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目覚めの夢

作者: 河方 杞憂

誰もいなくなった教室で少年は重たい瞼を開いた。

机に伏している上半身、眩しいほどに射し込む夕日、軽く火照った体に少年は、自分が居眠りをしていたことに気付き、ほっと胸をなでおろす。

「あぁ、夢か。」

それは彼の見ていた夢によって漏れた言葉だった。


自分の暮らす日常に苦しめられる。何もかもが敵に見え、信じていたものに救われない。

そんな悪夢に彼は、自身の身体が汗を流す程の焦燥感に駆られていた。


しかしそれがただの悪夢であったことに安堵し、直前まで寝ていた重たい体を起こそうとした。

不思議なことに予想よりも体は軽々と起き上がり、今にも浮きそうなほど快活に動くことができた。

そして、いつもなら寝起きの頭痛や体の節々の痛みに今から帰宅する気力を根こそぎ奪われてしまうのだが、今回に限っては痛みがないだけでなく、この目覚めを心地よく感じるほどであった。


荷物をまとめ、帰宅への第1歩を華麗に踏み込み、一定のリズムを堂々と刻む姿は、さながら壮大で優雅なマーチを奏でる楽団のコンダクターであるかのようだった。

このようにいつもよりも格段に豊かな想像力を働かせられた少年は、夢の中にでもいるのではないかと思い、今からでも空を飛べるのではないのかと錯覚しはじめていた。

「今からでも、鳥のように世界を飛び回れたら…」

そう思った矢先に、彼の足は地を離れ地面という牢獄を脱していた。

浮き上がった彼の足はみるみる高く上がり、先程までいた学校の全貌が見渡せるほどにまで宙に舞い上がっていた。

「綺麗だ。」

足が浮きはじめた頃から、これが夢か現かわからなく混乱していたのだが、人影もない故郷の夕日が照らし、徐々に小さくなっていく様はどこか愁いを感じさせながらも美美しく、少年から一切の戸惑いを失わせていた。

少年は故郷に見蕩れながらも、この夢は何なのだろうと考えはじめるが、彼には明晰夢というものに聞き覚えがあった。その夢は、自分が見ている夢を夢と認識することができ、夢の中で自在に動けるようになるというものらしく、彼は自身の見ている夢はそれに近いのだろうと認知した。

明晰夢が見せてくれた故郷の景色は、彼に考える余地を失わせるほどの感動を与える美しさだったが、同時にただの悪夢だと思っていた夢が現実であるということを知らせる残酷さを兼ね揃えていた。


明晰夢はそれを見ている人の思い通りの世界を作り上げることができる。現実世界で人間関係に苦しめされていた少年は「自分以外の誰もが存在しない世界」というものを無意識の内に作り上げていた。

しかしながら少年にとって理想的なその世界を空から見下ろした時、彼はその望んだ孤独に哀れみと寂しさを抱いていた。


その事に気付いた途端、彼の体は地面へと降下していく。それは人間の力では到底抗うことの出来ぬ現象であったが、不思議なことに彼自身が空を落下していくような感覚はなく、世界だけが上に向かって駆け抜けていくようなものだった。

そんな自分を置いてきぼりにする世界に少年は瞼を閉じ、流れの中に身を委ねた。


次に目を開けた時、そこはいつもの日常であった。

望んでいなくても自然と1人だけになる自分、人の気も知らずベラベラと喋り続けるクラスメート、和の弾かれ者を見落とす教師。「自分を上から覗き込んでいる」というただ一つの相違点だけを除いて、全て通常であった。

このように第三者の視点から自分を顧みると彼は、自身が孤立していることに気付く。しかしそれは先程見下ろした故郷で感じた孤独とは明らかに異なるものだとも気付いた。

誰もが気付く違いは、他人がいるかいないかであるが、当事者である彼には言葉で表現しきれない孤独の寂しさを感じ取っていた。

それと同時に少年は「自分はなぜ孤立よりも孤独を望んだのか」という問を己に課した。

少年がその答えを模索していると、とある少女の存在に気が付いた。彼女は少年と同じクラスで彼から見て、自分と同じように孤立していた。その証拠に、少年は彼女の名前がわからなかった。他のクラスメート達も同様に一切の興味関心を持っていなかった。

ゆえに彼女は孤立していた。

少年はそんな彼女の姿を見ると無性に腹が立った。いかにも自身の日常に諦めを付けているようなその姿と、自分と似た境遇であることに。

はっきりと理由のわからぬその嫌悪感は同族嫌悪というものに近いのかもしれない。「なぜ諦めるのか」「なぜ前を向かないのか」そんな疑問がぽつぽつと湧き上がってくる。


それらを口から解き放ってしまおうと思った途端、瞼を閉じてもいないのに目の前が暗くなった。

「あなたはどうなの?」

初めて耳にする声が後ろから聞こえた。


「なぜ孤独に囚われようとするの?なぜ自らの首を絞めるの?なぜ孤立している自分を認めないの?」

少女の質問が少年の頭の中をグルグルと渦を巻いて掻き乱していく。

そんな渦巻く彼の頭の中で、少女の質問を理解していく。理解していく内に何故そうだったのか自分でもわからなくなっていた。

「あなたは特別ではないの。誰も特別ではないの。みんな変わらず普通な存在で、特別であろうとして無茶をする。その首を絞めないで。」

何となくではあったが少年は彼女の言わんとしていることを理解しはじめていた。


自分は、誰もが体験し得る孤立に耐えられないと感じることが嫌で、自分が体験しているのは誰も共感することの無い孤独であると思いたかったのだ。

だから首を絞め、誰も干渉出来ないように世界を脱しようとしていた。けれどもそれは、孤独であって欲しいと思う願いに囚われていただけなのだと。

少年の瞳は潤っていた。

自分が弱く孤立する存在であると認めることで、自分が特別で孤独を感じるような存在ではなく、1人ではないことを実感していた。

その潤った瞳から少女を見ようとすると、彼女の顔ははっきりと見えず、自分の顔のように見えた。


目に溜まった水分を引き取ろうと瞼を下ろし、目元に両手を押し当てる。


すると暖かな赤い光が射し込んできて、少年は目を覚ます。


今度は少々頭と体が痛かったが、何をするべきなのかは、わかっていた。

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