深淵の森と頼みごと1
受付に呼ばれたオルディアスは、個室に案内される。
そこで斡旋所の長が椅子に座って待っていた。三十才半ばほどの男だ。
案内してきた受付は一礼して部屋から出ていく。
「今日はよく呼ばれる日だな」
「申し訳ありません。オルディアスさんでないとできなさそうな依頼が入ってきまして」
「内容は?」
「大森林に生えている薬草の採取です」
「大森林のどこらへんだ? 俺に依頼するんだったらわりと奥の方だと思うが」
「はい。この町から西へ行って森に入り、そこから北東に行った場所にある泉が目的地です。森に入って徒歩三日ですね」
以前行ったことのあるオルディアスはあそこかと思い出せた。
確認すると所長から頷きが返ってくる。
「熟練の冒険者なら誰でも大丈夫じゃないか? 俺以外にも熟練の域に達している冒険者はいるだろ」
「依頼主が領主代理でして。確実な成功を願っています」
「身内が病気にでもなったか。受けるとして、一度は顔を出しに行った方がいいのか?」
「はい。報酬の話や採ってくる薬草の種類など向こうで話すそうです」
「いつ来てくれといった話はあったりするか?」
「いえ、紹介状をもらっていますので、それを持って今日明日くらいまでにいけば大丈夫なようですよ」
こちらがその紹介状になりますとテーブルに置いていた封筒をオルディアスに差し出す。
「同行者の選別はこちらでやっておきましょうか」
「いや、こっちに心当たりがある。そいつに断られたら頼む」
「ちなみに誰でしょう?」
「お前さんは知らないと思うぞ? 最近この町にやってきた旅人らしい。鶴を狩れるだけの実力があるから、泉辺りの魔物にも余裕だろう」
「そのような冒険者が。滞在してもらえると助かるんですけどね」
「無理だろう。目的があって王都に行くと言っていたからな」
「残念です」
肩を落とす所長に励ましの声をかけて、オルディアスは斡旋所を出て、領主の屋敷に向かう。
門番に紹介状を見せると、話が通っていたようで、案内役の使用人が来るまで少し待たされる。
客室に通されたオルディアスが数分待って、扉が開く。
入ってきたのは使用人を伴った十七才の少女だ。腰まであるストレートの明るい茶髪に、同色の目を持つ、おとなしそうな雰囲気だ。深い青のAラインワンピースに白のブラウスを着ている。
オルディアスは立ち上がり、一礼する。
「初めまして、領主代理のアンナリア・クーゼフと言います」
「この度依頼を受けることになりましたオルディアスと言います」
互いに一礼し、ソファーに座る。
「依頼を受けていただき、ありがとうございます」
「いえ、それで詳細を伺いたいのですが」
「はい。必要としているのはパスラーネの草の根を五本。うちの執事が病に倒れまして、その根が特効薬になるという話です」
「いつまでという制限はありますか?」
「聞いた話では、行って帰るのに約九日ということなので、余裕をとって今日から十二日後を期限にしたいと思っています」
いかがでしょうと尋ねる。
アンナリアは旅や冒険をしたことがないので、その日数で問題ないのかわからないのだ。
「それでよろしいかと。準備がありますので出発は明日になると思います。護衛として一人か二人連れていこうと思っています。そいつらにも報酬を与えてほしいのですが大丈夫でしょうか?」
「わかりました。報酬は一人十五万テルスを予定しています。前金として二万テルスをお渡しします。これで問題ありませんか?」
「はい、十分です」
「では確認します。期限は明日から十日、報酬は一人十五万テルス。これでよろしいですね?」
オルディアスは少し考えて問題となるかもしれないことを思いつく。
「万が一必要となる草がない場合は契約違反となるのでしょうか」
「その場合は……違反とはなりませんが確認のため人を送り出し、確認がとれると違反はなかったとみなします。あと報酬は前金のみとなりますね」
「わかりました」
納得してしっかりと頷いた。
アンナリアは今の条件を持ってきていた書類に書き込んでいく。最後にサインを書いて、オルディアスにもサインを求める。
サインを書き込んだオルディアスは、書類をアンナリアに返す。
「契約は完了しました。なにか質問はあります?」
「そうですね……」
ほかに問題が起きた場合の細々とした対応について尋ね、それについてアンナリアやそばにいた使用人が答えていく。
オルディアスは聞きたいことをあらかた尋ね、聞き忘れたことがないか考え、特に思いつかないため首を横に振った。
◇
領主の屋敷を出たオルディアスは宿をいくつか回り、早人が泊まっている宿を見つける。
早人は買い物から帰ってきており、従業員に呼ばれてフロントに向かう。
そこにいたオルディアスに小さく頭を下げて声をかける。
「ども。なにか用事ですか?」
「ちょっと依頼を頼まれてな。それにお前さんも同行してもらいたいんだ。ボディーガードだな。報酬は一人十五万テルスだ」
「依頼内容とかどこに行くのかとか、教えてもらっていいですか」
いきなりの話に少し顔をしかめつつ聞く。
「ああ。行く場所は大森林にある泉。片道四日かかる。そこに生えている薬草採取が目的だ。強すぎる魔物がいるわけじゃないが、そういった魔物が流れてきている可能性はゼロじゃないからな」
「大森林ですか。行ったことないんで足手まといになると思いますけど」
「俺は何度も行ってるから、そこら辺はフォローできる。用事があったり、嫌なら断って問題ないぞ。ほかの冒険者もいるからな」
「どうしましょうか」
絶対行きたくないというわけでもないのだ。迷うのは、舗装などされていない森に入ったことがないからで、足手まといになるだろうという答えたものそのままが理由だ。
そこまで考えて、いい機会かもしれないとも思う。森に入った者が同行するなら、学べるものがあるはずだ。このまだまだ知らない世界のことを学べる機会は逃すべきではない。知っていればすごしやすさもかわってくるだろう。
ちなみに島でも森の中を歩いていたが、あれはコッズが移動していて、そのとき早人は歩き方など気にしていなかったのだ。
行く行かないでぐらついていた天秤は、いい経験になるとい重りを載せて、行くという方に傾いた。
「行きます。準備するものとかはあります?」
「受けてくれてありがとう。お前さんが今この町で一番強いだろうからな、頼もしいボディーガードを雇えて安心だ。必要なものは」
オルディアスが次々と上げていく品を、早人は持っているかどうか確認していく。
「前金として二万もらっている。一万渡すから、それで足りないものを買うといい」
「食べ物とかは現地調達なので?」
必要なものに挙げられなかったため尋ねる早人。
「それもあるし、俺が準備する」
「なるほど」
あとは出発時刻などを聞き、オルディアスと別れる。
早人は明日のためもう一度買い物に出て、準備を整えた。
翌朝、宿の主人に先払いした宿賃を返してもらい、持っていかない荷物をお金を払って預かってもらう。
待ち合わせは町の西入り口だ。
先に来ていたオルディアスにおはようと声をかけて、二人は歩き出す。
「ここから森までは一人前の冒険者の足で一日。森に入って三日で泉に到着だ」
「注意すべき魔物とかはいるの?」
「眠気をさそう鱗粉をばらまく蝶、ほかの魔物との戦闘中に木の上から石を投げつけてくる猿、森林模様の大型猫、たかれるとかなりの量の血を吸われる蚊。こんなところだな。どの魔物も対策は知っているし、準備もしている」
「そりゃ安心だ」
森までの道中は特に警戒する必要もなく、オルディアスが経験した森での出来事や森の歩き方や森で戦った魔物について聞きつつ歩く。どの話もためになるものばかりだった。
ここら辺りの森は奥地やほかのところよりも比較的安全なことも聞けた。
「どうして安全なんだ?」
「獣人の縄張りだからだ。大きな里があってな、そこに住む獣人たちが獲物として魔物を狩ってるから、ほかのところより魔物が少ない」
魔物が少ないからといって油断していると、虫や毒草にやられて痛い目を見ることになる。運が悪いと死ぬこともあるため、熟練者であっても準備は必須だ。
「縄張りに勝手に入ったら追い出されそうだけどな」
「獣人を襲ったり、森を壊したりしなければ、歩き回るくらい問題ない」
「わりと友好的なのかな」
「外の人間と敵対して困るのは獣人だ。森の中で入手できない金属製品や薬を手に入れられなくなる。絶対必要ってわけじゃなさそうだが、あって助かるのも事実らしい」
町に魔物の素材を売りに来た獣人から聞いた話だ。
オルディアスは一緒に酒を飲むこともあって、そのときに森から出て暮らさないのか聞いたことがある。
返答は、森の中の方が落ちつくというものだった。獣の性なのか、人間が暮らしやすいように作った場所ではどうしても窮屈さを覚えるのだ。
草原などの平地で暮らしてもいいが、人間のテリトリーと重なり獲物が少なくなるため、森を縄張りにしている。
加えて、亜人の国が大森林の南部にあるのも理由だろう。
「亜人の国かー、さすがに人間が行けるような場所じゃないんだろうね」
「そこに着く前に止められるだろう」
話しながら進み、昼食休憩や見かけた兎を狩るために足を止め、夕方頃に森の近くに到着する。
今日はここで野宿ということで、野宿の仕方を説明しながら準備が進んでいく。
夕食ができあがった頃には、完全に日が暮れていた。
夕食のメインは兎肉と野草の串焼きで、それに乾燥野菜を入れたスープと乾パンだ。
スープを一口飲んだ早人が美味いと漏らす。
「それなりに料理には自信あるぜ。娘にも好評だ」
「結婚してたんだ」
「おう。二十二才頃に生活が安定しだしてな。嫁さんとの出会いもあって結婚した。娘はお前と同じくらいだ。食堂で料理の手伝いをしながら腕を磨いている。辛めの料理が好きで研究しているんだ」
たまにあるとんでもない辛さの料理を試食させられるのは勘弁なんだがと苦笑を浮かべた。




