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深淵の森と頼みごと2


「娘さんがそっちの道に進んだのは、オルディアスさんの影響っぽいね」

「妻が言うにはそうらしい。俺としては冒険者になりたいとか言わないでほっとしているよ。娘にはそっちの才はないからな」


 才があっても冒険者になりたいと言われたら渋っただろう。

 これまで冒険者を続けてきて、一生残る怪我をした者を何人も見てきたのだ。

 自分がそんな怪我を負わなかったのは運の良さもあると自覚があった。 


「勧められる職じゃないってのはわかるね。俺も必要だからやってるだけで、もともとの暮らしを捨ててまでやろうと思えるものじゃない」


 地球での暮らしとこちらでの暮らし、どちらを選ぶかと言えば、断然地球の方がいいのだ。

 今のファンタジーな生活を楽しんでいないといえば嘘になるが、以前の便利な生活は忘れられるものではない。


「しかしあれだね、冒険者って結婚後は続けないイメージがあったよ」

「結婚を機に別の職業に就く奴らが多いのは確かだな」

「奥さんから止められなかった?」

「危険な依頼を受ける頻度を減らしてくれとは言われたが、別の職に就くのを勧められたことはないんだ。ほかのことができないと思われてんのかね」

「上手くいくことを予想できてたんじゃない? 実際、斡旋所から頼られているわけだし見る目あったんだろうね」


 どう考えていたんだろうかとオルディアスは首を傾げる。

 話は別の話題にかわり、見張りの話になる。

 先にオルディアスが見張り、交代の時間になったら早人を起こすということになる。

 早人は毛布にくるまり、荷物を枕に眠る。しばらくたき火の音が聞こえていたが、いつの間にか眠っていた。

 五時間ほど眠った早人は、オルディアスに起こされてたき火を絶やさないよう忠告を受けて、見張りを始める。

 暇な時間が続く。それでも動きも制限されていた海上よりはましで、森から吹くひんやりとした空気を感じ、ときに流れ星を探したりして、周囲を見ながら時間が過ぎるのを待つ。

 数時間後に入ることになる森は静かで、魔物や獣人の姿は見えない。

 そのかわりというわけでもないが、自分たちから離れた平地に人の気配らしきものが感じられた。

 自分たちと同じように森に入る人がいるのだなぁと思いつつ早人は見張りを続ける。


 夜が明けて、朝食を食べた二人は森に足を踏み入れた。

 オルディアスが先頭に立ち、あちらこちらを指差し、解説しながら歩く。

 食べられるもの、触れるとかぶれるもの、高額で採取依頼がでているもの、魔物や動物の足跡、深い森の中での方角の探し方、獣人が残した危険地域の印といった話が次から次に出てきて、オルディアスの知識の深さがよくわかる。

 解説しながら食べられるものの採取もやっており、昼食夜食に困ることはないだろう。

 こうやって会話や採取をやれるのは、早人という実力者がいるおかげでもある。強さを信頼しているため余裕が生まれているのだ。一人で来ていたらさすがに警戒だけで手いっぱいだった。

 そして日が傾いて野宿の準備を行い、交代で見張りをして、また朝になったら出発する。


 泉までの道のりは順調だった。

 魔物が襲いかかってくることもあったが、既に対策を聞いてた早人がさっさと倒して、オルディアスは足止めくらいしかやることがなかった。

 倒した魔物の売れる部分を取って、報酬以外の収入にも期待ができ、ほくほくとした気分で泉に到着する手前までたどり着いた。

 泉まで数十メートルという地点で二人同時に足を止める。

 

「誰かいるな?」

「そうだね」 


 オルディアスの言葉に早人が同意する。


「獣人でもいるのか」

「森に入る前に俺たちと同じように野営していた人たちがいたからその人たちかも?」

「そんな奴らがいたのか」


 別のコースを急ぎ足で進んだ奴なのだろうかとオルディアスは思う。

 いつまでも立ち止まり話しているわけにもいかず、二人は足を動かす。相手を警戒させないため気配を抑えるといったことはしていない。

 二人が近づいていることに、泉にいる者も気づいたようで敵意が向けられた。

 視線を交わし早人が前に立つことを決め、早人は木刀を握る手に少し力を込めた。

 木々の向こうに泉が陽光を反射するきらめきが見えて、距離が十メートルを切ったとき、木陰から薄汚れた感じの男の獣人が槍を手に飛び出して来た。

 頭部にピンと立つ耳、臀部に生えている尻尾、指先から肘あたりまで獣毛で覆われていること、それらはコッズの知識にある獣人と一致していた。


「しゃぁっ!」


 短い掛け声とともに槍を突き出してくる。

 槍の柄を早人は木刀で払い、狙いをそらす。

 すぐに槍を引いた獣人は連続して槍を突き出す。それを早人はその場に留まり全てそらしていく。

 鼻がむずむずする早人は反撃してもいいのかわからず、防ぐだけでいる。

 猫アレルギーの早人は、相手の目が猫みたいなことから猫の獣人だろうかと考える。


「おいっ、なんで攻撃してくる!? 俺たちはあんたの敵じゃないぞ!」


 オルディアスの言葉に獣人は無反応のまま攻撃を続ける。

 なにか意識が混濁する毒でも受けているのかとオルディアスは、獣人の様子を今一度確認する。

 肌は土などで汚れているが肌の血色自体に問題はなく、目にはしっかりと意思が宿っている。手足の動きに乱れなく、恐怖やなにかに操られているようには見えない。

 しっかりと自分の意思で戦っているということだ。


(ある程度痛めつければ追い払えるか?)


 自分たちが襲われる理由が思いつかず、向こうの勘違いで襲われているようにしか思えない。

 こういう事態ならば怪我させても問題はないはずと考え、オルディアスは早人に殺さない程度に怪我を負わせることができるか尋ねた。


「大丈夫」


 そう答えた早人は槍を弾いて、獣人が槍を引くと同時に踏み出す。

 一瞬で自身のそばに現れた早人に警戒する間もなく、槍を握る手を打たれた。

 獣人は痛みに顔をしかめたが、それでも槍は手放さず、槍を振るおうとうする。

 だがその前に早人の二撃目が、獣人の顔に向かって振るわれた。

 生存本能が発した警告に従い、体をそらすもギリギリ間に合わず、でこの辺りに一筋の切り傷ができて、血が舞う。


「っ!」


 でこを押さえた獣人は大きく下がってそのまま木々の向こうへと走り去っていった。

 静かになったその場で二人はしばし警戒していたが、戻ってくる様子もなく警戒を解く。


「なんだったんだか」

「ほんとにね」


 うっすらと湿疹のでた腕をさする早人はオルディアスの疑問に首を傾げる。


「採取するか」


 オルディアスが言い、そうしようと頷く早人。

 泉は荒らされている様子なく、水辺に生えている目的の植物をオルディアスが土ごと丁寧にとり、小さな鉢植えに移し替える。


「ついでに良い値で売れるものを少し取っていくぞ」


 オルディアスは水辺や水底に生えている草を説明しながら五種類の薬草を抜く。

 それらは鉢植えに移し替えることなく、水洗いしてひとまとめにして荷の中に入れた。


「扱いが違うのはなんで?」

「依頼の品は粗雑には扱えないだろ。環境が急に変わることで成分が変質することがあるからな。パスラーネはそういったことはないそうなんだが、念のためな」


 採取を終えてあとは帰るだけになった二人は、少し休憩してから引き返そうとその場に座る。

 十分ほどして先ほどの獣人が逃げていった方角とは反対から、四人ほどの足音が聞こえてきた。

 早人は木刀を握り、オルディアスも手持ちの投げナイフに手が伸びる。

 警戒した二人の元に姿を現したのは、険しい表情な四人の獣人だった。

 その中の一人を見てオルディアスの警戒が解ける。相手もまた同じように表情を和らげる。


「ラウタデじゃないか」

「オルディアス? 採取に来ていたのか」


 早人とラウタデの仲間はそれぞれの同行者に知り合いなのかという視線を向けた。


「たまに町に売り買いしにくる獣人だ」

「初めて行ったとき、売り物を安く買いたたかれそうになったが、オルディアスが適正価格を教えてくれたんだ。以来、友達付き合いをしている」

「ああ、そういった関係なのか」


 早人はなるほどと頷く。


「俺たちはお前が言ったように採取に来ているんだが、そっちは?」


 この質問にラウタデは口ごもる。ほかの獣人も困った表情になっている。


「なにか問題があったんだな。さっきの獣人となにか関係あるのか?」

「どんな奴だった? 聞かせてほしい」


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