一言] 地球帰還の方法があったと証明するためには、一度その方法で地球へ行き、またこの異世界に戻って来なければ、その方法が地球への帰還方法だと証明できない。早人は、それを分かっているのかな?
[一言] 異世界人についてあまり知られていない様子? 早人くんが初めてなのか、噂にもならないほど珍しいのか。 前途多難!
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